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 -3 『教えてもらった解決策?』

 外套を深く羽織った僕は、マレスティの町の中心部から大きく外れたとある路地を歩いていました。


 そこは左右を大きな建物に挟まれていて、昼間でもやや薄暗い場所でした。そのせいか人通りもあまり多くはありません。市街地や繁華街とも正反対のせいもあるでしょう。


「ねえ。本当にこんなところにあるの?」


 僕のすぐ後ろを離れずに歩いていたお嬢様が心配そうに尋ねてきました。


 お嬢様もお洋服の上に上質な外套を羽織っています。身分を隠すためというわけではありませんが、いくら町中といえど安全が保障されているわけではありません。治安は比較的良いほうですが、残念ながら粗暴な人がいることも事実です。


 とりわけ得体のしれない寂れた裏路地を通るとなれば、お嬢様のような高貴な身なりは用心しておいたほうが良いというものです。


「マスターの教えてくれた場所なので間違いないと思うんですけど……あっちかな」

「しっかりしてよ。勇者になれるって聞いたからやってきたのに」

「そうなるためにうってつけの場所らしいですよ」

「本当かしら」


 疑い半分に僕の後をついてくるお嬢様は、角を一つ曲がるごとに「まだかまだか」と急かしてくるのでした。


 かくいう僕もマスターからは「勇者になるのにふさわしいところ」としか聞いていなかったため、実際にあるのかという半信半疑な気持ちは拭えませんでした。


「適当を教えられたんじゃない?」

「マスターはそんなことを言う人じゃないと思いますけど」

「もう疲れたわ」

「すみません。たぶんもう少し――あっ」


 散々歩き回ってお嬢様が弱音を漏らし始めたころ、入り組んだ路地の細まった先でようやく話に聞いていた建物が見つかりました。


「ありましたよ、お嬢様」

「あと十歩遅かったら帰ってたところだわ」

「それは……間に合ってよかったです」


 一抹の安堵を覚えながら、僕はお嬢様を連れてその建物へと向かいました。


 建物はこじんまりした平屋でした。そこには表にでかでかと『マスランディ剣技場』と書かれていました。


「これは……なに?」

「えっと。稽古場、でしょうか?」


 そのたたずまいからなんとなく僕は察しました。それと同時に、そこはかとなく嫌な悪寒も……。


「おっす。お前たちが入門志願者か?」


 不意に話しかけられ、僕たちは揃いもそろってびくりと肩を震わせました。


 振り返ったそこには、むさくるしいほどひげを生やした大男が仁王立ちで僕たちを見下ろしていました。まるで熊のようにいかつくて、お嬢様も思わず身構えてしまったのは無理もありません。


 その大男は僕たちを見て「がははっ」と気持ちよく笑うと、返事を待つことなく僕たちの肩へと手をかけてきました。


「いやあ、待っていたぞ。がはははっ。あの人から話は聞いている。勇ましい戦士になりたいそうだな」

「えっと……そうですね」

「なれるの?」

「なれるとも!」


 お嬢様の問いに一切の迷いなく快活に即答する大男。

 あまりに語勢が強すぎて唾がかかりそうなのがイヤでしたが、どうやらマスターの知人みたいですし、悪い人ではなさそうです。


「あの。ここはどういう場所なんですか」

「どういう場所も何も、見ての通りさ」

「えっと。ただの平屋のように見えるんですが」

「ふむ。とにかく中へと入るがいい」


 その大男に促され、僕たちは建物の中へと入ることになりました。


 ただの平屋かと思ったそこはまだ先があるようです。

 僕たちは大男に連れられてそのまま平屋の奥のほうへと進んでいきました。


 たどり着いたのは、表からは見えなかった大きな建物でした。中は思ったよりも広く、一面木の板が敷かれた道場のようになっていました。そこでは十数名ほどの男女がいて、木製の模造刀を握って力強く素振りを繰り返していました。


「改めて。俺はこの戦士育成場の師範代、マスランディだ」


 ふん、と鼻息を噴き出すように力強く立ち直った大男――マスランディさんは、改まって僕たちにそう挨拶をしました。


「えっと。僕はエリンです」

「クーナよ」

「ああ。マスターから話は聞いているぞ。何やら立派な戦士になりたいようじゃないか」


 快活に言うマスランディさんですが、お嬢様は「本当にここで戦士になれるのかしら」と訝しんでいるようでした。実際、道場にいたここの生徒と思われる方たちは、一切の鎧などは着こまずに薄い布地にハチマキだけで、その上からでもわかる隆々とした大きな体つきは、剣を扱う戦士というよりも格闘家のようでした。


