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 -8 『お祭りの日』

 僕とお嬢様は、級友であるレジーさんとグレンさんと合流するために大通りを歩いていました。


 お祭りのためにすっかり化粧をめかしこんだお嬢様はとても綺麗で、そのへと向かう道中、通りがかった人たちが思わず目を引かれるほどでした。そんな彼女の傍を一緒に歩く僕もなんだか誇らしくなります。他の人たちも夜の舞踏会のためにドレスを着ていますが、その中でも一層際立っていたのでした。


 集合場所の、町の中枢にある噴水広場にたどり着くと、そこではレジーさんとグレンさんがすでに待ってくれていました。二人とも、お祭りに合わせて礼服を纏っています。普段は学生服姿のため新鮮です。


 レジーさんは僕たちに気づくと、大きく手を挙げてぶんぶんと振り回しました。


「おいレジー。せっかくいい服着てるのにはしたないぞ」

「えー、いいじゃんー」


 そんな和やかに笑いあう二人のもとに僕たちも笑顔で歩み寄りました。


「ごきげんよう、レジーさん。グレンくん」

「ごきげんよー!」

「おっす」


 にこやかに挨拶をしたお嬢様に、僕も一歩下がったところで会釈をしました。


「うひゃー。クーナちゃんのドレスすごく綺麗ー! なにこの襟元の縫い目。パッと見ても全然跡がわからないくらい精密。それでいて乱れなくきっちりしている。さすが一流の仕立て屋がつくった衣装だねー」

「あはは……どうも」


 手芸部であるレジーさんは随分とお嬢様の洋服に夢中のようです。事実、この日のために仕立てられた高級品なのですから上質なものなのでしょう。


 鼻息を荒くして食いつくレジーさんを、グレンさんは呆れたため息を漏らしながら無理やり引き剥がしました。


「おいおい。今日は服を見るために来たんじゃないだろ」

「おっと、そうだったー。えへへ」


 ――忘れてたんですか。


「今日は年に一度のお祭りの日! 目一杯遊ぼうねー!」


 レジーさんはそう浮かれた調子で言ったのでした。


 おう、とレジーさんは応え、お嬢様も頷きました。僕も続いて首を縦に振ります。


「さあそうと決まれば行こう、いざ戦場へ! 美味しいものがいっぱい並んでるあの屋台群を全制覇する勢いで行くよー!」

「そんな金ないだろ」

「ふふーん。今日のために貯めてたのですー」

「お前、この前お金がないからってジュース奢らせてきたくせに。このためかよ」


 仲睦まじく騒ぐ二人と同じくらい、周りの人たちもお祭りの活気に当てられて賑やかい行きかっています。すでに近くの露店から買ってきた食べ物を頬張っている人や、露店の景品でもらったぬいぐるみを抱いた子供の姿などもありました。


 どこを見ても、町全体でお祭りを楽しんでいるという雰囲気がとても伝わってきました。


「今日は遊びつくすぞー。ね、クーナちゃん。エリーちゃん」

「私はすぐに行かなくちゃいけないけど」

「あ、そうなんだねー」

「社交辞令的なやつって言うのかしら。お祭りの日は貴族間の交流の日でもあるからね。顔見せとかいろいろやらないといけないの」

「はー。大変だねー、貴族さんも」


「全然理解してそうな間抜け顔してるな」とグレンさんが突っ込むと、レジーさんはむっと頬を膨らませて怒っていました。


「まあ、それまで時間もまだあるし。せっかくだから楽しみましょう。私、同年代の友達とお祭りを回るのは初めてなのよね」

「お、そうなのか」

「じゃあ楽しまなきゃねー!」


 小動物のようにぴょんぴょん声を弾ませたレジーさんにお嬢様と僕は手を引かれ、露店がたくさん並ぶメイン会場の方へと連れていかれました。


 お祭りの日は町のいくつもの路地が人で混みあいます。大きな路地に入れば左右にはびっしりと様々な露店が並び、炒め物のソースや油の香りが煙に乗って鼻孔をくすぐってきました。他にも飴玉や焼き菓子などが並んでいる露店もあります、


 お嬢様とレジーさんはそんなお菓子などを見かけるたびに足を止めては、少量ずつ買って食べ歩きました。


「はい、エリー。あーんして」とお嬢様が僕に小さな飴を差し出してきました。


「は、恥ずかしいです。自分で食べますよ」

「もう。せっかくやってあげてるのに。ほらっ」

「わわっ」


 無理やり口許に押し付けられ、こじ開けるように口の中に放り込まれました。


 荒い砂糖ののったざらざらした飴玉は舌の上でとても甘く溶けました。とても美味しかったですが、お嬢様に直接もらった気恥ずかしさのせいでそれどころではありませんでした。


「本当にいろんなお店があるのね」

「そうだよー。みんなで見て回るの楽しいんだー」


 お嬢様とレジーさんはきゃっきゃと和やかに談笑しながら人ごみをかき分けて歩いていきました。僕とグレンさんも二人の後ろについて、いろんな露店の食べ物を食べて回りました。グレンさんはずっと挙動不審な様子で辺りを見回していましたが。


 僕もお祭り会場を歩き回りながらいろんなお店を見ていきました。


 街中には露店だけでなく、大道芸人などが芸を披露しているスペースもありました。その中には以前お世話になったジャシューさんが手品を披露して観客を湧かせたりと、露店以外にも大きな賑わいを見せていました。


