怯え
「ところで、二人は試験の方はどうだったかな?私はそこそこ点数が取れたと思ったのだけれど……どうやら上には上がいたみたいでね。私は特別来賓としての席で、挨拶をすることになったみたいだよ」
「……いつまでついてくるつもりだ、お前は」
俺の隣を歩いている王子に向けて、呆れたように呟く。王子は苦笑しながら、口を開いた。
「会場は同じだからいいじゃないか。それに、妹さんとは同じ学び舎で学ぶ仲間になることだしね」
「ああ、そうか。お前、魔法研究科なのか」
遅れて着ている制服に目が行った。それは、ニーナの制服と似ていて、ニーナのものからスカートがズボンに、リボンがネクタイになったものと考えればわかりやすい。ということは、こいつも研究科なのだろう。
「君は?その制服だと、開発科のようだけど」
「そうだよ。なんか文句でもあんのか?」
「いや、ないけれど……君なら、魔法研究科に入ろうとしているのかなと思ってね」
王子の言葉の意味に気付き、首を横に振る。ちなみに、ニーナは隣で?を頭に浮かべていた。
「いくらなんでも、そこまで心配性じゃねえよ。それに、研究科にゃエレナもいるからな。何かあれば、あいつがどうにかするだろうさ」
「エレナ……というと、公爵家のあの子かい?接点があったんだね」
「まあ、成り行きでな……あ、あとは言っておくが」
王子が立ち止まり、俺の方を見る。俺は王子に向かって、あっさりと。そう、至極あっさりとこう言ってのけた。
「ニーナに変なことしようとするなよ?したらその時点で潰す」
その瞬間、空気が一気に凍り付いた。ニーナは顔を真っ青にして、メイドたちは何を言っているのかわからないといった顔で。そして、騎士たちは一斉に殺気立った。王子は……やはりか、といった様子だった。
「うん、それはわかっているよ。本当に、妹さんが大事なんだね」
「……まあ、な。いろいろとあったんだ」
王子の言葉で、あのときのことを思い出してしまう。守れなかったあの子は、今の俺を見て何を思うだろう。その思考を追い出そうと、少し頭を振り、歩き出そうとした。そのとき。
「貴様、いい加減にしろ!先程から、殿下に向かっての無礼の数々を……!」
後ろの女騎士が、俺の肩を掴んだ。いや、掴もうとしたのだろう。俺を引き留めようとして。
「……ッ!」
俺は背後を取られたと気付いた瞬間、その腕を掴み、投げ飛ばしていた。地面に背中から叩きつけられたその騎士は、衝撃で呼吸を乱す。そして、俺は馬乗りになって、ナイフを……
「はい、そこまでです」
俺の腕が掴まれていた。その先を見れば、呆れた様子のニーナがいる。改めて自分の下にいるやつを見下ろし、自分が何をしたのかに気付いた。
「あ……その、すまん」
「き、貴様、いきなり投げ飛ばすとはどういうことだ!王国に対して、翻意があるとみてもいいのだな!?」
「あ、その、すみません。レオン君が失礼なことをしちゃって」
隣のニーナが頭を下げる。女騎士の方も、礼儀正しいニーナに毒気を抜かれたようだ。そして、俺ではなくニーナに向かって頭を下げる。
「いや、ごたごたに巻き込んでしまい、こちらこそすまない。君が助けてくれなければ、どうなっていたことやら………」
「……レオン君?ここは別に危ないところじゃないんですよ?そんなに警戒しなくてもいいんじゃないですか?」
「……悪い。助かった」
それだけを口にするのが精一杯だった。なぜなら、こいつが止めていてくれなければ、今頃……
「あの、騎士さんも気を付けてくださいね?レオン君、いつも周りを気にしてて、いきなり肩を掴まれたときには過剰に反応しちゃうんです」
「過剰に?」
「はい。私があんまり警戒感がないからかもしれないんですけど。とにかく、常に気を張ってる状態なんです。後ろからいきなり声を掛けられたら、銃を向けますし」
そう、いまだに前世の癖が抜け切ってないのだ。あの世界では気を抜けば、すぐに死んだ。命のやり取りは嫌でもこの身にはっきりと染みついている。シルフィがいるから今はなんとか抑えられてはいるが、今のように唐突に起これば即座に体が動くのだ。それを知っているからこそ、ニーナは俺を止めたのだろう。この世界での俺を、最も知っているやつなのだから。
女騎士は納得がいかないように、ニーナに問いかける。
「とはいえ、君は大丈夫なようじゃないか?どう考えても、私に何か含むものがあったとしか思えん」
「そんなことはないですよ?だって、こうならないようにいつも気を遣ってますから」
ニーナの言葉は本当だ。一度、盛大に失敗してしまってからは、ずっと俺のことを気遣ってくれた。具体的には、肩を叩かないようにして、服の袖を引っ張るようにしたり。俺と一緒に歩くときは、大体隣にいたり。といったように。そんな気遣いは俺にとっては、本当にありがたいことだった。
ニーナは苦笑しながら言葉を続ける。
