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 -7 『披露』

「おおー、すごいねー」

「やるなー」


 お嬢様が学校の教室でハンカチのマジックをしてみせると、レジーさんとグレンくんは驚いた顔を浮かべて拍手していました。


 休日が開けて登校日。

 今日は化学実験室で授業です。


 その休み時間を使って、お嬢様は先日覚えてきた手品を得意げに披露していました。


 それが思いの外好評で、それが余計にお嬢様の鼻を高くしていたのでした。


「凄いでしょ、この魔法」

「魔法ねー。うん、凄いねー」

「ま、魔法?」


 首を傾げたグレンくんの裾を引っ張り、耳元で僕が耳打ちします。するとはっと目を見開かせて、


「あ、ああっ、そうだな。凄い魔法だ」


 やや怪しいながらも言い直しました。


 実のところ、お嬢様が今朝の支度の時に手品を披露するつもりだとわかったので、今日出会ってすぐに「あれは魔法ということにしてほしいです」とお願いしていたのです。


 その手間もあって、お嬢様の手品は『魔法』として大好評を博していたのでした。


 お嬢様の手品披露は学校だけでとどまらず、お屋敷でも、ライオット家の当主であるトニー様に見せたりもしました。


「おおっ。これは凄い手品だなあ!」

「……手品?」


 大喜びなリアクションを見せたトニー様ですが、思いっきり『手品』と口にしてしまい、僕は尋常ではないくらい冷や汗をかいてしまいました。


 すかさず、同伴していた執事長のカーティスさんがトニー様の背中を叩き、


「いやはや。お嬢様、このような魔法までお使いになられるとはさすがでございます」とフォローしてくれたのでした。


 トニー様も気づいたようで、


「ああ、そうだな。いい魔法だ。うむ、いい魔法だ。これは魔法だ。うん」


 自分にも言い聞かせるようにそう何度も言っていたのでした。


 他にもお屋敷の授業員たちにも披露したり、とりわけリムはひっくり返るほどビックリしていて、お嬢様は非常にご満悦のようでした。


 それからは、お嬢様は毎日のように手品の練習をしていました。とはいっても本格的なものではなく、簡単に手元でできる程度のものですが、元々手先もそれなりに器用なこともあって出来は十分です。


 僕としてはそろそろ熱が冷めて「飽きた」とでも言ってくれて結構なのですが、まだ下火とはなっていない様子。


 しまいにはバーのマスターにまで声をかけられて、やってきた客の前でまで披露していたのでした。


 そこのバーはライオット家に勤めていたり関係者する客ばかりなので、みんな孫を見るような優しい顔つきでお嬢様の手品を褒め称えていました。


「あらあ。大人気ねえ、クーナちゃん」

「そうですね」


 バーカウンターに座って遠巻きから見守っている僕にドリンクを出してくれたマスターも、お店の盛況ぶりに満足しているようです。両肘をついて微笑ましく眺めています。


「嫉妬したりしてる?」


 ドリンクに口を付けようとした僕に急にそんなことを言ってきて、思わず僕はこぼしてしまいそうになりました。


「な、なんですか急に」

「僕のお嬢様がみんなにちやほやされて、手品ばかりでぜんぜんこっちにかまってくれないなあ、なんてねえ」

「そんなことないですよ。お嬢様が賞賛されているのはとてもすばらしいことですし」


 お嬢様はとても立派な方です。

 僕はその従者であるのですから、お嬢様がみなさんに褒められているのは誇らしいくらいです。


 近頃のお嬢様は手品のことばかりで、それに夢中な時はいつものように紅茶を飲まれたりしなくなっているのも事実ですが。以前より茶葉の消費が少なくなっていて、その調達の微調整にはもどかしさもあります。


 ――そういえば、前に新しい紅茶の茶葉をいただいたものもまだ開封してなかったっけ。


 腐らなければいいのですが。また折を見てお嬢様にお出ししましょう。


「おーっす」

「どもなのだー」


 お嬢様の手品ショーの最中、仕事終わりのライニーさんとリムがやってきました。


 お店の入り口から入ってきた二人は、ショーの人だかりを避けるようにお店の隅を歩いてきました。その途中、


「うおっ」とライニーさんんが声を上げて立ち止まりました。


 何事かと思えば、どうやら彼の通った床板がぎしぎしと音を立ててしなったようです。足下が沈んで抜け落ちたような錯覚を抱いたのでしょう。


「おいおいマスター。ここ大丈夫かよ」

「あらあ、ごめんなさいねえ。なんだか最近、そのあたりが傷んできちゃってて」

「というか穴が開いてるぜ。これ、間違えて足を置いたら踏み落ちたりしないよな?」

「どうかしらねえ。近々直すつもりではあるんだけど」


 ライニーさんの足元には確かに大きな穴が開いていました。床が暗色のため遠目からでは気づきづらかったですが、よく見るとくっきりと手のひら一つ分くらいは開いています。


 このお店もずいぶん長いこと続いていると聞いています。そのわりにマスターはまだ若々しさがありますが。この人が謎なのは年齢どころではないので些細な問題でしょう。


「なんか物音もしてるぞ?」

「ふふっ。床下はちょっと空洞があるからネズミでも住み着いちゃってるのかしらねえ」

「そんなことを笑いながら言うなよ」


 呆れ顔を浮かべるライニーさんに、マスターは終始にこやかな様子でした。


 ライニーさんとリムも僕のそばのカウンターに腰掛け、遠巻きにお嬢様のショーを眺めていました。リムはやはり大げさなくらい驚きながら喜んでいました。前に見たことがあるはずなのにいつも驚いています。


 お嬢様としても、これほど反応してくれるのは上客でしょう。彼女のパフォーマンスにも更に磨きが掛かるものです。


「あら?」


 僕も遠くからお嬢様の姿を眺めていると、ふとマスターが僕の手元を見て言い出しました。そこには手品で使うコインが転がっています。


「エリンも手品を練習しているの?」

「はい。お嬢様に、貴方もどう、って押しつけられまして」


「へえ。やってみろよ」とライニーさんが茶々を入れてきます。


 言われて僕はコインを手にとりました。僕が知っているのは、テーブルにおいたコインの上を手が通過するだけで消えるという簡単なものです。


 手を通過させる際にうまくコインを手のひらの肉で掴むだけなのですが、これがまた、僕が実際にやってみるとコインを弾いたり掴めなかったりして失敗するのでした。


 案の定、マスターの前でも失敗でした。

 手のひらでコインを強く弾いてしまい床に落ちてしまいました。これではバレバレです。


「あはは……ダメダメです」


 お嬢様に言われてやってはいるものの、もともと手先が器用ではない僕には無理な話なのでしょう。


「ある意味これも魔法みたいなものなのかもしれないですね。僕にはどうやら手品の才能がないみたいです」


 しかしマスターはそんな僕に優しく首を振り、


「才能の有無なんて問題じゃないわ。大切なのは、それをどれだけ頑張って、誰のためにやるのかということよ」

「……マスター」

「そうねえ――エリンにはひとつ、特別な、でもとても簡単な魔法を教えてあげるわ」

「魔法?」


 どういうことでしょう。


 不思議そうに首を傾げた僕に、マスターはふふっと妖艶な笑みを浮かべていたのでした。


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