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 -6 『従者としての喜び』

 お嬢様はそれから、手品師の男性に簡単な手品を教わりました。


 まず最初にお嬢様が教わったのは、ハンカチが一瞬にして色を変えるものです。


 一枚だけもったハンカチの片方からお嬢様が手をなぞらせると、途端に色が全く違う物に変わるというものです。


 これは実はハンカチが袋のようになっていて、裏地をひっくり返しているだけなのですが、視覚的には一瞬にして色が変わったように見えるという手品です。


「すごい! 本当に変わったわ!」


 それを理解していないお嬢様は、言われるがままに実演しては、成功したことに大喜びの様子でした。


「すぐにできるなんて、私って魔法の才能があるのかしら。ねえジャシューさん」


 目を輝かせて言うお嬢様に、手品師の男性――ジャシューさんは淡々とした表情で次の手品を教えていきました。


 ジャシューさんはまだ二十三歳という年齢ながら、いろんな町を旅して回っている大道芸人として生活しているそうです。


「また成功したわ。これはもっと派手なのでもいけるんじゃないかしら。ほら、鳩を出したやつみたいな」

「無理だ。素人が調子づくな」

「でも、さっき教えられた物はほとんど成功したわよ?」

「ほとんどじゃ駄目だ。全部、確実にできるようになってやっとスタートラインだ」


 ハンカチの手品の他、コインを使ったものなど、初心者でもできる簡単な物をいくつか教えてくれました。


 ジャシューさんは表情や口調は固いですが、それがどうやら素のようで、決して冷たいだとかひねくれているわけではなく、お嬢様が困っていたらすぐに教えてくれる十分に面倒見の良い人でした。


 ちゃんと教えてくれるおかげもあって、お嬢様も真剣に学ぼうとしています。ジャシューさんにやり方を教わっては、自分でできるように何度も繰り返していました。


 そんな様子を見守っていた僕は、お嬢様に教え終わったジャシューさんに尋ねてみました。


「あの。いいんですか、こんなに教えてもらって」

「商売に問題があるようなことは教えはしない。大きな仕掛けがいるものは危険だし、内容も企業秘密だ。だが誰でもできる簡単な宴会芸くらいのものなら別に構わないさ。それに、マスターには昔ちょっと世話になったからな」

「マスターに?」


 やはりあの人は何者なのでしょうか。


 謎は多いですが、考えたところで仕方がありませんし、詮索する必要もないでしょう。


「後でまたお礼に行かないと」


 今度行ったときに一番高い料理でも注文させてもらいましょう。僕のお給料はあまり多くありませんが。


「やったわ! また成功したわよ!」



 お嬢様の喜ぶ声が届いてきました。僕とジャシューさんはそろって拍手を送りました。


「本当にありがとうございます」

「……?」

「おかげさまでお嬢様はとても喜んでくれています。きっとこれでお嬢様も満足されるでしょう」

「言っただろう。俺が教えているのは自己満足を満たすためのものじゃない。誰かに見せて、喜ばせるものだ」

「それは……そうですが」


 確かに、今のお嬢様はただ自分のためだけにやっています。自分が魔法使いになりたいから、という気持ちだけで。


 ジャシューさんはそれが少し不服なのかもしれません。


「ですが、じゃあどうしてこんなに熱心に教えてくださるんですか? もしイヤなら最初の一つだけ教えて帰らせてもよかったはずなのに」


 僕が尋ねると、ジャシューさんは髪をがさつにかき乱して答えました。


「ああ言ってはいるが、俺も少しだけ、あのお嬢さんの気持ちがわかる部分もあるのさ」

「わかる部分?」


 ああ、とジャシューさんは頷きます。


「俺も昔は魔法に憧れていたんだ。小さい頃、俺の知り合いに魔法使いがいてな。その人が見せてくれた魔法にすごく感動したのさ。まるで人間業じゃない物の数々。人の域を越えたようなその魔法に息を呑んだ。ああなりたい。あんな、誰かの心を揺さぶれるようになりたい。そう心から思ったものさ。だが俺には全く才能がなかった。才能に後天的なものはない。魔法なんて夢物語でしかないものだった」


 その点に関してはお嬢様も同じでしょう。ですが、彼の重々しい口調からは、それよりもずっと熱意や悔しさなどが入り交じった情を感じました。


「ジャシューさんも魔法使いに憧れていたんですね」

「ああ。と言っても小さな頃の話だ」

「手品師をやっているのもそれが関係が?」

「そうだな。ある意味、その感情が俺のルーツだと言えるだろう」


 昔を思い返すようにジャシューさんは中空を眺めました。


「魔法使いにはなれなかった。でもそんな事実を受け入れたくなかった。最初から無理だと、すべての可能性を潰されているなんてイヤだったから。だから必死で、俺でも魔法みたいなことができないかと調べたんだ。そうして行き着いた先が、この手品さ」


 なるほど、と僕は思わず感嘆してしまいました。


「本物の魔法のように見せるために努力をしてきた。その結果、多くの人を驚かせることができるようになった。今じゃ、俺は、手品は魔法よりも凄いとすら思ってるよ」

「そこまで頑張れるだなんて、凄いですね」

「ああ。だから、やりたいって思って手を出すことは悪いことじゃないって思う。それがどんな理由であれ。最初から無理だって決めつけて躊躇うなんて馬鹿げたこそさ」


 ジャシューさんとふと目が合いました。。


「お前も、『きっと自分には最初から無理だ』って可能性を潰したりはしていないか?」


 どくん、と僕は胸を打たれた思いがしました。

 ふとお嬢様の方を無意識に見てしまった僕は、しかし誤魔化すように首を振りました。


「わかりません」

「そうか」


 ジャシューさんの口元がふと持ち上がったように見えました。。


「お前たちはまだ子供だからな。いろんな挑戦をして、失敗をして。そうして道を探していけばいいさ。自分では無理だという価値観に縛られずに、やりたいことをやって、その道を進み続ければいい。常識で決められた道だけが自分の人生じゃあないってことさ」


 柄でもないことを言ったな、とジャシューさんはやや照れくさそうに顔を背けました。


 初めてちゃんとした感情を見せてくれたような気がして、僕もほっこりと笑い返しました。


 それから、日が暮れる時間までジャシューさんは根気強く付き合ってくれました。相変わらず口調は無愛想なままでしたが、お嬢様が成功したら褒めてくれるし、教えられる範囲のことはできるかぎり伝授してくれました。


「本当にありがとう。帰ったらまた試してみるわ」

「好きにすればいい。ただ、魔法であれなんであれ、しょせんは使う人次第だ。それ次第で価値も変わる。お前にとって、それが無駄にならないことを祈るよ」


 ありがとうございました、と最後に僕たちはジャシューさんに言って、この日はおしまいとなりました。


 それから家に帰ってもお嬢様は今日の手品――もとい魔法の練習の話ばかりで、本物の魔法使いになったかのように興奮していました。晩御飯を食べてからも上機嫌で、寝間着の上に寒防用の薄いローブをまとって読書をしていたのは、もしかすると魔法使い気分なのかもしれません。


 なんとも子供のように可愛らしくて、僕はお嬢様にお茶の用意をしながら微笑ましく眺めていました。


 お嬢様がどれほど満足してくださったかわかりませんが、今日は良い日になったようです。


「お嬢様。今日はもうお休みなりますか」

「そうね。ふふっ」


 終始にこやかなお嬢様に、つられて僕も嬉しくなるのでした。


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