-12『縁の下』
僕はバーのマスターに教えてもらい、従業員しか立ち入れないお店の奥へと入らせてもらいました。
お嬢様はまだシュランを前にして魔法を出そうとしている最中です。
苦しい言い訳などを並べてどうにか時間を稼いでいますが、それも時間の問題でしょう。シュランがお嬢様の不格好を見飽きた瞬間、嘘つきの烙印が克明に押されてしまいます。
そうなる前にどうにかしなくては。
僕が向かったのはバーの倉庫でした。食材やお酒などが保管されている場所です。そこはお店と同じ建物内にあって、温度を低くするためにやや地面を低く掘り下げた作りとなっていました。
この場所は以前、お世話になっているマスターの手伝いで調達した食材などを運ぶのを手伝ったときに来たことがあります。
低温で湿度も低いそこは保管に非常にて適していて、袋詰めされた食材や、ワインの酒樽などが多く並んでいました。
どうしてそんなとこにやってきたかと言うと、この場所はちょうど、バーの真下に潜り込むように掘られているのでした。
そこの壁などは石造りとなっていますが、天井がの一角には上に向かうハッチがついていました。
僕は近くにあった梯子をかけてのぼり、ハッチを開けました。
そこは薄暗い床下のわずかなスペースでした。真上に広がるお店の床板と、建物を支える支柱がいくつも立ち並び、顔を持ち上げるほどの広さもないほどに狭い場所です。
僕はその床下によじ登り、這い蹲るように床下へと潜り込みました。そこはひどく埃だらけで、ちょっと動くだけでひどく埃が舞い上がり、思わずせき込みようになるのを我慢しなければなりませんでした。
おまけに汚れもひどく、僕の仕事服は少し地面とこすれただけで真っ黒になるほどです。けれど床板から漏れてくる明かりのおかげでどうにか視界は確保されています。
そんな薄暗い中でも、とりわけ明るい光が射し込んでいる場所がありました。
「……あそこだ!」
向きを変えることすら難しい狭さの中、僕は体を這い蹲らせてその光の方へと進んでいきました。
腕を前へ伸ばす度に多量の埃が舞い、僕の気管を攻め立てます。こんな不潔で汚いことを、しかし僕はいっさいの躊躇もなく進んでいきました。
僕の嘘のせいでお嬢様に恥をかかせないために。
ようやく太い光のたもとへたどり着いた僕は、そこからバーの店内を覗き見ました。
「思った通りだ」
僕の頭上のすぐ近くには丸机があります。それは、ちょうどシュランが煙草の箱を置いた机でした。
床下に潜り込む直前、僕はこの机の位置を確認していました。そしてその足下に、小さな穴が開いていることも。
そう、それはつい先日、ライニーさんが気づいた床の穴でした。彼のおかげでその存在を知った僕は、それがちょうど煙草の机の真下だと気づいたのです。
それはまさに幸運でした。
不幸中の幸いとでも言うべきでしょう。
僕はそれが唯一で最大のチャンスと思いつき、床下へと潜り込んだのでした。
「これで、ここからあの箱を倒せれば」
シュランに気づかれずに煙草の箱を倒すことができれば、まるでお嬢様が本当に倒したかのように錯覚させられるでしょう。この机の周囲には他に誰もいませんし、まさか僕が床下にいるとも思わないでしょう。
「よかった。ぎりぎり見える」
穴が思いの外に大きいことと、シュランの置いた煙草の箱が比較的机の縁に近かったこともあって、僕の位置からでも箱の場所が確認できました。
あとは彼の目を盗んで、マスターから受け取ったひっかき棒を突き出して気づかれないように倒すだけ。
穴のそばの床板の隙間からも微かに外の様子が見え、そこからお嬢様とシュランの姿もわずかながら確認できました。
まだお嬢様は懸命に箱を倒そうと強く念じ続けています。決して引き下がらないと言う強い意志だけで箱を倒そうとしているかのようです。
しかしさすがにずっとこの調子。
「……はっ。もうやめたらどうだ。みっともねえぜ、貴族様よお」
シュランはついに飽き始めていました。
「いいえ、まだよ」
「お前には無理だよ。嘘つき野郎」
「できるわ。絶対に倒れるんだから」
なおも食い下がるお嬢様を見かねて、シュランは呆れた顔を浮かべて肩をすくませました。
「もういいぜ。もうお前の嘘はわかったんだ。いつまでも付き合ってられるかよ。いい笑い話ももらったことだしもう帰らせてもらうぜ」
――まずい、シュランが帰っちゃう!
一刻も早くやらないと。
逸る心で僕は大急ぎでひっかき棒を用意し、穴にあてがいました。けれどこのまますぐ出すわけにはいきません。シュランに見られていない状況でなくては気づかれてしまいます。
でも早くしないと。
でも今は気づかれちゃう。
でも、でも――。
もうヤケクソででもやるべきか。
それほどまで焦りを浮かべていたその矢先、
ふと、天井に仰向けになって転がった僕の耳元で何かが動いたかと思うと、気になった顔を横に向けた途端、暗闇の中に浮かぶ真っ赤な瞳と目があって、僕は思わず「ひゃうっ!」と声を上げてしまいました。




