-2 『マスターの知恵』
「どどど、どうしましょうっ、マスター!」
僕はバーのカウンターに腰掛けて、声を震わせて言いました。
そんな様子の僕にマスターは「またなのねえ」と言いたげに困り眉を浮かべていました。
そうなってしまうほど、僕の顔は悲壮に暮れていることでしょう。
僕をそうまで苦しめているのは、言うまでもなく、お嬢様の『なりたい病』でした。それだけならばいつものことなのですが、今回ばかりはなんとも頭を悩ませる一大事でした。
「魔法使いになりたい、ねえ。クーナちゃんも無茶言ってくれるじゃない」
「そうなんですよ。でも今回ばかりはさすがに……」
「そうねえ」
マスターもお嬢様の要望に応えるために親身に考えてくれているようですが、さすがになかなか答えには行き着かない様子です。
それもそのはず。
「難しい話ねえ。魔法は使えるかどうかの才能の有無が生まれながらに決まってるものだもの。後天的に魔法の才能が開花するなんてことはないわ」
「ですよね……」
マスターの言うとおり、魔法というのは誰でも使えるという訳ではないのです。
そのような力が使える人間はほんのごくわずかであり、血筋や才能など、生まれながらにしてそれを使えるかどうかが決まっています。
お嬢様の家系は魔法が使える人が一人もおらず、もちろんお嬢様も魔法の才能なんてないのでした。
「今から魔法を使えるようにする、なんて無理な話よお。そんな特例は聞いたことがないわあ」
「やっぱり、どうやっても無理なんでしょうか……」
僕が嘆息をついていると、「マスターが無理って言ってるんだったら無理なんじゃね?」と同僚のライニーさんが隣に座り込んできました。彼も僕と一緒に仕事終わりに来ていました。
そしてリムも同伴です。
「魔法を使いたいだなんて、クーナお姉ちゃんもロマンチストなのだ」
「……そう、なのかな?」
リムの言っていることはよくわかりませんでしたが、彼女も「無理だろう」と言いたいことだけはよくわかりました。
「魔法ってあれなのだ。どかーんってするやつ」
「バッカ野郎、リム。魔法にもいろいろあるんだよ」
「なにがあるのだ?」
「へへん。じゃあ俺が一つ見せてやるよ」
「おおっ!? ライニーも魔法が使えるのだ!?」
身を乗り出して食いついたリムに、ライニーさんはへへんと鼻を鳴らしてみせました。
そうしてまっすぐ伸ばした片方の親指を見せます。その指先をもう片方の握った手にくっつけると、ぱっと離してみせました。すると最初の方の手にあった親指の先っぽが、もう片方の手にくっついて離れてしまったのです。
「す、すごーい!」とリムが興奮の声をあげました。眼が飛び出さんばかりの驚きぶりです。
「くっつきもするぞー」
そう言ってライニーさんがまた両手をくっつけると、離れた親指も元通りにくっつきました。
「おおおおおー!」
子供のようにリムは喜んでいます。いや、実際は年相応のような気もしますが。
はしゃぐリムと違って、僕とマスターは穏やかに微笑んでいました。
「マスターたちはすごいって思わないのだ? だって指がはずれたのだ!」
「そうねえ。すごいわねえ」
「ですね」
合わせるようにマスターと僕は頷きました。
もちろん僕とマスターはわかっていました。実際にライニーさんの指が離れたわけではなく、もともと別の手の指を折り曲げて一本にくっつけてて見せていただけです。つなぎ目は器用に人差し指を伸ばして隠していました。
よくある簡単な手品です。
いや、手品と言うほど大層なものでもないかもですが。
「まさしく魔法なのだ!」
それを知らないリムは素直に喜んでいました。その様子を見ていたマスターはふと考え込むと、
「……そうねえ。クーナちゃんの件、ちょっと考えてみるかしら」
「本当ですか?」
「ええ。いい感じになるかわからないけれど」
思い切り男性顔でウインクを飛ばしてきたマスターに、僕はわずかの希望でもすがる思いで話の続きを聞いたのでした。




