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 -14『笑顔にする魔法』

 ばらばらになったバーの椅子や机を片づけを手伝ったせいで、僕がお屋敷に戻れたのはすっかり日が暮れた夜のことでした。


 結局、バーでの一件は大きな問題もなく終わりを迎えました。いえ、正確に言うとそれどころではなくなったとでも言うべきでしょうか。


 急な突風によってお店もめちゃくちゃになり、シュランもすっかり度肝を抜かれていたようでした。もはや何が起こったのかわからないという風に呆然としていたのを覚えています。


「見たでしょ? 本当に魔法を使えるんだから」


 そう胸を張るお嬢様に対して、動揺と現状把握が追いついていないシュランは「こんなのでたらめだ!」と吐き捨てて帰っていきました。


 結局最後まで「魔法が使える」とは認めることはなかったですが、お嬢様を「嘘つきだ」と一方的にレッテルを貼る気も削がれたようです。


 納得のいかない顔をして去っていった彼を、お嬢様は舌を出して下品に見送っていました。


 それからお店をぐちゃぐちゃにしてしまったことを謝り、お嬢様は僕と一緒に一通りの片づけを済ませた後、ようやくお屋敷に戻りました。


 執事長のカーティスさんが見ていたら品がないとずいぶん怒っていたことでしょう。


 お嬢様が自室に帰るともう夕食時で、それも簡単に済ませると、すっかり疲れたのかすぐにお部屋で休んでいました。


 お嬢様も、僕も、今日は何とも気疲れする一日でした。


 僕もお屋敷の仕事を早めに終わらせました。


「今日はちょっと雲が出てる……」


 夜も更けはじめた頃の町の空は、この前よりもちょっと雲がありました。けれど街灯の邪魔はあまりなく、風もほとんど吹いていなくて、星空の見え具合は悪くありませんでした。


 今日も星空観察の望遠鏡を庭先に広げ、僕はいつもの星を眺めました。


 今日もお月様は綺麗に夜空に浮かんでいます。やや細まった三日月形ですが、その輪郭はくっきりです。


 そして、そのすぐ近くにあるあの小さな星も、今日もどうにか消えないようにと輝きを見せてくれていたのでした。


 僕はふう、と深く息を吐きました。


 いろいろなことがあった今日を思い返しながら、しかし結局何も起こらずに終われた安堵が僕を満たしていたしていました。


 もう一度望遠鏡を覗こうとレンズに近付いたとき、


「ひゃあっ!」


 急に両脇を掴まれ、驚きとくすぐったさに素っ頓狂な声が漏れてしまいました。


「お、お嬢様!?」


 掴んできたのはお嬢様でした。

 振り返った僕に、彼女はいたずらに微笑んでいました。


「可愛い反応するじゃない」

「も、もう。やめてくださいよ」


 お嬢様も、たまに僕の星空観測に顔を出してきます。ですが今日はさすがに疲れて来ないだろうと思っていたのですが。


「寝ようとは思っていたのだけど、その前に言っておかなきゃいけないと思ってね」

「言っておく?」


 なんのことでしょう。


「今日の魔法。あれ、エリンがやってくれたんでしょう?」

「ええっ!?」


 突然なに出すのかと思えば。

 急に本質をつかれて、僕は動揺にたじろぎました。


「だって、やっと魔法が使えたかと思って振り返ったら貴方がいないんだもの。いやでも察したわ。ああ、あれは私の力じゃなかったんだって」

「それは……」

「でもシュランの手前、私のじゃないと言い張るのもおかしいし。とりあえず喜んではいたけどね。最後のあの凄い魔法はどうやったのかわからないけど。それもエリンが仕組んだのでしょう?」


 最後のだけは不正解です。

 あれは僕ではありません。


 きっと、あれはマスターがやったのでしょう。僕たちはあの人が何者なのかはわかりません。いろんな噂がある人です。


 もしかするとマスターは本当に魔法使いなのかも知れません。


 ――僕はお嬢様を助けられていません。助けようとはしたけれど、それは意味がありませんでした。余計にお嬢様を追いつめる結果になっただけでした。マスターのあの魔法がなければ、今頃はきっと。


「エリンがいないことに気づいて、絶対に貴方が助けてようとしてくれたんだってわかったわ。だって私が不安なときに貴方がいないはずないもの。ずっと一緒に見守ってくれてたんだから」

「お嬢様……」


 それは、失敗した結果よりも、それをしようとした行動そのものを褒めてくれているようで、お嬢様の言葉は僕の心にすっと深く染み入り、優しく溶けていきました。体の奥が潤ったように、満たされたような気持ちにさせてくれました。


 僕も、お嬢様のために頑張れたのだと、そう認めてくれるようで。


「……あとでマスターに感謝しておかないとです」

「え、なんて?」

「いえ、なんでもありません」


 僕の小言に首を傾げたお嬢様に、僕は頭を振り払って微笑みました。


「それにしても、やっぱり私には魔法の才能はないわけね。魔法だと思って練習したのも結局は手品だったわけだし。まあ、薄々気づきかけてはいたけれど」

「……騙してすみません」

「いいわよ。それも私を気遣ってでしょ? 本気で騙して笑ってたのなら流罪だったけど」


 ――流罪っ!?


 ひええ、と身が竦みそうです。まあもちろん冗談なのでしょうが。


 すっかりお嬢様は、僕の嘘にすべて気づいてしまっているようです。お嬢様の魔法も、手品のことも。おそらくみんなが口裏を合わせていたことも気づいているでしょう。


 申し訳なさはありますが、お嬢様は思ったよりもがっかりしている様子ではありませんでした。


 もう『なりたい病』も治まっているのでしょう。


「でも残念。魔法が使えたらいろいろと楽しかったでしょうにね。生まれた時から才能が決まってるんじゃどうしようもないわね」


 それだけはちょっと落ち込んでいるようです。


 そんなお嬢様に、僕はふと、自分の胸ポケットにしまっているあるものに気づきました。それは、お嬢様がずっと魔法の練習をしていたときから持ち歩いていたものです。


「お嬢様」


 僕は優しく微笑んで声をかけました。


 改まった僕に不思議がる彼女の前で、僕は握り拳をつくって差し出します。


「実は僕も、魔法を使えるんですよ」

「え?」


 僕が握り拳をほどいた瞬間、一本の花が現れました。


 ストックと呼ばれる、綿毛のように固まって花弁を開かせる花です。真っ白な花びらを綺麗に広げたそれが、瞬く間に僕の手元に咲き誇ったのでした。


 もちろん魔法ではなく簡単な手品です。これはマスターに教えてもらい、こっそりと練習していたものでした。


「お嬢様を笑顔にする魔法です……なんて、ははっ」


 急に気恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせた僕に、お嬢様は最初はきょとんとしていましたが、やがて大きくほくそ笑み、


「ふふっ。ずいぶんと安い魔法ね」

「……すみません」


 お嬢様はそう言って、とてもにこやかに笑い返してくれたのでした。


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