【後2】セントノリス 男だらけの肉祭り2
「おーい出来たぞ! 皆集合!」
フランシス=タッペルの声だ。よく通る明るくてリーダータイプの男の声に、わいわいと男たちが集まる。
「材料はこっち、酒はここ。竈は好きなとこで。各自皿は持ってきたな? この川の水は下流でそれぞれ染め物と農業用に使ってるのは皆知っているな変なものは絶対に流さないように! 一滴でも酒を飲んだら指一本川に入るな! あとは各自の判断で好きにやってくれ! 以上!」
シンプルな案内のあと皆がそれぞれ散る。アントンはハリーと別れ手を振るフェリクスと合流した。
「お肉どれくらいいるかな? 野菜も食べさせないと」
「そちらの皿を持とう。ラントとアデルは先程全員分の飲み物を取りに行った」
「そうか。じゃあお肉をもっといっぱいにしないと」
「ああ。ハリーは?」
「竈の高さの微調整中。適当でいいなんて言うくせに、実際のところ見えないところで誰よりもこだわるんだあの男は」
フェリクスとともに肉を盛る。切った厚さごとに分けてあって、切ったままのと串に刺してあるのがある。それぞれ取る。
「ソースの種類が多いな……」
「名料理人が3人もいるんだ。仕方ないことだ。ちょっとずつ持っていって食べ比べしよう」
じっとフェリクスが色とりどりの食材の山を見ている。
「今日の材料費は?」
「もちろんカディマタッタラ。エリックにもちゃんと頂いた分は払ったよ。原価しか受け取ってくれなかったけど」
「まだあるのか」
「そう。まだまだあるんだ」
「本当にしぶとい」
「うん、しぶとい」
笑いながら歩く。
途中途中で同じ寮にいるはずなのに普段なかなか顔を合わせない友人に会うから、つい足を止め話し込んでしまいなかなか進めない。
おーいとハリーが竈の横で手を上げている。
ラントとアデルはその近くの石の上に座っている。サロのように立ち歩いていろんな卓を回るものも多いなか、腰を据えて食べる気満々なのがよくわかる。二人とも背が高くて体格がいいから、並んでいると座っているだけなのに迫力がすごい。
アデルは鋭い顔で何かを怒っているように見えるが、実際はのんびりと肉が焼けるのを待っているだけだ。どうしてそうなるのか、肩に鳥がとまっている。
今は軍部所属のアデルにも忘れずに声をかけるのがエリックだ。彼は本当に面倒見が良い。
ラントは不思議の森の住人たちとの長期の調整を終え、帰ってきたばかり。少し日に焼けて、それでも穏やかな微笑みは何も変わっていない。
不思議な森から現れたのは驚くべきことに皆女性だった。
そして彼女たちが使うのは書に切れ切れにしか残っていない古代語だった。
ラントは彼女たちの会話にじっくり耳を傾け、簡単な単語から学び、つなぎ、現代に残る派生語の文法と照合し当てはめながら丁寧に言葉を交わし、記録し、知識者と共有し、ついにその体系化に成功したそうだ。
『君の友人が実にうまくやった。ついでに言えば食われそうだったが食われなかったらしい』
『彼らには食人の文化が?』
アントンの問いを主は流した。
「火はもういいぞ。ガンガン焼こう」
「よし行けエリックのお兄さんのお肉!」
「誤解を招く余地のある表現である。言葉は正しく使用したまえセレンソン」
「懐かしいなトルーソン先生」
「よし行けエリックのお兄さんが育てた、エリックが多分泣きながら捌いた食用にしてはやたらと可愛い動物の割といけるお肉!」
「言葉よ簡潔であれ!」
「よし行けエリック!」
「エリック!」
じゅうといい音と脂の匂いがたつ。男たちの腹が一斉にぐうと鳴る。
「皆、野菜も食べなきゃダメだよ」
「お前は肉だけ食ってろアントン。なんか痩せたぞ」
「食べてるのにな」
フェリクスが持ってきてくれた布の上に腰を下ろした。きれいな布なのでついでにお行儀悪く寝転んでみる。気持ちいい。
このまますうっと寝てしまいたい、と思った。そういえば丸一日休んだのは今月初めてだ。自分では充分に元気なつもりだったけれど、どうやら少し疲れているらしかった。
「転移紋の各所との調整に、マルセル様の件。陛下はお忙しいだろうアントン。君も」
隣に座るフェリクスの髪が、吹いた風で揺れる。友人の高貴な顔立ちをアントンは寝転んだまま見上げた。
彼はいつだって細やかで優しい。総合的に見て配属はきっと財務部だろうと踏んでいたが、彼は教育文化所属になった。
伝統的にほぼ貴族で占められるそこに彼が配属されたのは、これから変わらなくてはいけないそこの凝り固まった意識を平民寄りに改革するための、とても大事な布石だとアントンは思っている。
