貴族の襲撃
(ったく、困ったもんだよな………)
あの後、ニーナはむこうの手違いという言葉に納得できなかったようだ。相当に駄々を捏ねていた。仕方がないので、今度の休みにでも学園外にある街に連れてってやると言ったら機嫌を直した。女ってのは本当にわからん。ただ、再三再四二人でという言葉を強調していた。別に、他にも人がいてよさそうなものだが。まあ、ずっと拗ねられても困る。それくらいは許してやるべきだろう。
今は風呂の時間なのだが、ローレルを先に入れさせて、俺は後から入るつもりだった。普通は女の方が時間が掛かりそうなものだし、俺の場合は最悪抜け道だってある。なので、後からでいいと言っておいたのだ。俺は今、脱衣所の前に立っている状態、というわけだ。風呂場は男女共用だし、誰かが入らないとも限らない。一応、見張りをしているのだ。
(……寝てもいいかねえ?)
誰かが来れば、気配で気付く。シルフィもいることだし、正直寝ててもいい気がしてくるのだ。脱衣所の前の扉に背中を預けながら、瞼を閉じる。が、あまり時間が経たないうちに複数の気配を感じた。少なくとも、友好的ではないものを。目を開けて、そちらを見やれば、すぐに5人の人間が現れた。そのうちの一人は偉そうにしていることから、貴族と見て間違いないだろう。貴族は俺の前で止まる。そして、俺に向かって話しかけてきた。
「お前がレオンだな?」
「人違いです」
はっきりと言い返した。しかも、即座に。貴族は目をぱちくりとさせて、従者らしきやつらに確認していく。そして、怒りの形相で俺に詰め寄ってきた。
「ふざけるな!貴様、この俺を謀ろうとしたのか!」
耳がキンキンするから、やめてほしいのだが。しかも、何が楽しくてわざわざ面倒事に首を突っ込まなければいけないのか。俺からしたら、そちらの方が不思議である。俺は仕方なくといった様子で返事をする。
「それで?こんな俺に何の用ですかね?」
「とぼける気か?あそこまで不遜な挨拶をしたのだ。このまま見逃せば、貴族の恥というもの。身の程を弁えさせに来たのだよ」
あー、そういうパターンね……誰か来るとは思っていたが、こんなに早く来るとは。流石に予想外なところもある。貴族の言葉と同時に、従者たちが前に出てくる。どうやら、自分が手を出すつもりはないらしい。
「やってしまえ、お前たち。こんな不届者は罰を受けて当然なのだ」
合図とともに、従者たちが俺に襲い掛かってくる。俺はその攻撃を前に……何もしなかった。いや、してはいたが、自分から反撃はしなかったのだ。
「ははは!わかったか!調子に乗るからこうなるのだ!」
貴族は高笑いをしているし、従者たちもにやにやといやらしい笑みを浮かべている。俺はと言うと、ただ拍子抜けしていた。
(……マジか。こいつら、相手にダメージが入っているかもわかってないんだな………)
そう、俺は魔力強化を行って、適当にヤバいところは当てないようにしているのだ。ダメージは皆無だし、その気になればこの場にいる全員を叩きのめせる。それをしないのは、後から報復をされるのがめんどくさいからだ。時折、痛がっているような演技を見せれば完璧だ。気持ちよく殴っているつもりで、実は加減をされていることを知ったら、こいつらはどんな反応をするのだろう。とりあえず、早く終わらないかなと考えていると、いきなり従者の一人が吹っ飛んだ。他の従者たちが戸惑っていると、その間に全員が吹っ飛んでいた。貴族の方を見てみると、既にそちらも伸びていた。
これをやったやつのことが気になり、そちらを軽く見る。そこには一人の女子生徒が立っていた。髪は腰まで伸ばしており、茶色が薄く混じった黄色の髪をしていた。瞳は青く、目がツリ目がちだ。というか、まんまツリ目だ。背も高く、俺よりも頭一つ程度は大きい。大体、170くらいではないだろうか?スタイルもよく、まず目を引くのはその大きな胸である。俺も男なわけだし、そこに目が行くのはおかしくない。……はずだ。顔立ちは可愛らしい、というよりは凛々しいといった様子だろうか?けれど、怒ったような顔のため、近寄りがたいと思えるかもしれない。
そこで意識が覚醒したのか、貴族が起き上がる。
「貴様!何をする!」
「別に。大勢で一人を取り囲んでいたから、手を出しただけ」
「ふざけるな!俺を愚弄する気か!」
「知らない。どうでもいい」
何も気にしないこの女に、貴族は怒り心頭といった様子だった。声を大にして叫ぶ。
「俺は次期子爵だぞ!この意味がわからないのか!?お前は、貴族に楯突いたというわけだぞ!」
子爵かあ。公爵と比べりゃ、かなり下だよな。エレナに庇ってもらえば、あいつ逃げ出すんじゃなかろうか?王子もいるし、こいつがしょぼく見える。権威を振りかざしているところが、いかにも三流っぽいし。
貴族の言葉を前にしても、目の前の女が動じることはなかった。むしろ、馬鹿にするかのように鼻で笑う。
「くだらない。学園内での権力なんてあってないようなものだよ。そんなこともわからないようじゃ、貴族失格だね」
「何を!貴様………!」
そこで、従者の一人が貴族に耳打ちをした。最初は怒っていた様子の貴族だったが、見る見るうちに顔が青ざめていく。話を聞き終えた頃には、行為が180度変わっていた。
「い、いいか!平民風情が!調子に乗るなよ!話はここまでだ!」
そのまま逃げるようにどこかへ去っていった。やれやれ、これで少しは落ち着いてくれるといいんだが。俺は立ち上がり、服についた埃を払い落とす。軽く動いてわかったが、やはりあいつらは傷の一つもつけることはできなかったようだ。血を流すどころか、痣の一つもできちゃいない。あまりのレベルの低さに、呆れを感じざるを得ない。
俺が立ち上がったのを見ると、女はその場を立ち去ろうとしていた。流石にそのまま返すのもどうかと思い、声を掛けようとした。と、そこで気付く。あいつは戦闘科で、どうやら先輩のようなのだ。たまたま落ちていた生徒証でそれがわかった。先輩であることを考慮して、ここは敬語を使うとしよう。
「あ、待ってください」
「……?どうしたの?」
「助けてくれたのでお礼を。もう一つ、これが落ちていたので」
「ん、ああ、落ちていたのか。ありがとう」
俺の方へと近づいて、生徒証を受け取った。それで立ち去るのかと思ったけれど、その先輩は動こうとはしなかった。どうしたのかと思っていると、むこうから口を開く。
「気を付けた方がいい。貴族はあんなやつが多くいる。あんまり目を付けられないように」
まあ、それは思った。というか、避けられるなら避けたいものなのだが。そんな気持ちは押し殺しておき、頭を下げた。
「それはありがとうございます。気を付けますね」
「……そう」
ほんの少し満足気になりながら、俺に笑いかけた。いや、笑いかけようとしたのだ。ただ、笑顔が歪だっただけで。どんくらいかといえば、若干引いたくらいだ。常人なら逃げ出してるんじゃないだろうか?俺は耐性があったので、大丈夫ではあったが。抱いた感情を顔に出さないようにしながら、見送ろうとした。
「……あなたの名前は?」
「え?レオンですが」
「そう。覚えておく」
そんな言葉を残して、その先輩はその場を去ったのだった。




