-5 『応援』
「あの二人は放課後、いろんなダンス教室に出向いてくれているのよ」
そう教えてくれたのがグルーシーさんでした。
この学園には、敷地の内外含めて複数の同じようなダンス教室があるのだそうです。そのほとんどがこのお祭りの時期にのみ開かれるらしいのですが、放課後になるとその教室を順々に巡っているのだとか。
――どうしてお嬢様がそんなことを。
不思議に思っていた僕の疑問を解決したのは、このダンス教室の顧問を務める女性教諭の言葉でした。
「皆さん、今日はマークライさんとライオットさんに来ていただきました。二人の見本となる踊りを見て、勉強し、私たちの技術をさらに高めましょう」
「見本? どうしてお嬢様が見本を……」
首をかしげた僕を他所に、女子生徒たちは部屋の真ん中を円になって囲むように広がりました。
するとお嬢様はエドウィン様と一度目を合わせて頷くと、一礼をし、二人の手を繋がせてその円の中央へと進んでいったのでした。
二人のたたずまいは粛々としています。足取りは優雅で、この小さな部屋が豪奢なダンスフロアかと錯覚させられそうなほどでした。
手を取り合って向かい合った二人。
僕たちがそれを見守っていると、やがて音楽が流れ始めました。
それからお嬢様とエドウィン様は互いに組み合い、音楽に合わせてステップを踏み始めました。流れるような軽やかな足取りで、穏やかに流れる音楽に溶け込んだように、一切の不手際もない荘厳たる踊りを拾いして見せました。
僕の目を疑う程でした。
まさかお嬢様がこれほど完璧な踊りを披露するとは思ってもみませんでした。
僕の目はずっとお嬢様に奪われていました。
ただただ綺麗で、美しかったのです。
華麗に踊るお嬢様の横顔にひたすら見惚れ、それと同時に、そのお嬢様と一緒に手を組み合わせながら向かい合ってステップを踏むエドウィン様にひどく醜い感情を抱きました。
それが嫉妬だと気づくのに時間はかかりませんでした。
――僕はきっと、エドウィン様のようにあんな風にお嬢様と踊ることができない。
簡単なステップすらまともに踏めていない僕です。
羨望のまなざしを浮かべて眺める女子生徒たちに混じってそんなどす黒い感情を抱いてしまっている自分にひどく腹が立ちました。それと同時に情けなさを感じました。
お嬢様はエドウィン様と、いつもこうして踊っていたのです。
きっとお祭りの本番でも、貴族専用の豪奢なステージで優雅に踊るのでしょう。
「あの二人、本当に上手ね。みんなが見惚れるのもわかるわ」とグルーシーさんすらお墨付きを与えるほどでした。
二人を取り巻く女子生徒たちはすっかり、うっとりとした目で二人を眺めています。
「さすがエドウィン様だわ。背中の伸びもきれいだし、無駄のない綺麗な動きで尊敬しちゃう」
「クーナさんもすごいよね。エドウィン様にまったくそん色なく動けてる」
「だってあの二人、ずっと幼い頃からの顔馴染みらしいわよ。クーナさんは今年から婚約が許される年齢だから、きっと今年のお祭りでは大舞台で婚約の取り決めをされるんじゃないかしら」
そんなことを噂する声もあがっています。
この町の取り決めで、何も知らぬうちに勝手な取り決めがおこらぬようにと、人権などを保護する目的で貴族の女性には婚約を結べる年齢が決められているのです。
それが十六歳――つまりお嬢様の今の年齢でした。
いよいよ、お嬢様とエドウィン様の婚約話が、周りの生徒たちの間では現実味を帯びた噂話となって持ち上がっているのでした。
その噂はやはり真実だったと思うほど二人は親密に見て取れます。
いつもは傍にいるはずのお嬢様が、今はとても遠い存在に思いました。
本当に彼女がどこかに行ってしまいそうで。
踊り子として町の外に?
それとも、エドウィン様の花嫁として――?
イヤな未来ばかりが頭をよぎります。
卑屈になる心に顔を俯かせていると、隣にグルーシーさんが座り込んできました。
「どうしたの? そんな隠れるようにしちゃって」
「いえ、別に……」
「ははーん、わかった」
彼女がにやりと口許を持ち上げました。
「好きなんでしょ」
「ええっ!?」
思わず声を上ずらせてしまい、それが余計にグルーシーさんをにやつかせました。
「わかる、わかるよ。すっごく魅力的だもんね、誰もが羨むくらいに」
「……はい」
「もしあそこで一緒に踊ってるのが自分だったらなあ、なんて思っちゃうよね」
「……まあ」
がし、と急にグルーシーさんが僕の両手を掴んで見つめてきました。
「大丈夫、お姉さんはその恋、応援するよ!」
「えっ……」
「大丈夫。踊りがうまくなればエリーちゃんにもいつかチャンスは来るかもしれないから。その時のためにいっぱい練習して、いつか告白しようね――エドウィンくんに!」
「ええっ!?」
――違います!
いや、僕は女の子だと思われているから相手としては当然男の子のエドウィン様だと勘違いするのは道理ですが。
「でも……相手は貴族の人です。僕はしょせんただの平民ですから」
僕はあわせるようにそう力なく返しました。お嬢様も貴族なので間違いではありません。
座り込んだまま膝を抱え、顔をうずめた僕に、しかしグルーシーさんは明るい笑顔でのぞき込んできました。
「なーに、貴族様っていっても結局は同じ人間なんだから。たまたま生まれた場所、生まれた家が違うだけ。たったそれだけだよ。だから、身分の違いだけで引け目を取る必要なんてまったくない!」
グルーシーさんはそう自信満々な風に言いました。
「いい? 君たち若者っていうのは伸びしろの塊なの。大事なのはこれからどうなるか、どうなりたいか。絶対なんて未来はないんだから。だから不可能だなんて思わないで、想いを果たしたいなら挑戦あるのみ!」
グルーシーさんの言葉は目がくらみそうなくらい前向きでした。
「君の恋路、応援してるからね!」
そんな彼女の言葉は、自然と僕の心の奥の方へと染み入っていったのでした。
「わかりました……がんばります!」
遠目に踊るお嬢様の姿を眺めながら、僕はぎゅっと小さく握りこぶしをつりました。