 どこの大道芸人の前にも溢れんばかりの人の集まりがある中で、やや開けた広場の一角だけ、ほとんどの人が素通りする寂れたお店があります。


「さあさあさあさあっ! 君も鍛えてたくましい戦士になろう! 我らマスランディ剣士育成所は勇ましき漢の来訪を待っているぞ!」


 むさくるしい声を上げているのは、筋肉隆々とした肌を輝かせて通行人に見せつけているマスランディさんです。その門下生も立ち並び、これでもかと見せつけるようなポーズをとっていました。


「うわっ」とお嬢様の素直に気味悪がった声が漏れたのが聞こえました。


「なんだろーあれ。なんのお店かなー」

「き、きっと怪しい宗教よ。あそこは近づかないでおきましょう」


 ふと気になったらしいレジーさんの背中を押して、お嬢様はマスランディさんのところを避けるように人ごみに隠れたのでした。


 またしつこいくらい勧誘されかねないので、マスランディさんには悪いですが、見つからなことを祈るばかりです。


 そんな見知った顔ぶれも多く見られるほどにごった返したお祭り会場で、今度はバーのマスターを見かけました。


 いつもはお店の制服を着ているのですが、今日はややぴっしりと正装しています。おそらく今日はバーも休みなのでしょう。化粧もどこか普段より濃い気がするのは気のせいでしょうか。


 人ごみの中、マスターに気づいたのは僕だけのようです。お嬢様とレジーさんは先々に次の露店へと進んでは売り物を眺めて楽しんでいます。背の高いグレンさんが付かず離れずいてくれているので目印としてわかりやすいです。


「あら、エリン。楽しんでるかしらあ?」

「あ、マスター。どうも」

「お祭り来たのね?」

「はい」


 マスターは僕のドレス姿をマジマジと見つめてきました。


「ううーん、よく似合ってるじゃなあい。可愛いわよ」

「あ、ありがとうございます」


 男なので複雑ではありますが。


「マスターもお祭りを見に来たんですか?」

「いんや、そうだったらよかったんだけどねえ……ちょっとあんたたち。先に向こうを見てってちょうだいな。あと、あの筋肉バカもこっち手伝わせて」


 ふと、マスターは彼の後ろにいた数人の男性にそう声をかけました。彼らは「わかりました」と一同に声をそろえ、立ち去っていきました。


「……あの人たちは?」

「うーん、まあここの騎士団ね」

「騎士団?」


 騎士団と言えばこの町の治安を守っている衛兵です。

 普段は立派な鎧などを着こんで町中を警備しています。


 どうしてそんな人たちがマスターと一緒にいたのでしょう。不思議に思った僕を察したのか、マスターは僕の耳元でささやきました。


「あの子たちはお祭りの警備のために私服で巡回している最中なのよ。ほら、町最大のお祭りってなるといろいろと問題を起こす人もいるじゃなあい?」

「なるほど。そういうものでしょうか」

「けっこう昔から多いのよ。自己顕示欲というか、承認欲求というか。こういう人目の集まるところで馬鹿をする人がね」


 たしかに、毎年華々しく終わりを迎えるお祭りですが、その陰で些細な揉め事などはよくあるとは聞いたことがあります。その中でも最も多いのは、踊りの相手を断られた男女間でのトラブルだとか。他にもこの混雑に紛れた窃盗など、いろいろあるのでしょう。


「でも、それをどうしてマスターも一緒にやってるんですか?」

「えっとねえ……まあ、助っ人ってところかしらねえ」

「助っ人?」


 どうしてただのバーのマスターである彼が助っ人に出向いているのでしょう。それほど騎士団は人手不足なのでしょうか。


 ――まあお祭りは町中でやってるし、手が回らないのも仕方ないのかな。


 そういえば彼は魔法も使えていました。相変わらずいろいろ謎の多い人です。


 と、今はそんな悠長な話をしているところではありませんでした。


「あ、あの、マスター!」

「なにかしらエリン?」

「実は――」


 僕はマスターに、女装したままだとお嬢様と踊れないという大問題を話しました。それを聞いたマスターは、きょとんとした顔で目を丸くしていました。


「あら、盲点」


 ――あら、じゃないですよ。


 こんな根本的な問題を僕もみんなもすっかり忘れていたなんて。いや、普通は女装なんてしないから頭から抜けてしまっても仕方ないのかもしれないですけど。


「うーん。どうにかしてそれまでに男ものの礼服を手配してみるわ」

「本当ですか!?」

「ただ間に合うかどうか……私もいまは見回りの手伝いがあるしねえ」

「お、お願いします!」


 深く頭を下げた僕に、マスターはくすりと微笑みました。


「エリン、覚悟を決めたのね。わかったわ、できるだけ協力してあげる。舞踏会が始まるの午後の七時。ちょうど暗くなって一斉に花火が打ち上げられるわ。それがリミットね。それまでに、エリンたちが通う学園の近くにある私の顔馴染みの問屋に行ってちょうだい。そこで用意してもらっておくから」


 僕はマスターへと顔を明るく持ち上げました。


「ありがとうございます!」

「応援してるから、なんとしても成功させるのよ?」

「はい!」


 そこで女装から男装へと取り換えて、舞踏会が始まる前にお嬢様を僕から誘う。お嬢様はきっと貴族専用の会場に向かうでしょうから、そこにたどり着く前には声をかけられたら理想です。


「それじゃあ私は巡回があるから」

「あ、はい。ありがとうございます!」

「貴方が、貴方の幸せのためにいられることを――」


 投げキッスをして踵を返したマスターを、僕は微妙な苦笑を浮かべながら快く見送りました。



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