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 -3 『不審者』

 お嬢様の『踊り子になりたい』という願いは継続中です。


 あれから踊り子に関する本やそれが登場する物語などを読んでは、世界中を巡って踊り続けるのはどんなものなのだろうと想像を膨らませていました。


「踊りに映える衣装ってどんな感じかしら。まだ年端もいかないしスタイルも良くないから、ドレスのような可愛らしさもほしいわよね」


 そんなことを言いながら、何故か僕を大の字に立たせて寸法を測ったりもしていました。


「お嬢様、どうしてこんなことを」

「踊るときのための衣装も作っておかないよ」

「僕で採寸しても意味ないじゃないですか」


 着るのはお嬢様なのに。

 僕の言葉も聞く耳持たず、お嬢様は息を巻いて採寸をしていました。


「舞踏会で上手に踊ってみせたら踊り子にスカウトされちゃうかしら」

「それはどうでしょう……」


 お嬢様は随分と舞踏会に乗り気のようでした。その日を楽しみにしているようです。

 マスターはそれを一つのチャンスにするべきだ、と僕にアドバイスをしてくれました。


「もうじきお祭りがあるでしょう? お祭りといえばフィナーレの舞踏会。そのためにも踊りは必須になるわ」

「そ、そうですね」

「だから、その晴れ舞台で華麗な踊りを見せつけてクーナちゃんの心を奪ってやればいいのよ」


 それはあまりにとんでもない提案でした。


「で、でも僕は今まで一度も踊ったことなんてないんですよ」

「大丈夫大丈夫。これから練習すればいいわ」

「いや、あんまり時間もないのに……ちょっと付け焼刃の練習をしたところで変わらないですよ」


 弱気な僕にマスターは言います。


「もう、エリン。私がなんて言ったら覚えてる?」

「え?」

「そんな簡単に、自分には無理だって諦めていいの?」

「それは……」


 良いはずがありません。


「ねえエリン、知ってる?」

「はい?」

「舞踏会の夜。大きな満月に祝福されながら踊り、一緒にフィナーレの花火を見た男女は、この先ずっと永遠に結ばれ幸せなつがいとなる。このお祭りにずっと昔から伝わっている言い伝えよ」


 それは初耳でした。


「だからそれまでに上達して、むしろクーナちゃんを手ほどきするくらいになりなさい」

「そこまでできるかどうか……」

「やるの!」

「はい!」


 そうマスターに発破をかけられ、僕は踊りの練習をすることになったのでした。


 すべてはお祭りの舞踏会。

 そこでお嬢様と踊るため。


 とはいえお嬢様は貴族です。

 貴族の社交場となるそこは、基本的に貴族同士で踊るのが一般的とされています。

 その付き人とはいえ所詮は平民である僕がお嬢様と同じ舞台で踊れる訳ではありません。


 そのことについては「大丈夫。貴族同士じゃないとダメっていう決まりはないわ。舞踏会は踊りたい人と踊るの」とマスターは微笑みながら僕の背中を押してくれました。


 果たして僕なんかがお嬢様と踊れるのでしょうか。

 一抹の不安は残りますが、僕はとにかく、舞踏会のための踊りの練習を始めることにしたのです。


 踊りについて何も知らない僕にマスターは「学園の中にダンス教室がある」ということを教えてくれました。なんでもそこでは、このお祭りの時期になると他の町からやってきた本物の踊り子さんたちに直接指導してもらえるのだそうです。


 お祭りまで毎日開かれているらしく、登校日の放課後、僕はさっそくそこに出向いてみることにしました。


 お嬢様は近頃よくある所用とやらで別行動です。

 しかしこれに関してはお嬢様にも見られたくなかったので好都合でしょう。


「えっと……部室がある別館の裏庭にある小さな建物でやってるって聞いたけど」


 マスターからの情報を頼りに一人、そのダンス教室があるという場所を探しました。


 以前にレジーさんの手芸部があった部室棟の脇を通り過ぎると、園芸部は管理している小さな花壇の広がる裏庭が広がっています。目的の教室がある小屋はそれを挟むようにした向かい側にありました。


 授業が終わった女子生徒たちが数人ほど入っていくのを見るに間違いないでしょう。その小屋へと近づくと、中から大声で指導している声が漏れ聞こえてきました。


「あれ?」


 ふと、その小屋の片隅に人影を見つけました。

 壁の窓際で隠れるようにへばりついてくっついています。


 ――不審者?


