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 -3 『僕のわがまま』

 翌日は週末でした。


 今日は家庭教師や学校への登校がなく、お嬢様は朝からご機嫌の様子です。


「今日は一日中、紅茶を飲みながら積み重なってる本を消化していくわ」と、小物入れからお気に入りの赤い眼鏡を取りだしていました。普段はまったく眼鏡をかけないお嬢様ですが、椅子に根を張ってガンとして動かず読みふける覚悟の時だけは眼鏡を取りだすのです。


「今日は私、ずっとここに籠もってるから、エリンも他のことをやってていいわよ」

「他のこと、ですか?」

「ええ。なんだったら自分の用事でも済ませたらいいわ。いつも私の付き人として時間をとれてないでしょ。たまには自分のしたいことをしなさい」


 お嬢様はすっかり部屋から出ないつもりのようです。


 好きにしていいというのはありがたいお言葉ですが、僕としては非常に困るものでした。


 バーで、僕はマスターにまたとある場所を紹介されたのでした。そこにお嬢様を連れていこうと思っていたのです。


 せっかくの休日。

 他の予定はありません。絶好の日です。


「あの、お嬢様。お出かけとかはされたりは?」

「しないわ。今日の本は魔法使いについて書かれたものばかりなの。これを読んで魔法使いについて勉強するのよ」

「そ、そうですか」


 どうやら『なりたい病』もしっかり継続中のようです。ですが本をいくら読んだところでお嬢様の欲求は満たされないでしょう。そこには『魔法使いになる方法』は書かれていませんから。


「だからエリンも好きなことをしてなさいな」


 お嬢様はそう言いますが、僕としてはお嬢様を連れだしてとある場所に向かいたいと思っているのです。


 ですが上手い言葉が見つかりませんでした。


「魔法使いになれる場所がありますよ」と言えばお嬢様は食いつくでしょうが、そこまで期待を抱かせておいて、もし前回の戦士育成所のような結果だとしたらどれほど悲しませてしまうでしょう。


 そんな慎重な臆病を重ねた結果、言葉に迷ってしまいました。


 そうして僕はお嬢様が読書に没頭し始めてからも、所在なげに部屋の片隅で突っ立っては、いつ言い出すべきかと葛藤を繰り返したのでした。


 それからしばらくゆったりとした静かな時間が流れ、お嬢様が一杯目の紅茶を飲み終わった頃です。


 二杯目を注いでいた僕に、お嬢様は視線だけをこちらに向けて言いました。


「エリン。ずっと付き添ってなくていいって言ってるのに。従者だからって、もっと『こうしたい!』ってわがままを言ってもいいのよ?」

「え、あの……わがまま、ですか」


 思えばこれまで一度もお嬢様にわがままなんて言った記憶がありません。だから余計に困惑してしまいました。


「エリンはなにかやりたいことはないの?」


 お嬢様の率直な質問にどう返そうかと悩んだ末、


「あの――」

「なに? せっかくの休日なんだし、私に叶えてあげられることなら許可するわよ。お小遣いがほしい? それとも今日はもう仕事を終わりにする?」


 僕の顔を覗き込んできたお嬢様に、僕は思わず顔を赤らめてしまいました。そうしてもじもじと指を遊ばせながら僕は言いました。


「ぼ、僕はお嬢様と、その――お出かけ、したいです」


 まるで休日のデートにでも誘ったかのような恥ずかしさでした。そんなつもりもないですし、僕とお嬢様では決して釣り合っていないこともわかっています。


 お嬢様とデートなんておこがましいですが、他にうまく外へ誘う言葉が見あたりませんでした。


 予想外の返事だったのか、お嬢様も驚いた顔をしていました。


「……あら、そう」


 読んでいた本の手も止まっています。

 するとお嬢様は眼鏡を外し、くすりと綺麗な笑みを浮かべました。


「それじゃあ、引きこもったままじゃ無理ね」

「あの、すみませんっ」

「そんなの、わがままのうちに入らないわよ」

「え?」

「わがままっていうのは、もっと無茶なお願いをするものなの。私をあっと驚かせるくらいにね。もっとちゃんとしたわがままを言えるようになるまで出直してきなさい」


 ――そ、そこまで言われますか。


「ま、いいわ。付き合ってあげる。それくらい、わざわざわがまま言わなくてもね」


 思っていた以上にすんなりお嬢様は受け入れてくれたようです。部屋に籠もると決め込んで駄々をこねるかと思っていましたが。


「それにしても、まさかエリンがそんなことを言ってくるなんて思わなかったわ」

「すみません……」


 まさかお嬢様も、まるで僕がデートにでも誘ってきたように受け取ったでしょうか。そう思ってしまい、僕は余計にどきどきしてしまいます。


 そうとなれば、まるで僕がお嬢様をお慕いしているみたいになってしまいます。


 確かにお嬢様は見目麗しく、お綺麗です。肌も白雪のように繊細で、僕に語りかけてくれる声もとても落ち着いた澄んだ声をしていて、うっとりとしてしまうほどです。


 そんな誰もが振り向くほどの素敵なお嬢様のことを、僕のような使用人が好意を抱けるはずもないのです。


 従者が主にそんな恋慕を抱くなどあってはいけません。身の程を知れ、とみんなに言われてしまうでしょう。


「ははん、なるほど」


 お嬢様は本をしまって外にでる支度をしながら、急ににやりと口許を持ち上げました。


 もしかして、本当に僕がデートに誘ったと思われたでしょうか。


「な、なんですかお嬢様……?」


「もしかしてエリン――最近体力がない私を歩かせて体力づくりさせるつもりね?」

「えっと……違います」


 まさかの盛大な勘違いに、僕はほっと胸をなで下ろしたのでした。


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