-12『油断』
けたたましい声とともに保管庫に駆け入ってきたのは、いかつい顔つきを浮かべた複数の男性でした。甲冑を身にまとった彼らは白銀の剣を手にし、それを保管庫にいる男子生徒たちに突き付けて瞬く間に場を制圧してしまいました。
あまりにも早い出来事に、その場にいた男子生徒たちはそろって両手をあげ、一歩も動けない状況に追いやられていました。
その整った装備と規律ある素早い動きから、彼らが騎士団の人間だと気づきました。
助かったかもしれないという思いと同時に、どうして彼らがここにやって来たのだろうと不思議に思いました。
保管庫を埋めつくした騎士団の隊員を掻き分けるように奥から一つの人影がやってきます。僕はそれを見て、やっと本当の安堵の気持ちを抱いたのでした。
「大丈夫だったかしら? エリン」
優しく撫でるような低い声で、地面に転がる僕へと歩み寄ってきたその人影――マスターは言いました。にっこりと笑みを浮かべたその姿を見て、先ほどまでの体の痛みもすっと抜け落ちていくように楽になりました。
「マスター……どうしてここに?」
「言ったでしょ。お祭りの日にはよからぬことを考える輩がでてくるって。彼らのことも、そういう兆しがあるっていう情報は入っていたのよ」
マスターが僕を縛る縄を解きながら教えてくれました。
たしかに見回りの手伝いをしていましたが、シュランの情報を察知していたのでしょうか。それにしてはここを特定して押し入ることができるのは不思議ですが。
「不審な連中がこのあたりにいたっていう通報を受けてね。怪しいところを見回りしていたらエリンの声が聞こえたのよ。よく声を張ってくれたわねえ」
「そっか……無駄じゃなかったんですね」
「男らしく頑張ってくれたってことよ。よくやったわ」
僕の声を耳にして場所を特定してくれたようです。
手足が自由になった僕は、数時間ぶりのような感覚で立ち上がりました。ドレスはボロボロで胸元も大きく裂け、とても人前に出られる姿ではありません。もし僕が純粋な女の子なら、騎士団の人たちを前にひどい羞恥を覚えていたことでしょう。
そんな僕にマスターは申し訳なさそうな顔をして言いました。
「ごめんね、エリン。彼らを突き止めるのに時間がかかったせいでまだ服の用意ができていないの」
「ああ、そのことですか」
すっかり忘れていました。
でも、もう遅いでしょう。
騎士団の人たちが入ってきた扉の外は、もうすっかり真っ暗になっていました。もう直に舞踏会の始まる時間です。今から急いでそれを取りに行っていたとしても、お嬢様がエドウィン様のいる貴族専用の会場へ向かう前に引き留めることは無理だったでしょう。
――それにこんな格好じゃ、どのみちまともに出歩けないな。
マスターが薄手の外套を被せてくれましたが、とても華々しい舞台に向かえる恰好ではありません。
しかし、ある意味ではこれで良かったのかもしれません。
――お嬢様の楽しみも守れたし、これで諦めもつく。
お嬢様が残念な思いをせずに済んだだけ重畳というものでしょう。
「彼らは指揮所に連れて行ってちょうだい。他にも別動隊がいないかどうかも調べる必要があるわ。念のために別の保管庫のチェックもするようね」
「はっ。了解しました」
マスターのきびきびとした指示によって騎士団兵がせわしなく動き回っていきます。彼らに捕縛された男子生徒たちは、肩を落とした様子で連行されていきました。
これで事件は解決。
最悪の爆発事故だけは避けられました。
――よかった、これでお嬢様も……。
そう僕が安堵を浮かべた瞬間でした。
シュランが騎士団兵の拘束を振りはずし、力任せに暴れて壁へと突き飛ばしました。それに気づいた近くの騎士団兵が取り押さえようとしましたが、それもかわして逆に押し倒しました。
瞬間的に現場が混乱し、かすかに埃が部屋を舞いました。
「邪魔すんじゃねえ!」
僕はすっかり失念していました。彼がナイフを持っているということを。
シュランは懐からそれを取り出すと、その切っ先を僕へと向けて走り出しました。どうせならば僕を巻き込んでやろうという腹なのでしょうか。
不意を突かれた僕は驚きと恐怖で一歩も動けませんでした。
――わっ!