「今よりももっと子供のときに、驚かせようと思ったことがあるんです。レオン君、いつもからかってきますから。だから、わざと後ろを歩いて、肩を叩こうとしたんですよ。そしたら、いきなり床に押さえつけられてて……あのときはとっても怖かったですね」
「ちょ、ちょっと待て!何故そんなことを普通に話せる!?」
女騎士は予想よりもヘビーな話に、驚いたようだ。話を遮り、あり得ないといった表情でニーナを見ている。……正直、それは俺も思った。けれど、ニーナはきょとんといった表情で見返している。
「え?何かおかしいですか?」
「いや、おかしいだろう!」
「ええ?でも、相手はレオン君ですし」
どういう理屈だ。頭を抱えたくなる。というか、右手は頭を押さえていた。
「たぶん、みんなレオン君のことを知らないから、不安なんですよ。レオン君はちょっと怖いところもありますけど、強くて優しくて、本当にいい人なんですよ?」
「いや、それはねえだろ………」
「レオン君は黙っててください」
「俺に対して当たりきつくね?」
いつもこうだ。俺のこととなると、断固として引こうとしない。俺としては、何故そこまで肩入れするのかがまったくわからないのだ。
ニーナの様子に、女騎士は不満そうではあったが、王子の言葉で静まった。
「こらこら、今回は君が悪いよ。いきなり手をかけるのはやり過ぎだったんだろうね。だから、それで手打ちにしようじゃないか」
「は、はい………」
「レオン君、すまなかったね。この通りだ」
王子が頭を下げようとした。ニーナはその様子にホッとした様子だったが、また動きが止まった。俺がいきなり額を小突いたからだ。他のやつらも唖然となっていた。今回は王子もだ。
「な、何を?」
「王族が気軽に頭を下げるんじゃねえよ。この程度のことで。今回は俺の方にも責任はある。お前はせいぜいが許せとでも言っときゃいいんだよ」
「け、けれど………」
「今は友人じゃねえ。なら、その軽くない頭は下げるべきでもねえ。周りに舐められるぞ」
俺の言葉に、王子は少しの間固まっていた。が、意味を理解したのか、納得したような表情になった。そして、何故か笑顔にも。
「ありがとう。やっぱり、君を選んだのは間違いじゃなかったよ」
「ああ?どういう意味だ?」
「君はいい人ということさ。ニーナさん、君のお兄さんは素敵な人だね」
「はい!そうですよね!」
意気投合した二人を横目に、なんでこうなったのかと空を仰ぐのだった。
そこで終わればよかったのだが、俺の服の袖を引っ張ったやつがいた。ニーナかと思い、そちらを見ると、王子のメイドがいた。
「なんだ?文句の一つでも言いに来たのか?」
「いえ、そんなことは。私から言いたいのは、ただのお願いです」
そこでメイドは深々と頭を下げた。
「どうか、殿下のご友人となっていただけないでしょうか?」
「はあ?礼儀も悪いし、さっきのこともあるし、どう考えても逆じゃねえのか?」
「そんなことはございません」
メイドは即座に否定した。近づいてきた先ほどの女騎士も、首を傾げている。
「私もそう思うぞ。この男は、殿下の傍に近づくべきではない」
「それは違います。先程のことと、この人の態度からそうすべきと思ったのです」
メイドは王子たちの方を見て、むこうが話に没頭していることを確認した。恐らく、聞かれたくないことなのだろう。シルフィに頼み、音を軽く遮断した。
「殿下は味方となってくれる方が少ないでしょう。あの御方は綺麗過ぎるのです。それが魅力でもあるのですが」
それは俺も思った。あいつは理想を見過ぎている。すべてが上手くいくことなど、絶対にありえないのだから。
「今は味方が必要なのです。他の貴族の考え方に染まっていない、公平な考え方をする人物が」
メイドが俺を見る。その視線に釣られて、女騎士もこちらを向いた。
「あなたはほとんど口調を変えようとしませんね?そして、態度も。どんな人物相手でも、大丈夫だと思えば公平に接しているとも言えるのです」
「……それは詭弁だろう」
「それならば、何故殿下が頭を下げようとしたときに止めたのですか?本当にどうでもいいと思っているのなら、そのままにしておけばよかったでしょう?」
言葉に詰まる。あのときは、ただそうした方がいいと思ったから、そうしただけなのだ。
「あなたは誤解されやすいだけで、実は善人でしょう?妹の方の様子を見ればわかります」
「だからそれは………」
「勘違い、ですか?それはあり得ませんよ」
「どうしてそう言える?」
メイドは微笑み、ニーナの方を見た。ニーナは俺のことを自慢するように、やってきたことを語っている。王子はそれを聞きながら、きちんと相槌を打っていた。
「あの子は、嘘をつけないでしょう?」
その言葉に苦い顔をする。その部分を突かれれば、反論の仕様がないのだ。
「殿下の部屋を訪ねてきてください。歓迎しますので」
メイドは最後に、そう一礼するのだった。