 ダンス教室は女生徒のための集まりです。

 しかしその人影は男子生徒の制服を着ています。


「まさか覗き!?」


 練習する女の子を覗き見る目的で隠れているのだとしたら大問題です。


 先生に連絡?

 いや、もしその間に逃げられたら大変です。

 しかし他の女生徒たちは気づかないまま小屋へと入ってしまい他に頼れる人もいません。


「ど、どうしよう……」


 危険なものを持った暴漢だったらどうしよう。

 そんな不安を抱きながらも、僕はついに決意を固めて拳を握りました。


「あ、あの! なにしてるんですか!」

「ん?」


 絞り出すように声をかけた僕に窓を覗き込んでいた人影が振り返りました。その人影の顔を見たとたん、僕は素っ頓狂な声をあげて驚きました。


「な、何やってるんですかグレンさん!」


 そこにいたのは同級生のグレンさんだったのです。


「ま、まさかグレンさんが女の子の盗み見を……」

「え、エリー!? ち、違うぞ!」


 グレンさんは慌てた様子で首を振りました。


「違うって、どう違うんですか」


 誰がどう見ても、女子ばかりが集まる部屋を覗いていたようにしか見えません。


 わたわたと慌てふためるグレンさんはいかにも怪しく、もし見つけたのが僕でなければすぐさま通報されていたことでしょう。


 ジト目を浮かべて見つめる僕に、グレンさんは声を震わせながら答えました。


「別に下心があったわけじゃないんだ。そんなつもりがあるはずがない。俺はただ、ちょっと人探しをだな……」

「人探し?」

「ああ……」


 頷いたグレンさんの顔がなんだか照れたよう頬を染め、何かを思い浮かべるように中空を見つめました。


「――俺の、運命の人を探しに、な」

「え……」

「なあエリン。お前は知らないか。俺の心を仕留めた絶世の美少女さ。髪の色はお前によく似ていて、でももっと長くてさ、肌もすごくきれいな白雪のような女性だ。本当に、妖精が俺の夢の中に現れたのかと思ったくらいだよ。でも俺はこの前実際に出会ったんだ。この学園の中でさ」


 ――えっと、それってつまり。


 グレンさんの探しているというのは僕ということでしょうか。


「ウエディングドレスを着ていたんだ。きっと俺と挙式をあげたくてそんな恰好をしてたんだよ。でも恥ずかしくなったのか帰っていっちゃってさ」


 間違いないようです。

 僕がレジーさんによってドレスを着せられてから、グレンさんはどこか上の空といった様子が多くありました。それがまさか、化粧をした僕のことを想っていたのでしょうか。


 微妙な薄気味悪さと申し訳なさが僕の中でこみ上げてきました。


 ――すみません、僕、男です!


 さすがにそれをいまさら言うわけにもいかず、かといってそれが『エリー』だということすら言い出しにくいほどの没入っぷりです。


 それを告げてショックを受けるだけなら全然いいのですが、そのせいで万が一「お前で良い!」と寄ってこられても大問題です。性別的にも。


 ――これはいつまでも言えないなあ。


 内心で苦笑を浮かべつつ、グレンさんには悪いですがこの事は墓場まで持っていくことを決めました。


「あれは絶対、俺の運命の人なんだ。なあエリン。どこかで見なかったか? あれだけの美少女なら一目でわかると思うんだ」

「えっと……うちのお嬢様、とか?」

「あいつは美人だがちょっと男勝りだから却下だ。全然違う!」


 ――むっ。


「俺はもっと、可憐な淑女が好きなんだ」

「お嬢様もちゃんと淑女です!」


 たまに粗暴だったりわがままだったりはありますが。


「ま、そんなことはどうでもいいんだ」

「そんなことって……」

「それよりも例のあの子だ! せめて名前だけでも知らないと」


 ――エリンっていうんですよ、その子。


「今も俺を待っているに違いない」


 ――待ってないですよ。むしろ今すぐここから逃げたいです。


「かくれんぼの鬼なら昔から得意だったからな。絶対、この世界の果てまででも探し出してやるぜ!」

「が、がんばってください……」


 願わくば一生見つかってほしくないですが。


 自信満々に親指を立てたグレンさんは「こうしちゃいられない」と息巻いてさっそうに走り去っていってしまいました。


「……結局、覗きをしていたという事実は曖昧にされちゃった」


 ぽつりと残された僕は、ささやかに手を振って見送りながら彼の情念が実らないことを祈っていたのでした。


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