エッポ上申が語る夢をいつか実現させるため。学びたいと願う全ての子供たちのため、彼はその難しい橋を渡すために生涯真剣に、根気強く、すべてのものに公正に動くことだろう。
歴史ある武の家に生まれながら武の才を持たなかったと語った友。セントノリスでハリー、ラントに試験の点で一度も勝てなくても、粘り強く、努力することを一度もやめなかった。在学中アントンは何度も彼に追い抜かれ、歯を食いしばってその背中を何度も追い越した。
学ぶことがときにとても苦しいものであることを知りながら、同時にそれが切り開く道の、かけがえのない価値を彼は知っている。
彼は貴族でありながら平民を厭わない。こうして並び、気遣い、一緒に座って同じものを食べる。
優しく微笑む高貴な顔を見て、不意に初めて会ったときの彼を思い出し、アントンはなんだか泣きそうになってしまった。
「起きろアントン一応邪魔だ。焼けたぞみんな。どんどん食え」
ハリーがかっこよく皆の皿に肉を載せる。皿を持った皆がどんどん布の上に座るから、危なくアントンは椅子になるところだった。慌てて起き上がり皿をもらい、杯をもらう。
「いただきます。乾杯!」
「乾杯!」
ソース各種を囲んで座る。
今日もアントンの杯だけ果実の汁だがもう慣れた。杯を重ね、飲み、大いに食べる。
「美味しい」
「脂がすごいのにくどくない。うまい」
「このソースが合う」
「俺は塩が好きだ」
「酸っぱいのも合う。美味しい」
わいわいがやがや。ここばかりではなくあちこちで、楽しげな声が上がっている。
たくさん焼いたはずの肉が、あっという間に消えていく。二十歳の男たちの前で、やはり肉は飲み物なのだ。ハリーが立ち上がるので手伝おうとしたら、黙って食ってろと制された。
やがて焼き立ての肉が乗った大皿がどんと置かれ、皆の手が伸びやっぱり消えていく。
「マルセル様はご健勝か? アントン」
フェリクスの質問に、肉を噛んでいたアントンは少し考えた。小さな御方の、可愛らしいお顔を思い浮かべる。
白い肌、氷のような大きな二重の目。
色合いも形もトマス様によく似ておられるが、全体的に柔らかく眉は優しげで、頬がまだ赤い。
髪の色も近しいが、巻毛のくるんの度合いが陛下よりも大分緩やか。
その内にはまだなんの屈託も、もちろんあの底の見えぬような不思議な渦もない。
外見は似ておられるが当然ながらまるで別のものだ。陛下と違い少しも斜めなところはなく、真面目で、勤勉で、素直。
ゆっくりと、じっくりと物事を考えるお方だ。理解したと自身が納得するまでけして次に進まないその慎重さはきっと、やがて彼の中に大きな土台を作る。時間をかけて作ったその広く深いものはその分揺ぎなく、必ずやかの方を支える大いなる力になるだろう。
きっと晩成型のマルセル様のためにもトマス様にはいつまでもお元気で、ヨボヨボになるまで玉座で皮肉っていていただかなくてはと、決意する。
その姿になった主を頭に思い浮かべて微笑み、アントンは閉じていた目を開いた。
皆の目がアントンに集中している。
「え?」
「うん、ご健勝なんだな」
「うん。……ときどきお寂しそうだけど、当然のことだ。まだ8歳なんだから」
「そうか」
「ああ。さっそく仲良しだと聞いたぞ」
「うん、僕は大好きだ」
アントンは晴れやかに笑った。あんなに純真で一生懸命な人を、側にいて好きになるなという方が難しい。
「そうか」
皆も笑い、そしてまた肉に戻る。くだらない話に戻る。ときどき真面目な話をして、また肉を食べる。
「はいお待たせしました! それではこれより3名の名料理人達による料理対決を開始いたします!」
「なんか始まった」
「さすが名司会者ビル=ペッツィー。拡声器もないのにこんなにも声が通るなんて」
「顔も見えないのにすぐわかるなお前は」
中央に皆が集まっている。
「行くか?」
「もうちょっと列がはけてからにしよう。もう一周焼くぞ」
「酒を取ってくる」
「アデル僕も行く。他のを飲んでみる」
「ついでに持ってくる。さっきのと違えば適当でいいな」
「うん。ありがとう」
「ラント、フェリクス串に刺さってないエリック持ってきてくれ厚切りの。みんなまだ食うだろ?」
「もちろん」
そうして皆が散る。
アントンだけがぽつんと座っている。
今日はなんだか気を使わせてしまって悪いなあと思いながらアントンは皆の好意に甘えてだらけ、うーんと伸びをした。
暑くて、きらきらと光が瞬き、いい匂いがして、お腹がいっぱいだ。このまま本当にとろとろと昼寝ができたらどんなに気持ちいいだろう。




