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 -11『悪事』

 目が覚めると、そこは薄暗い白壁の部屋でした。

 やけに天井が高いと思ったのですが、それはただ単に自分の視線が低いからだと気づきました。


 ――体が動かない!?


 両腕が背中の後ろで縛られています。地面を舐めるように体は横倒しになっていて、ミノムシみたくほとんど体を動かせない状況になっていました。


 どうして、と頭が混乱する中、声が聞こえました。


「導火線はしっかり繋いでおけ。ぼや程度で終わるのが一番面白くねえ」

「おう」


 シュランと、彼の取り巻きの男子生徒の声でした。


 ふと顔を持ち上げると、ランタンの火が揺れる薄暗い中にしゃがみこんで何かをしている彼らの姿を見つけました。手元では何やら太めの縄をつなぎ合わせたりしていて、その縄は彼らの傍にある大きな木箱の山へと続いていました。


 あれが貯蔵されている花火なのだとすぐに僕は理解しました。


 どうやらここは花火の貯蔵庫のようです。


「目を覚ましたか」


 シュランが僕に気づき、目の前に歩み寄ってしゃがみこんできました。


 薄気味悪い笑顔を浮かべて僕を見下してきます。


「人の話を盗み聞きだなんて、ご主人様はマナーも教えてくれなかったのか?」


 そう言ったシュランにつられて他の男子生徒たちも嘲笑を浮かべてきます。


「……どうして僕を」

「さすがに話を聞かれたら放っておけないよな。邪魔されて失敗ってなりゃ、かねてからの計画が無駄になる」

「ずっと企んでいたんですか」

「お前たちのおかげで俺は暇になったからな。いくらでも時間はあったさ」


 これも僕たちのせいと言いたいのでしょうか。


「だがまあ、これまではお前たちのおかげでいろいろと散々だったが、今日ばかりは幸運だな」

「……?」

「お前にはこのままここにいてもらう」

「え?」


 シュランの気味悪い下卑た眼差しが僕を突き刺します。


「今回の事件――いや、事故の原因はお前だってことにしておくさ。理由は……そうだな、たまたま迷い込んで発火させちゃったか、それとも実は主人に不満を募らせていて自棄を起こしたか、なんてのはどうだ?」

「そんなっ!」


 最低です。

 自分たちの悪行を押し付けるつもりだなんて。


「そんなことしても偽装なんてしきれませんよ」

「可能性を残すだけでも十分なのさ」

「そんなの、僕が捏造だって言うに決まってるじゃないですか」

「家に帰れないのに言えるわけないだろ?」


 にやりと口許を持ち上げたシュランに、僕はぞっと血の気を引かせました。


「お前にはここで綺麗な花火になってもらうよ。なに、愚図なお前も人様の役に立てるんだ。よかったじゃないか」

「……ふ、ふざけないでください。僕はそんなの!」

「ああうるせえ。無駄に声を張るなよ」


 シュランは懐からナイフを取り出しました。薄暗い保管庫の中、その鈍色の切っ先が怪しく光っています。彼はそれを僕の胸元に振り下ろし、ドレスを引き裂きました。他にも無造作に裾などを傷つけていきました。


 僕の胸元の下着が露わになりましたが、それ以上に、いつ体を引き裂かれてもおかしくない恐怖が僕を竦ませました。


 一抹にも、言っていたことはすべて脅しでそれほどの大事件は起こさないのではないかという甘い希望を抱いていた僕に、彼は本気の姿勢を示してきたのです。


「これじゃあお楽しみの舞踏会にも行けないし、今後の予定も空いただろ」


 そう言ったシュランに、他の男子生徒たちもけらけらと笑って同調していました。


「色気もくそもねえ。どうせならお前の主人の方が顔も体もまだそそられただろうによ」


 こんな最低な人に、今日という日を――いや、僕のすべてを何もかも壊されてしまうだなんて。けれど縛られて動くことができず、何もできない自分が悔しくて、情けなくて、ただただ惨めになりました。


