-9 『楽しい時間を』
先に露店を見て回っていたお嬢様たちに追いついた僕は、一緒に露店の食べ物を食べたりして遊びまわりました。
合流した僕にお嬢様は大きなイカ焼きを買っておいてくれたのですが、「一口でね」と無茶を言われ、口の中に突っ込まれたりもしました。慌てふためく僕をレジーさんが介抱してくれて、グレンさんも「なにやってるんだ」と後頭部を叩いたりしていました。
他にも露店で初めて食べる虫料理に挑戦して度胸試しをしたり、かき氷を誰が一番早く食べられるかどうかを競ったり。いろんなことをして存分にお祭りを楽しんで回りました。
同級生の友達とこうしてわいわいと遊んで回ることは滅多になかったので、本当に楽しくて、いつまでもこうしていたいと思うくらいでした。
しかし時間というのはあっという間に過ぎていくものです。
天頂に浮かんでいたはずの太陽はもう、遠くの山並みに沈んでいこうとしています。
「もうすぐ花火の時間ね」
人ごみであふれる大通りからやや外れた路地の方では、作務衣を纏った祭りの裏方の人が大きな荷物をたくさん運んでいます。おそらく花火を打ち上げるための準備でしょう。その他にも、花火があがる町の中心部のあたりでは同じような恰好をした職人らしき姿の人が多くみられました。
お祭りは、彼らによる盛大な花火によってフィナーレを迎えます。
夜空に咲くその盛大な花々の下で舞踏会が始まるのです。喧騒にあふれていた町は一変、弦楽団による優雅な演奏とともに、厳かな社交場へと様変わりします。
「毎年、空を埋め尽くすほどの花火がとても綺麗なのよね。町のどこにいても見れるくらいに大きくて、いろんなところであがっててて」
「わかる、わかるよクーナちゃん。私も、花火こそがお祭りのメインだなって思うくらいだよー」
お嬢様とレジーさんはとても楽しみにしているようです。
「一時間ほどかけてずっと花火が上がり続けるからねー。花火が上がる中を、幻想的な音楽とともに踊り続ける。お祭りの醍醐味な風景だねー。なんでも、その花火の最後に上がるとびきりド派手な八尺玉は一緒に見た男女の仲を強く結びつけるんだとか。うーん、ロマンチックー!」
ことさらレジーさんは人一倍興奮している様子でした。
「私もいつか、運命の王子様と一緒にその花火を見たいなあ。毎年、いつもはグレンくんなんかと一緒だから」
「俺で悪かったな」
グレンさんが強く突っ込むも、レジーさんはマイペースにへらへら笑っていました。
「運命の王子様――ううん、この際もうお姫様でもいいよー。ねえクーナちゃん、一緒に踊らないかい? へいへいっ!」
――な、何を言ってるんですか!?
僕がお嬢様に言いたいことをすらっと冗談風に言うだなんて。
僕はひどく焦ってしまいました。
しかしお嬢様は余裕の顔つきで口許を緩ませ、
「ふふっ。それは魅力的なご提案ね。でも残念。もう今年は踊る相手は決めてるの」
――え。
「そんなぁー。あー。やっぱり美少女貴族様は引く手あまたなんだー。どうせ私みたいな庶民は誰からも見向きされないんだー」
「そ、そんなことないわよ。ねえグレン。しっかり相手をしてあげてよ」
「……え? あ、いや。俺は」
「なに!? グレンくんも今年は相手がいるの!?」
柄にもなく顔を赤らめたグレンくんを見て、レジーさんは恨めしそうに涙を流しながら「裏切者ー!」としがみついていました。
そんな光景をお嬢様も微笑ましそうに眺めていましたが、僕は複雑な心境でいました。
――お嬢様、もう相手がいるんだ。
やはりエドウィン様との噂は本当だったのでしょうか。
そうだとしたら、その前に僕が誘っても断られるだけ。惨めなのは明白です。
僕の心はひどく委縮してしまっていました。
それが体現してしまったように僕の足取りは重くなり、自然と顔を俯かせてしまいました。談笑しながら前を歩いていく三人ともやや距離が生まれてしまい、気づいた僕が慌てて小走りに駆け寄ろうとしたのですが、ちょうどそのタイミングで人の波に流されてしまいました。
「お、お嬢様!」
どうやら別の場所で、プロの踊り子による実演が始まったようです。それを知らせる太鼓の響きにつられた大勢の群衆の津波が僕とお嬢様たちを引き裂きました。
咄嗟の僕の声もその喧騒にかき消されて届かず、身動きの取れない僕は、遠ざかっていくお嬢様たちの後姿をただ見つめることしかできませんでした。どれだけ手を伸ばそうとしても届くはずもなく、お嬢様も僕には気づいてくれない、そんな寂しさが僕を襲いました。
人波に流されていつしか僕は、歩いていた通りとはまた違う路地裏にまで押し出されてしまっていました。
お嬢様の姿などとうの昔に見失って、もはやどこにいるのかも見当が付きません。これではお嬢様を誘うどころの話でもなくなってしまいます。
「……はあ。やっぱり僕って」
情けない自分に落胆の息が漏れてしまいます。ですが、そうしているままでは結局これまでの自分から何も変われません。
「――ううん、逃げているだけの僕じゃないって決めたんだ」
首を振って気を取り直し、僕は沈み込んでしまっていた顔を持ち上げました。
「とにかく探そう。探して、誘うんだ」
一緒にいるのが当たり前じゃない。
お嬢様の隣を、自分の手でつかみ取るために。
「…………あれ?」
人ごみのある大通りとは反対の路地裏に、まるで人目を避けるようにしてこそこそと歩く人影があることに気づきました。気になって振り返った僕が見たのは、お祭りの最中にしては随分となりを潜めた風に地味な恰好をした数人の青年と、その中でも一際人相の悪い顔立ちを引っさげたシュランの姿でした。




