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 -7 『一大事?』

 夜空には大きな満月が浮かんでいました。


 煌々と輝くその姿は目がくらみそうなほどに眩しく、マレスティの町を夜でも明るく照らしています。


 もうすぐお祭りの日。

 一年で最も月が大きく輝く、神聖なる日です。


 そしてその夜には、男女が対をなして一斉に踊る舞踏会。


 噂によれば、その時にお嬢様はエドウィン様から婚約を申し込まれるのでは、という話です。信憑性があるわけではないですが、可能性としては十分すぎるほどでしょう。それほどに二人は古くからの仲なのです。


 なによりも、あのダンス教室での息の合った踊りを見ると、信じてしまうのも無理はないというものです。


 ――でも、そうしたらお嬢様はこのお屋敷からいなくなる。


 僕は所詮『ライオット家』の使用人です。

 お嬢様がマークライ家に嫁いでしまうと僕はお嬢様と離れ離れになることでしょう。


 主人の幸せは従者にとっても幸せ。

 カーティスさんがライオット家の繁栄を喜ぶのと同じく、僕もそれは嬉しいことです。


 ですが、


 ――でも、これだけはイヤだ。


 そう思ってしまう僕が心の奥にずっとくすぶって、顔をのぞかせて、それが少しずつ大きくなっているのがわかりました。


 これは僕の自分勝手。わかっています。

 けれどもし僕にわがままが許されるのだとしたら――。


「……あ、星が」


 庭先に望遠鏡を広げ、今日もあの星を眺めました。

 もう満月の光が強すぎてその星はほとんど見えなくなっていました。うっすらと、かすかに残ってりるように見えるのは、果たして僕がそうあってほしいと思って見せる幻でしょうか。


 その儚い光が消えないよう祈りながら、僕はその夜を静かに過ごしました。


 そうして、ついにお祭り当日がやってきました。


 お屋敷は朝から大騒ぎのてんてこまいです。

 ライオット家当主であるトニー様や、そのご子息であるお嬢様の兄二人、そしてお嬢様の着替えやお化粧などが朝早くから行われています。


 厨房では屋敷のシェフ総出で大量の料理が作られ、他の使用人たちも馬車の手入れや庭先などの清掃などに一層の力を入れて行っています。


 今日は貴族としての家の質が町中に示される日です。

 半端な身だしなみをしていては家の名に傷がつくため、やはりみんな必死でした。


 町では昼頃から人が多くなり、賑わい始めることでしょう。昼間のうちは多くの露店が立ち並び、それを目当てに集まった住民たちで市場も大通りもすべてが混雑します。


 露店では焼き菓子や練り物料理、小麦粉を使ったパンケーキのような食べ物など、美味しそうなものを買って食べ歩く姿が良く見られます。夜の舞踏会に参加しない子供やその親などにとってはこの時間がむしろお祭りのメインと言えるでしょう。


 僕とお嬢様も、舞踏会まではまだまだ時間があるので、それまでは露店を回ることにしました。同級生のレジーさんとグレンさんが「どうせなら一緒に行こうよ」と誘ってくれたのです。


「それじゃあ私は着替えるから。エリンも着替えておいてちょうだい。着る服は部屋に置いておいたから」


 お嬢様は自室で、女性の使用人たちに囲まれて着替えを始めました。さすがに男の僕が一緒にいる訳にもいかず、僕も別室で、お嬢様が今日のために用意してくれたという服に着替えることにしました。


 ですが……僕の以前抱いたイヤな直感はそこで見事に当たるのでした。


「……もしかして、これですか」


 部屋の中にあったのは一着のドレスでした。

 それほど高価な装飾がついている訳ではありませんが、生地は上質です。


 お祭りの舞踏会にはそれなりの正装をして出向く必要があるのですが、それをお嬢様が用意してくれたのでしょう。


「女物……まあそうだよね。レジーさんたちがいるなら僕は『エリー』として行かなくちゃいけないから当然か」


 さすがに「実は男です」と打ち明けるのもおかしな話です。


 とはいえドレスを自分で着るのは初めてです。この前の時もレジーさんやお嬢様が着るのを手伝ってくれていたので大丈夫でしたが、一人だとやや苦戦しました。なにしろ腕を通しはしたものの、背中側にファスナーがついていて、それを引き上げるのが自分では難しかったのです。


「一人じゃ難しいだろうから手伝えって言われてきたのですわなのだ」


 ふと部屋にリムがやって来てくれて、どうにかちゃんと着ることができました。


「ありがとう、助かったよ」

「エリンはおっちょこちょいだから一人では無理だって、リムにもわかっていたのですわなのだ」

「……なに、その言い方」

「なんでもないのですわなのだ」


 あからさまにおかしいのに何でもないと言われると余計に気になります。


 お祭り当日ということでリムもテンションが舞い上がっているのでしょうか。きっとお屋敷の雑務が終わったら彼女も出向くつもりなのでしょう。毎年、たくさん露店の食べ物を買ってきてバーで食べている姿を見かけます。


 鼻歌交じりに僕の癖っ毛を櫛でといてくれているリムが、ふと尋ねてきました。


「なーなーエリン」

「どうしたの、リム?」

「エリン、舞踏会でクーナお姉ちゃんを誘うんだよね?」

「……できたらいいなって思ってる、けど」


 もしお嬢様がエドウィン様と踊らないようにするならば、おそらくそれしか方法がないでしょう。どこかでタイミングを見計らって誘うしかありません。


 お嬢様は貴族の身。

 となれば会場も貴族の方だけが集まる社交場となるでしょう。もちろんトニー様もお嬢様をそこで踊らせようと思っているでしょうし、そこにはエドウィン様も同席されます。


 つまり僕は、お嬢様をその会場に向かわせる前にどうにか無理やり誘わなければならないのです。


 ――うーん、考えれば考えるだけ難しく思えてきた。


 どうしても不安が僕を襲ってきます。

 ですが、僕はもう頑張ると決めたのです。


 そのためにダンスの練習だって励みました。グルーシーさんにつきっきりで見てもらって、最初はひどかったですが、それなりにマシにはなったつもりです。


 これで、どうにかお嬢様と――。


「エリンは女の子として行くのに、クーナお姉ちゃんと踊れるのか?」

「…………あ」


 そうでした。

 お祭りに行くのはエリーです。女の子としての僕なのです。


 ダンスの組み合わせは男女で一人ずつ。女の子同士なんて聞いたことがありません。


「どうするのだ?」

「……どうしよう」


 せっかく頑張ると決めたのに、これではスタートラインにすら立てていません。


「うわああああ、どうしよおー!」


 僕はすっかり混乱して涙目ながらに叫んでしまったのでした。


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