「なんだか異常に筋肉質な人ばかりね」

「もちろんだとも。剣は重たいものだからな。それを扱う戦士もそれ相応に力がなくてはならないのだよ」


 それにしては、僕やお嬢様が思う戦士像とはずいぶんかけ離れている気がします。

 なんだか手に持っている模造刀すらも、まるで子供のおもちゃのようにうさんくさく感じてしまいました。


「剣よりも拳で殴ったほうが強そうじゃないの……」とお嬢様が言葉を漏らすのも仕方ありません。


 そんなお嬢様の小言にも、マスランディさんは快活に笑い返します。


「ふははっ。剣は敵を切っているうちに獣の油で切れ味が落ちたり、刃が折れて使い物にならなくなったりするからな。いざ武器がなくなっても拳で立派に戦えなければいけないのだよ」

「じゃあ最初から剣いらないじゃない」

「あはは……」


 さすがの僕もお嬢様の指摘に同感でした。


 もちろん僕も、それにお嬢様も、他の人たちみたいにたくましい筋肉など持ち合わせていません。彼らが太い幹であるならば、僕たちはせいぜい枯れた小枝くらいでしょう。


 せっせと素振りを続ける生徒の人たちに目が合うと、彼らは一同にぐるりと顔だけを僕らへ向けて、額に汗を流しながらちょっと気持ち悪いくらい爽やかな笑みを連ねてきました。


 ――ようこそ!


 と迎え入れられているみたいです。

 飛び散る汗と、振り下ろされた太い上腕二頭筋。

 まるで筋肉そのものが喋っているみたいな重圧です。


「ねえ。一応聞くのだけれど」


 お嬢様も若干の引き気味で尋ねました。


「ちなみに、戦士になるためにはここで何をするのかしら」

「うむ、向上心のあるよい質問だ。そうだな」


 マスランディさんは、お嬢様の貧相な体をまじまじと見つめました。

 いえ、貧相とはいっても決して女性的なふくらみなどがないわけではなく、華奢ではありますがそれなりに綺麗な体系をしています。


 けれどそんな一般的な女の子であるお嬢様がまともに剣を振る姿など想像もできないでしょう。


「やはり、まずは筋トレだな!」

「ええっ。もっとこう。わかりやすく簡単になれる方法はないの?」

「何を言う。戦士というものは屈強な者でなければならない。そのためには筋肉だ!」


 激しく唾が飛び散りそうなほどの勢いでマスランディさんはそう言い放ちました。


 お嬢様は露骨に顔をしかめました。


「ええ……しんどいのはイヤよ」

「しんどくても気持ちいいぞ!」

「絶対気持ちよくなんてないわ」

「筋トレとは肉体を成長させる大切な儀式! 体が喜ぶこと間違いなしだ!」

「イヤよ。それよりも、あの人たちがやってみたいな剣の稽古をやりたいわ」


 冷水と熱湯くらいの温度差が二人の間にはありそうです。

 実際、二人の間に挟まれるように立ちあっている僕は、そんな二人を生暖かい目で見守っていることしかできませんでした。。


「なにぃ? 君たちは筋トレ十年、振り五年という言葉を知らぬのか?」

「き、聞いたことがないです」


 急に僕に振られ、口角を引きつらせて僕はそう答えました。


 絶対初耳です。

 けれどさも常識とばかりにマスランディさんは言ってきます。屈託のない笑顔でどこからともなくダンベルを取り出し、


「強くないと戦士になれないのだ。さあ、君たちも一緒に筋トレをしよう!」

「一緒にって……って、あれ? いつの間にか他の人たちもダンベルに持ち替えてる」


 気づけば剣の素振りをしていたはずの他の生徒達も僕たちへと詰め寄ってきていました。その誰もがものすごい必死な形相です。


「さあ、君も筋肉を鍛えてたくましい戦士になろう!」

「門下生絶賛募集中!」

「貴族のご令嬢様も通うという素晴らしい宣伝のためにも!」

「仲間を増やして、この世界を筋肉で包み込もう!」


「「さあっ!」」


 むさくるしいほどにそう迫りくるマスランディさんたち。ひとたび彼らに見えをやれば、自己主張をまったく抑えられないほどむちむちに張った筋肉が顔を見せてきます。


 筋肉はいいぞ。

 鍛えることこそ美学だ。

 彼らはそう信じてやまない、ぎらぎらした瞳をしていました。


 思わず泣き出してしまいそうな気持ちになりながら僕がたじろいでいると、隣でお嬢様がそっと僕の服をつまんできました。


「こうなったら仕方ないわね……エリン」


 ――ええっ。もしかしてお嬢様も?


 この筋肉の波に呑まれる覚悟をしたというのでしょうか。そう驚いている私の体をお嬢様はぐいっと引っ張り、


「逃げるわよ!」


 そう言って、お嬢様は一目散にこの道場から飛び出していったのでした。


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