 このままではシュランたちの思惑通り、この保管庫の花火に火をつけられ、大きな爆発とともにお祭りは中断させられてしまうことでしょう。


 せっかくその兆候に気づいて止められそうだったのに、優柔不断に考えあぐねた僕は結局、騎士団などに頼ることもできずにこうして捕まってしまいました。


 本当に情けないです。

 目の前で悪事が行われているというのに、あろうことか加担までさせられる始末。


 お嬢様はこの祭りをとても楽しみにしていました。

 これで事件が起こってしまえば、また僕のせいで、お嬢様に迷惑をかけることになってしまいます。


 ――やっぱり僕は、お嬢様と一緒にいても迷惑をかけるだけなんだ。


 心が勝手に卑屈に沈んでいってしまいます。


 ――どうせこのままお祭りが続いても、お嬢様はエドウィン様と踊って婚約を結んでしまうんだ。


 どうなろうと結局は僕の傍からいなくなってしまう。だったらいっそ、このまま僕もろともお祭りがなくなってしまえばいい。そうすればお嬢様もエドウィン様と結ばれることは……今のうちはないかもしれない。


 ――僕がいなくなったら、少しは僕にも振り向いてくれるかな。でも、せめてもう少し、お嬢様ともっと一緒にいたかったな。


 だんだんと、諦めと後悔で鬱屈に沈みゆく心の中、お嬢様の笑顔が僕の脳裏に浮かびました。それがいつまでも、焼け焦げたようにずっと残って消えてくれませんでした。


 お嬢様との生活を諦めようとしても、どうしても彼女のことが離れてくれません。いや、僕が離れたくないのでしょう。どうしても、どうやっても。


 それほどに僕は、お嬢様と一緒にいたいのです。


 それにきっと、お祭りが事件で中止になってしまったらお嬢様は悲しむでしょう。


 ――僕はお嬢様の従者だ。主人の幸せは、僕の幸せなんだ!


「何かこいつを特定できるものはないか? 現場に残しておいたら、焼死体の身元特定にちょうどいいだろ」

「さすがシュラン。頭がいいな」

「これでこいつが犯人だと疑われれば、こいつの主人も立場がなくなるってもんだ。貴族としても没落しかねないかもしれないな。なにせ町中の人間が注目する一番の祭りをぶち壊したんだから、経済や信用の喪失も相当だろう」

「そんなことはさせないぞ!」


 横這いになっている僕へと伸ばしてきたシュランに手に、僕は精一杯に体を起き上がらせて噛みつきました。予想外に暴れた僕に、シュランは「いてえっ!」と叫び声をあげ、僕を引きはがすように平手打ちをしてきました。


 僕の体が地面にたたきつけられます。


「てめえっ! なにしやがる!」

「お嬢様のためにも、お祭りを台無しにはさせない!」

「今のお前に何ができるって言うんだ。調子に乗りやがって」


 声を荒げたシュランが僕の胸ぐらをつかみ、無理やり持ち上げました。破れたドレスが更に引き裂かれて、僕の肌と下着が露わになっていきます。


「全裸に引き裂いて晒してやろうか。このままおとなしく散っていた方がよかったと思わせることだってできるんだぞ」

「やれるならやってみろ。僕は……こわくないぞ!」


 いつになく強気に生かした僕にシュランは面食らったのか、やや驚いた顔を浮かべました。しかしすぐに逆撫でられたように逆上し、目元を吊り上げました。


「こいつっ!」


 侮っていた相手に強く言い返され、相当苛立ったのでしょう。

 それをもっともっと増長させるかのように、僕はひたすらに大声を出して叫びました。


「僕が、お嬢様を守るんだっ!!」と。


「生意気言ってんじゃねえ!」

「……うあっ」


 僕はぶん投げるように壁にたたきつけられ、激しい痛みとともに地面に倒れこみました。肩が外れたような、ろっ骨が折れたような、体中が壊れたようなそんな痛みが全身に走りました。


 まともに息をするのもつらく苦しむ僕を見下しながら舌打ちをしたシュランは、仲間たちの方へと踵を返します。


「おおい、準備はどうだ」

「ああ。できたぜ。導火線の繋ぎもばっちりだ」

「じゃあもうやるぞ。あの馬鹿ごと吹き飛ばしてやる」


 痛みでうめく僕を見てほくそ笑み、シュランは手元でマッチを擦って火をおこしました。


「だ……駄目だ……」


 肺の奥が痛むような辛さの中、必死に叫ぼうとした僕の声は微かにかすれた程度にしか出てくれません。それでも、肺のすべてが張り裂けてもいいくらいに、僕は力の限りに叫びました。


「絶対に駄目だぁぁぁぁぁっ!」


 いまにも導火線に火をつけられようとした瞬間――唐突に保管庫の扉が強く蹴破られました。それと同時に、幾人もの男性が雪崩こんできたのでした。


「全員手を止めろ!」


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