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 -5 『うしろめたいこと』

 お嬢様は手品というものを一度も見たことがありませんでした。


 長いつきあいと言いますか。ほとんど一緒にいた僕はそのことをもちろん知っていました。


 だからこそ、若干の後ろめたさを覚えながらも、彼女の不可能な欲求を少しでも満たせたらと思ったのです。


 僕がお嬢様を騙した嘘――。


「あの人はきっと高名な魔法使いなんですよ。あれだけのすごい技を何度も繰り出すなんてふつうはできません」

「そうね。たしかに」


 お嬢様も僕の言葉にあっさりと納得していました。


 魔法使いになりたいと言っているお嬢様ですが、実のところ、お嬢様はまだ一度も魔法を見たことがありません。せいぜい書物や伝聞による程度でしょう。


 そのことを利用し、お嬢様に『手品』を『魔法』であると錯覚させるのが今回の目的でした。


 これはマスターの提案でした。

 本当にそんな子供だましのような手でいけるのかと不安ではありましたが、お嬢様は思いの外、それを魔法のように思ったようです。


「お嬢様。よければどんな魔法を使っているのか教えてもらいにいきませんか?」


 そう提案した僕につれられて、お嬢様は芸が終わった手品師の男性のところへと一緒に向かいました。


 その男性は広場の片隅で片づけをしているところでした。小道具などが多いようで、それを自前の馬車などに積み込んだりしていました。


 木箱を抱えて運んでいた彼はふと、近付いてきた僕たちに気づいたようです。


「ん?」


 足を止め、僕たちを見つめてきました。その男性は若々しく凛々しい顔立ちをしているのですが、目つきも鋭く、やや高圧的な印象がありました。何もしていないのに目があっただけで怒られているみたいです。


 声をかけづらい雰囲気に僕が躊躇していると、お嬢様が進んで前に出ました。


「ごめんなさい。忙しいところ、ちょっといいかしら?」

「なんだ?」


 渋い低調な声が返ってきました。

 お嬢様を捕らえる視線はまるで睨むように強いです。


 ですがお嬢様はいっさいの気後れもなく言葉を続けます。


「貴方は魔法使いなの?」

「……魔法?」


 男性は首を傾げました。

 それは当然でしょう。彼は手品師なのですから。


 しかししばらく間を開けた後、「ああ」と彼は呟くと、


「そうだ」と簡潔に頷きました。


「やっぱり!」とお嬢様は興奮気味に手を叩いて喜んでいました。


 お嬢様は魔法使いの方と話したことは一度もありません。魔法使いに憧れた手前、実物に出会えて嬉しいのでしょう。


 お嬢様はなおも興奮した様子で男性へと詰め寄りました。


「私、他の人を驚かせるような魔法使いになりたいの。お金でもなんでも出すわ。だからぜひ教えてくれないかしら」

「俺が、お前に?」

「ええ。お願いしたいの」


 無茶なお願いなのは重々承知でしょう。見ず知らずの人間がいきなり弟子入りしたいと言っているようなものなのですから。


 返答に渋っているのも仕方がありません。


 ですがその男性はふとお嬢様の後ろの僕を見やると、顎に手を当ててしばらく逡巡し、


「わかった」


 そう一言頷いてくれました。


 お嬢様は非常に喜んでいましたが、「え、いいんですか?」と思わず僕が口を出してしまったほど意外でした。


 男性は僕の方へそっと歩み寄り、


「あの人から話は聞いてる」


 お嬢様に聞こえないような声で耳打ちをされ、僕は理解をしました。


 またマスターが話を通してくれていたようです。本当に、あの人には頭が上がりません。


 それにしても、検視育成所のマスランディさんやこの手品師の若い男性。そんな人たちにも面識があるマスターは、やはり謎が深まるばかりの不思議な人だと思いました。


 バーのマスターをやっていると自然と顔が広くなるのでしょうか。


「教えてやってもいいが、一つ条件がある」

「なにかしら?」


 男性がお嬢様に向き直って言います。相変わらず表情は淡泊なまま人差し指をぴんと立て、


「俺が教えるのは誰かを楽しませるためにやるものだ。自己満足のためにやるものじゃない。そこははき違えるなよ」


 そう静かに、けれどどこか重々しい口調で彼が言った言葉は、僕の耳に深く残り続けました。


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