-13『お手柄』
激しい痛みが胸元に走りました。
覆いかぶさるように倒れこんだおかげで導火線の火はかき消されました。僕の胸元が微かに火傷を負った程度で、山積みにされた花火にまで届くことはありませんでした。
花火の火薬が押しこまれている木箱のほんの数センチほど手前。あと数秒でも遅ければ届いていたというくらいにまで火種は迫っていました。
ただ必死だった僕は、マスターに体を引き起こされたことでやっと「食い止められたんだ」ということに気づいたくらいです。
「よくやったわ、エリン。お手柄よ!」
わしゃわしゃとマスターに頭を撫でられ、僕はようやくその実感に表情が緩みました。
――お嬢様を守れたんだ。この僕が。
嬉しさがこみ上げてきて、少し焼け焦げたドレスの熱さや痛みも忘れるくらい、僕はひとしおの笑顔を浮かべて安堵したのでした。
こうしてシュランの企ては失敗に終わりました。
それを知った彼の悔しがる表情を見て僕はスカッとした気持ちになりました。
マスターによって他の導火線なども火がついていないことを確認され、今度こそ一段落です。
彼と男子生徒たちは現行犯で騎士団の人たちに連れていかれました。そこでおそらく厳重な処罰を受けることでしょう。男子生徒たちは揃って後悔しているように肩を落としていましたが、シュランだけは、去り際に僕を厳しく睨んだままでした。
「エリンは何も悪くないわ。貴方はとても立派なことをした。だってこのお祭りを楽しみにしていたのはこの町のみんななのよ。主人だけでなく、この町みんなの幸せを守ったんだわ」
「……はい」
「貴方は従者の鑑ね」
マスターはそう優しく僕に微笑み、それから騎士団の人と一緒に戻っていきました。
それから現場に残った数人の騎士団の人から今回のことで話をしました。シュランたちを見つけた経緯などを説明してやっと解放された時には、頭上に眩しいほどの明るさを見せる大きな満月が空高く輝いていました。
多くの露店が並んでいた大通りは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返って店じまいをしている人たちだけになっています。これからのお祭りの舞台は、町の各地に用意された舞踏会の会場です。
ボロボロのドレスに外套を羽織っただけの僕は、華々しい会場よりも、むしろ寂しさの残る薄暗い通りの方が似合うだろうと思いました。人通りも少なくて、こんなみすぼらしい姿を見られないのはある意味では幸いなのかもしれません。
――こんな恰好じゃ舞踏会になんて行けるはずないよね。
もうすぐ舞踏会が始まることでしょう。
ちょうど、その開始を知らせる花火が僕の頭上に燦々と輝いて打ちあがりました。
町のいたるところから、夜空を埋め尽くすように大輪の夜花が咲き乱れています。すると遠くの方から歓声が聞こえ、それに乗って音楽も響いてきました。
きっと今頃、会場では男女が組となって踊りを披露し、お祭りのフィナーレを盛り上げていることでしょう。
――きっとお嬢様も。
今頃はエドウィン様と仲睦まじくされているでしょうか。
「……帰ろう」
どうせこの恰好では会場にすら恥ずかしくて出向けません。それに、もしそこでお嬢様とエドウィン様が一緒に踊る姿を見てしまっては、僕はもう、心がくしゃくしゃにしおれてしまいそうでした。
華々しく賑わいを見せる町に背を向け、お屋敷のある方へと踵を返した時でした。
「あ、いた!」
ふと声をかけられました。
驚いた僕がその方向を見やると、そこにはレジーさんがいました。グレンさんも一緒のようで、二人して僕を心配そうに見ていました。
「レジーさん、それにグレンさん? どうしてここに」
「それはこっちのセリフだぜ」
「そうだよー、急にいなくなって。ずっと捜してたんだからね」
「そうだったんですか。すみません」
「クーナちゃんも心配してたよー」
「お嬢様が……」
嬉しいような、虚しいような。
「うわっ。すごいボロボロじゃない。どうしたのそれ」
「あ、いえ……ちょっと転んじゃいまして」
シュランのことを言うべきか少し迷いましたが、やめておくことにしました。彼の件は騎士団やマスターがしっかり処理してくれるでしょうし、お祭りの雰囲気に水を差すのも野暮です。
「転んだって……いや、さすがに派手すぎでしょー」
「す、すみません……あははっ」
「よりにもよってこんな時に。ま、なんか間が抜けてるのはエリーらしいけどな」
呆れた調子でグレンさんも笑います。
「舞踏会はどうするの? これじゃあ踊れないよ?」
「いや。もういいかな、と思って」
どうせ行ったところでお嬢様とは踊れないのです。きっと、ただ惨めになるだけ。それならもう今のうちに帰るべきです。僕はあくまでお嬢様の従者。一緒に並んで踊るような立場ではないのですから。
「僕よりも、お二人はよかったんですか? もう始まってますよ」
僕が尋ねると、グレンさんは少し顔を赤らめてそっぽを向きながら頬を引っ掻きました。
いったいどうしただろうと訝しむと、レジーさんが耳元で、
「なんか運命の人を探してるんだって。その人とじゃないと踊らないとかなんとか」
「え?」
「柄でもなく色めきたっちゃって。いったい誰を捜してるんだろうねー」
本気で不思議そうにしているレジーさんに対して、僕は「まさか……」と口元を引きつらせました。
「よくわからない戯言に付き合わされて大変だよー、ほんと。まあ一番見つけたかったエリーちゃんは見つかったからもういいけど」
「すみません、お手数をかけました。けど、僕はもう一足先に帰りますね。こんな恰好ですし、みんな出払っていてお屋敷での仕事も残っているでしょうし」
そう言って踵を返そうとした僕の手をレジーさんはがっしりと掴んでいました。
「大丈夫!」
「え?」
「私の家近いんだー。ドレスなら、私がいっぱい作ってるのを貸してあげるから!」
「ええっ!?」
「今ならまだ間に合うよ。フィナーレの大きな花火まではまだまだ時間があるんだし」
そう言われ、レジーさんは半ば無理やりに僕を引っ張っていきました。




