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 -8 『上機嫌のお買い物』

 順調に手品――もとい魔法を習得していっているお嬢様は、上機嫌に鼻歌を歌いながら大通りを歩いていました。


 今日の午前中は家庭教師による授業でみっちり部屋に缶詰だったこともあって、お日様の下を歩くお嬢様の足取りはとても軽やかです。


 昼下がりの町並みは行商人などの馬車が多く、人気は買い物帰りの主婦が多少見受けられる程度にまばらでした。


 普通の学生はまだ学校で授業を受けている頃でしょう。今なら同年代に出会う心配もないので、僕も使用人の格好で付き添っています。


 学校では女の子として見られていますが、普段出歩くときはスカートなどは掃きません。さすがに男として抵抗もありますし、恥ずかしさもあります。


 そのためズボンを着用しているのですが、近頃は女の子でもズボンを着用することだってありますから不自然ではないでしょう。


 僕としてはずっと男性の格好をしたいのですが、やはりお嬢様が許してはくれませんし、今更男でしたと暴露するのも問題です。


 恨むべきは、女々しい顔立ちとその性格でしょうか。もっと男らしければお嬢様に男性として見てもらえていたでしょう。


 ――僕はもはや異性とすら思われていないもんなあ。


 お嬢様も年頃の女の子であるはずですが、異性と二人で出歩いても、デートだなんだとまったくときめいたりもしないようです。


 ――やっぱり僕は女の子、いや、妹とかにしか見られてないのかな。


 きっと今更頑張ったところで男らしくもなれません。運動も苦手で、力もないのですから。


 結局女装が似合うなよなよした自分に落ち込み、僕はいつも仕方なく諦めているのでした。


 お嬢様は僕の先をどんどん進むように町中を歩いていきました。


 行き先は、以前にも足を運んだ鍛冶通りと呼ばれる路地です。


「あそこならいろんなものが揃うでしょ。前に行ったとき、通りすがりにお店を眺めてて思ったのよ」


 確かにあの通りでは様々な商店が建ち並んでいました。冒険者のための武器や防具だけでなく、旅をするための水袋や靴などの必需品など、色とりどりです。


 その中でもお嬢様の目的は、


「ここなら魔法使いの道具も置いてるでしょ?」

「ま、まあ……たぶん」

「魔法もいい感じに使えてきたし、次は形をちゃんとしないとね」


 どうやら魔法使いのローブや杖などを買いに行こうとしているようです。


 勇者になりたがった時もそうですが、お嬢様は形から入ろうとすることがよくあります。やはり『なりたい!』と思うとその熱情が抑えきれないのでしょう。それを簡単に消化できるのが、お金さえかければすぐにできる道具の購入というわけです。


 もうずいぶんと前からこの調子で色々と買い物をしてきたので、お屋敷の倉庫には使わなくなった道具が山ほど眠っているほどでした。


 以前で言えば『喫茶店の店長になりたい』と珈琲を挽くミルなどを急に買ってきたり、学校の先生になりたいと言ってまるで似合っていない瓶底丸眼鏡を買ってきたり。眼鏡に関しては教師像のひどい偏見ですが。


「お嬢様。ほどほどにしておかないとカーティスさんに怒られますよ?」

「ちゃんと私のお小遣いで買っているのだからいいじゃない」

「それはそうですが」


 とはいえ倉庫にも限りがあるというものです。


「とにかく! おしゃれでいいものを探すわよ!」

「……はーい」


 上機嫌なお嬢様に僕は仕方なくついていくのでした。


 鍛冶通りに入ってしばらく進んだところに服飾店がありました。ちょうど僕たちの前を歩いていた魔法使いらしき服装の人が店に入ったのを見て、お嬢様は「ここね!」と鼻息を荒げて続いていきました。


