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 -4 『ダンス教室』

「エリーさんね。このダンス教室は初めて?」

「あ、はい。そうです」


 ダンス教室が行われている小屋に入ると、中では十数人ほどの女子生徒が集まっていました。部屋は踊りやすいようにフローリングのような艶々した床が一面に敷かれていて、片側の壁には大きな姿見もあります。


 更衣室から動きやすい運動服に着替えた女子生徒たちの中に、僕もひっそりと隠れるように混じっていました。


 まずは受付をさせられました。

 生徒の他に、この学園の体育教師である女性教諭が一人。そしてもう一人、やや濃い小麦色をした肌の妙齢の女性がいました。


 彼女は四肢がまるで小枝のように細くて、しかし胸元は豊満でおしりも大きく、女性的なスタイルが抜群でした。格好もおへそが出た布地の際どい衣装をしていて、この人が本職の踊り子なのだとすぐにわかりました。


 そんな彼女は初めてやってきた僕に気づき、真っ先に声をかけてくれたのでした。


「エリーさんは踊りの経験はあるの?」


 その踊り子の女性はとても気さくで活発な印象でした。初対面なのにまるで距離を感じさせないような、そんな不思議な魅力があります。


「いえ。全然でして……」

「なるほどなー。じゃあ今度のお祭りまでに上手くならなきゃだねー。ここに来てる子はみんな、お祭りで好きな人の前で立派に踊れるように励んでる子たちだから。エリーちゃんも頑張ろうね!」


 僕はそんなつもりじゃ、と言い返そうとして、しかしあながち間違っていないことを気づいて僕は口をつぐみました。


 実際、ここに来ている女の子たちはみんな真剣な様子でした。


 マスターに踊りを上達しろと言われましたが、僕としては少し話半分なところがありました。自信がないというのも原因の一つです。体を動かすことが苦手なのです。


 それでも「踊り子の先生がいるのならその仕事について話を聞けるかも」と思ったのも、このダンス教室に来た理由の一つでもありました。


「お祭りのフィナーレは好きな異性と一緒に踊る。それこそが醍醐味だし、そこでちゃんと踊れなかったら低く見られちゃうかもしれないからね。しっかりレッスンしていこうねー」

「は、はい。よろしくお願いします」


 すでにある程度実力がある女子生徒たちは、女性教諭が流す音楽にのってそれぞれに練習を始めました。僕は初めてということもあって、踊り子の先生と一対一での授業です。


「私はグルーシーっていうの。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「商業連盟『黄昏の輪舞』っていうところに所属してるの。お祭りの日はどこの商業ギルドの踊りがよかったっていう一般投票もあるから、よかったらそっちもよろしくね」


 宣伝もばっちりです。けれどグルーシーさんの笑顔は決して営業的な余所余所しさはなく、とても人当たりがいいものでした。


「まずはストレッチから始めましょうか。踊りでは体の柔軟さが大切よ」


 グルーシーさんと一緒に僕は部屋の片隅で腰を下ろしました。


「じゃあ足を開いて」

「はい」

「もっと」

「む、無理です。僕、体固いんですよ、足外れちゃいます」

「大丈夫、いけるいける。外れたらくっつけてあげるから。気合で」


 絶対無理でしょう。


「関節外すくらいも気持ちで!」

「無理ですってばあー! いたたっ」


 グルーシーさんは無邪気に僕の背中を押してきました。

 けれど僕の上半身はせいぜい指先が足首に届くかくらいのところまでしか曲がりませんでした。固すぎます。


「がんばれー」

「むりですー」


 気楽に言うグルーシーさんとは正反対に、僕は泣きそうなほど顔をしかめていました。


 そんなストレッチをしながら、僕はグルーシーさんにいろいろとお話を聞いてみることにしました。


 グルーシーさんはもう十年近く踊り子として世界中の町を巡っているそうです。年齢は教えてもらえませんでしたが。踊り子として必要なのはやはり美貌と体力。そのため現役を引退するのも比較的早いらしいです。


「踊り子って職業は生ものだからねえ。少しでも踊りについていけなくなったらもう終わりだよ。雇う側も商売だし、使えなかったら安く雇える他の若い子にすぐ取り換えるんだよね」