鈍色に怪しく輝くその切っ先が僕を襲おうと迫りくる中、僕をかばうようにマスターがシュランの前へと立ち塞がりました。
もはや立ち止まるつもりもないシュランはナイフをかざしてマスターに切りかかります。しかしマスターは他の騎士団兵と比べて私服のような軽装にも関わらず、一切の怯みを見せることなくシュランに対峙しました。
突き出されたナイフを冷静にかわし、逆に彼が伸ばした腕を脇に挟みました。しっかりと掴まれて強く締め付けられたシュランの手からナイフが落ち、それでも抵抗しようと蹴りを繰り出したシュラン。しかしマスターは冷静にそれを受け、まったく動じずにシュランを捕まえたまま放しませんでした。
「攻めっ気のある男の子は私も好きだけど、強引なのは困るわあ」
「くっ……」
まさに一瞬の出来事でした。
騎士団兵の拘束を振りほどいたシュランもそうですが、それを流れるような手さばきであっさりと無力化させたマスターの手並みは見惚れるほどに鮮やかでした。
「も、申し訳ありません。ただの子供と油断しました」
「ただの子供がこんなぶっそうなことしないわよお。ちゃんと注意しておかないと」
「さすが騎士団長様です。肝に銘じておきます」
「元、ね」
――マスターが騎士団の元騎士団長!?
騎士団といえば国の中枢機関の一つです。
その団長となるどよほどのキャリアと言えるでしょう。
まさかマスターがそれほどの人だったなんて。
いえ、これまで魔法を使っていたりいろいろと謎の多い人物ではありましたから、今さら何を言われても不思議ではないのですが。彼の人脈の広さも納得です。
「…………ふっ」
マスターにがんじがらめに拘束され、シュランの表情が苦悶に歪む――かと思いましたが、それに反して彼の口元は不気味に笑んでいました。
一件落着といった風に空気が緩む中、僕だけがそれに気づきました。
――どうして。
そう逡巡を浮かべた瞬間、僕は気づきました。
彼が拘束される前にいたところ。そこに束ねられていた導火線のうちの一本に火がつけられていたのです。
「大変だ、火が!」
僕が叫び、マスターたちもようやく気付きました。
シュランの微笑の理由は、自分を巻き込んでまでもこの保管庫の花火を爆発させるつもりだということでした。
――そうまでしてお祭りを妨害したいの!?
火のついた導火線の進みは思った以上に早く、もう花火の山まで数歩分もないほどでした。
「全員、急いでここから出るのよ!」
もはや時間がないと判断したのか、マスターはそう言って男子生徒たちを担いで出ようとします。しかしそれも間に合うかどうか。そもそも保管庫から出れたとして、大規模な爆発が起これば外にいてもただでは済まないでしょう。
大勢の怪我人が出ます。いえ、怪我で済めばまだいいほうです。
このままでは助けに来てくれたマスターまでもが被害にあってしまいます。それにお祭りも間違いなく中止でしょう。
そんなことになってしまっては、せっかく舞踏会を楽しみにしていたお嬢様が悲しんでしまいます。
――そんなの、イヤだ!
お嬢様には幸せであってほしい。
それが、彼女の従者としての僕の願いなのです!
「エリンも、はやく外へ!」
マスターのそんな叫び声も他所に、僕は反射的に花火が積まれている方へと走り出していました。
お祭りを続けさせるためには、この花火を爆発させるのではなく、夜空に打ち上げさせなければなりません。だからここで食い止めないといけないのです。
不幸にも、いや、幸いにも僕が一番近くにいました。
それに気づいた瞬間、僕はほぼ無意識のように動き出していました。
ただ無心に、じりじりと迫りゆく導火線の火を追いかけるように走りました。
「エリン!!」
数秒後には、僕は爆発に巻き込まれて消し飛んでいるかもしれない。けれど、もしお嬢様が幸せになれる可能性があるのなら、僕は全く迷いませんでした。
――こんな僕でも、お嬢様のためになれるのなら!
その一心で僕は無我夢中に、導火線を駆け巡る火へと飛び込んだのでした。