 中はこじんまりとしていて、魔法使いの方がよく羽織っている薄布のローブがたくさん並んでいました。


 装飾の施された高価な物から薄っぺらい安価な物まで様々です。


「いいわね。どれも手触りが良いし凄く綺麗なだわ。ふふっ、どうかしら」


 お嬢様が適当な物を手にとって試着して見せてきました。


 丈夫そうなローブでしたが、しかしお嬢様のリボンやフリルのついた可愛らしい洋服には少し不似合いで、僕は言葉に迷って愛想笑いだけを返しておきました。


 その気まずさを読みとられたように、お嬢様の顔がぶすっと不機嫌に変わります。


「もう。何か言いなさいよ」

「えっ。えっと……いいんじゃないですか?」

「気持ちがこもってないわね。ほら、ここ。襟元に星のマークが入ってるの。可愛いとか思わない?」


 お嬢様はそう言って、それを羽織ったまま襟元の星マークを見せようと近付いてきました。


「……っ!」


 僕は思わず背筋を張って息を詰まらせました。


 襟元を引っ張って間近で見せようと、お嬢様の顔がぐっと近付いてきたのです。もう、一歩でも前にでると触ってしまうほどでした。お嬢様のふわっとした軽い髪の先があたりそうなくらいで、お屋敷にあるフローラルなシャンプーの香りが鼻孔をくすぐってきました。


 ぐらりと心臓が騒いだように脈打って、僕の頭は湯を沸かしたヤカンのように熱くなってしまいました。


 お嬢様はとても綺麗な顔立ちをしています。それこそ、完成された西洋人形のような、見る人を魅了するほどの美しさの持ち主です。


 真っ白な肌。

 ビー玉のように綺麗な瞳。


 ――す、凄く近いですっ!


 思わず息を吸い込んだまま吐き出せなくなるほどです。


「ねえ、ちゃんと見てるの?」

「う……お、お嬢様……」


 息を吐き出せず、窒息しそうな顔をして僕はどうにか声を絞り出しました。ですがもう限界です。


「ちょっと先に出てますっ!」


 僕は逃げるようにその場から離れ、店を飛び出したのでした。


 きっとお嬢様はきょとんとしていたことでしょう。ですが僕はそんな彼女を気にもできず、無性に早くなった鼓動を落ち着かせることで必死でした。


 まるで短距離走でもしたかのようなドキドキでした。息も切れそうです。


「……はあ。僕、どうしたんだろう」


 こんなことは初めてです。


 お嬢様がとても綺麗なことは知っています。毎日お世話をしていますから。ですがあれほどお嬢様の顔を間近で見たことはほとんどありません。


「まだ小さい頃に一緒に遊んだとき以来、かな……。あの時はこんなことなかったのになあ」


 お嬢様は特別な人です。

 だって彼女は僕の主人なのですから。


 雇い主と従者。

 お嬢様はまるで友人のように親しく接してくれますが、その事実は変わりません。


 僕からしてみれば遙か高みに咲く花。

 従者という立場でなければ、孤児で、なんの取り柄もない僕なんかが決して隣に立てないような人です。


 ――お嬢様は、あれだけ僕に近付いてもなにも思わないのかな。


 こんなふうに胸がざわつくなんてこと、きっとお嬢様にはないのでしょう。そんな素振りを見たことすらありません。


 やはり僕は異性として見られていないのでしょう。

 しかしそれも仕方ありません。僕は所詮、お嬢様の従者でしかないのですから。


「……はあ。なにやってるんだろう、僕は」


 重たいため息が何度も出てしまいます。


 勝手にお嬢様に驚いて、逃げ出して。従者失格です。


 きっと、お嬢様たちが優しすぎるから、使用人として働かせてもらっているという自覚が緩んでいるのかもしれません。


「もっと気を引き締めないと!」


 ぱん、ぱん、と僕は顔を叩き、目を覚まさせました。


「なんにしても、さっきのは失礼だったな。いきなり逃げ出しちゃうだなんて。お嬢様が出てきたら謝ろう」


 胸に手を当ててみると、すっかり心は落ち着いていました。これなら問題なくお嬢様に接せられそうです。


 お嬢様が買い物を済ませて出てきたら、ちゃんと頭を下げて、従者としてしっかりと仕事をまっとうしよう。


 そう決意しながら、お嬢様がお店から出てくるのを待っていた時、


「お?」


 ふと、鍛冶通りを通りかかった男性が僕のそばで立ち止まりました。


「あれ、お前――」


 その声に気づき僕が振り返ると、その男性は僕の顔を見た途端に口元を不気味ににやつかせました。


「へへっ。貴族の糞じゃねか」

「あっ、貴方は……」


 そこにいたのは、不良のシュランでした。


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