「そうなんですね。結構踊り子のお仕事も大変なんですね」

「なに、興味あったのかな?」

「いえ、まあちょっと」


 興味があるのはお嬢様ですが。


「踊り子は大変だよー。世界中を股にかけて動き回るから、どこかの町に落ち着くこともできないしね。私だってここに戻ってきたのは一年ぶりなんだから」

「そんなに忙しいんですか?」

「興行でいろんな町の祭り事や神事に出向くからねえ。そうじゃなきゃお金をもらえないのさ。一つの町にい続けても仕事がないから」


 ――それじゃあもしお嬢様が踊り子になったらこの町からいなくなるってことなのかな。


 そうなると、僕はお嬢様の従者ではなくなるのでしょうか。


 それはイヤだな、と僕は素直に思ってしまいました。


 お嬢様がなりたいというのなら協力はしたいです。そのために、これまでお嬢様が言ってきたことはなるべく適えられるように努力してきました。


 けれどいつも、お嬢様の『なりたい病』は願望止まりで終わってくれます。残念がるお嬢様を見て、しかし僕は、それに一抹の安心感を覚えているのでした。


 本当にお嬢様が何かになってしまったら、僕とお嬢様のこの関係はきっと壊れてしまう。それがひどく恐かったのです。


「引退した踊り子の人たちはどうするんですか?」

「うーん。良くて興行先で知り合った人に嫁入りしたり、かな。他にも自分で同じような踊り子の商業ギルドを作ってオーナーになったり、こうやってダンス教室を開いたり。でただ職を失う人もいるからなんとも言えないね」


 花のある仕事に見えて、その内情は大変なのでしょう。

 お嬢様がそんな器用に生きられるとは思えません。


 ――お嬢様には無理そうだなあ、うん。


 いつものことですが、諦めてもらうほかないでしょう。

 そうしてほしい、という願望も少しだけない混じっていました。


 それからしばらく、僕はグルーシーさんに助けてもらいながらストレッチを繰り返しました。


 それから基本的なステップの講習が始まります。

 お祭りで行われる踊りは男女一組となるものです。ずっと昔から伝わる伝統的な音楽にあわせ、手を組んだ二人が互いに見つめあい、ステップを踏みながらダンス会場を移動していきます。


 派手な動きはないものの音楽に合わせて足を動かさなければならないため、慣れが必要でした。相手と息を合わせることも大切ですが、このステップができなければ話になりません。


「とん、とん、とととん、とんとん、とととん」とグルーシーさんが声に出してリズムを言ってくれますが、その拍子に合わせて僕が足を動かしてみても、どうにもから回ってうまくいきませんでした。


「うわっ」と転んだりもするほどです。


「大丈夫? ゆっくりやってみようか」

「は、はい」


 どうにも僕はセンスがないようでした。

 けれどもグルーシーさんが何度も明るく励ましてくれるおかげで、僕はどうにか挫けずに続けられていました。


「エリーさんも、踊りを上達させて見せたい相手がいるの?」

「えっ、なんでですか」

「ここに来るのはだいたいそういう子だからねえ。で、どうなの?」


 グルーシーさんがぐいっと顔を迫らせてきて、僕は気まずく目をそらしました。


「いやあ、どうでしょう」

「ふむふむ。その反応、いるね」

「ええっ」

「お姉さんを舐めてもらっちゃこまるよ。だてに君の倍以上長く生きてないんだから」

「倍?」

「あ、いけないいけない」


 なんでもないのよオホホ、とグルーシーさんは急にかしこまったように笑って口をふさぎました。聞いてはいけないことのような気がして僕もそれ以上は言及しませんでした。


「まあ、踊りが上達すれば想い人にもきっと認められるわ。がんばりましょうね!」

「僕には……」


 センスがないから無理です、と卑屈に顔を落とした時でした。


 急に教室がざわざわと騒がしくなりました。


 何事だろうかと辺りを見回すと、他の女子生徒たちは踊りの練習をやめ、目を輝かせたように大きく見開かせています。


「なにかあったんでしょうか」

「ああ。あの子たちが来たのね」

「あの子たち?」


 気になって、周りの女子生徒たちが見やっている方へと僕も視線を向けた直後、


「……っ!?」


 僕はその瞬間、大慌てで物陰に隠れるように逃げました。


 女子生徒たちの視線の方向――部屋の入口に、一組の男女が現れたのでした。その二人がやってきた途端に大きな歓声が巻き起こりました。


「きゃあっ、エドウィン様よ!」


 そんな黄色い声がいろんなところからあがりました。


 彼女たちの視線の先には、更衣室で動きやすい衣装に着替えたエドウィン様がいました。そして、その傍らにもう一人――。


「ど、どうしてお嬢様が!?」


 僕は声を殺すように思わずそう呟いてしまいました。

 エドウィン様のその隣に、いつも見慣れたお嬢様の顔が並んでいたのです。


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