入学式の挨拶
王子とは入学式の会場で別れ、適当に席に着いた。なんでも、最初はどこに座ってもいいのだそうだ。そして、入学式後にクラスと科ごとに分かれ、教室に向かうのだとか。そんな緩い感じだったので、俺はニーナを連れて真ん中くらいの場所へと向かった。席を立つこともあるので、壁際の席だ。後ろや前だと、寝ているときにばれる。そのため、ここに移動してきたのだ。ちなみに、今の配置は一番前にステージがあり、そこで挨拶をするのだと考えられる。その真正面に俺たち新入生の席が置かれている。ステージから見て、左側には来賓や教師が座るスペースがあり、後ろには在校生が座っている。つまり、右側には誰もいないので、ばれることはないのだ。そこを選んだというわけである。
俺が座ると、ニーナは俺の隣に座った。それくらいは予想していたので、好きにさせることにした。待機している間にひと眠りするかと、瞼を閉じようとすると声を掛けられた。
「あ、いたいた、レオン様。近く座っていい?」
そちらに視線を向けると、アカネが立っていた。エレナはいない。あいつは貴族席なのだろう。パンフレットにも、貴族はそっちに行くように言われていたしな。俺は後ろの席を指しておいた。アカネもその意味に気付き、俺の後ろの席に座る。
「ところで、なんでここなの?レオン様が真ん中で、私たちが左右でもいいんじゃない?」
「いや、それだと困ることがある」
「何?ああ、席を立つとき?挨拶があるもんね、レオン様には」
「そうじゃない。もしお前以外が座っていたら、式中に俺を起こそうとするだろ?」
ニーナとアカネが納得したような、呆れたような表情になる。俺は目を閉じて、背もたれに背中を預けた。
「ちょっ!ほんとに式中ずっと寝るつもり!?」
「れ、レオン君!?それは駄目ですよ!?」
そんな声がしたような気もしたが、俺はもう眠りに入っていた。さてと、貴重な休みはちゃんと休憩しなきゃな………
※ ※ ※
「……ん!レオン君!」
「んあ?」
腕を揺さぶられて、意識が覚醒する。目を覚ませば、怒った様子のニーナがそこにはいた。寝ぼけた頭でなんかしたかと首を捻る。
「呼ばれてますよ!挨拶の時間です!」
「ん?ああ、そんな時間なのか」
だから必死に起こしていたというわけか。そりゃ怒るはずである。まあ、この後のことを思うと、さらに怒られると思うのだが。
「……?レオンという生徒はいないのか?」
仕方なく立ち上がり、ステージの方へと向かう。一応礼儀として、来賓たちの席には礼をしておき、ステージ上に上がってからも一礼しといた。あとは、マイクの前でも。そして。
「何やってるんですかあ!」
ニーナの声が響き渡る。それもそのはず、俺が隠そうともせず、でかい欠伸をしたからだ。ニーナが叫ばなければ、誰かが叫んでたことだろう。俺はそんなことを気にしなかった。
「……戻っていい?」
学園長の方を向いて、そう問いかける。学園長は呆気に取られていたが、辛うじて首を横に振った。チッ。
「えーっと、今年の首席だったらしいレオンだ。普通はここで敬語やらなんやら使うべきなんだろうが、面倒だから省く」
ニーナの方を見れば、口の形で省かないでください!と動かしているのが見えた。省くけどね。逆に貴族たちの方を見れば、見えるのは不快の感情か、もしくは嘲笑かだ。そういった感情を浮かべてないのは、ほとんどいなかった。教員たちは怒りと後悔の感情がないまぜになったような表情を浮かべ、来賓の方も呆気に取られていた。
「まず第一に言っておくが、俺は挨拶何も考えてない。なので、話すようなことはない。あ、待てよ?一つはあるわ」
そこで一旦区切ると、全員が興味を持ったようだ。全員の意識がこちらに向いたのを確認して、口を開く。
「俺の妹……つっても、義理のなんだが。あいつに何か変なことをしようとすれば、即座に潰す。例え、相手が貴族だろうが平民だろうが関係なしにな。俺からはそれだけだ」
今度こそステージを降りようとする。今度は教師たちの方も見ようとはしなかった。が、戻ることはできないようだ。なぜなら、目の前にニーナが立っているのだから。
「レオン君?どういうことですか?」
「……何がだ?」
そう返すのが精一杯だった。今のニーナは久々に見た、あの怒っているのに笑っている状態だ。その様子に恐怖を覚えたが、ここで躊躇すれば確実にステージに連れ戻される。こういうのはガラじゃないのだ。
「今日は大切な日ですよね?時間もちゃんとありましたよね?なのに、考えてないってどういうことですか?」
「いや、だってガラじゃないし………」
「関係ないです。やってください」
「いや、原稿ないし………」
「いいですね?」
ニーナの鉄壁の笑顔の前に、しばらく粘ったものの、仕方なく折れた。こうしている時間の方が無駄なのだ。嫌々ながらも、ステージ上に戻る。
「……まあ、何も考えてないから大した話はできない。というか、する気もない。暇なやつは寝てろ。俺ならそうするし」
俺のその言葉にニーナは呆れたような顔だった。とは言っても、やりたくないものをやったところで大体はやっつけ仕事になると思うんだがな。
はあ、とため息をつき、目を閉じる。あるものを思い起こすために。本来ならやるはずもなかったこと。だが、警告としてはこれが一番いい方法だろう。こいつらがニーナにちょっかいを出さないようにするためにも。こいつらがあまりにも危機意識が低いことにも。目を開いたときには、それを発していた。それは前世でよく使っていたもの。即ち、殺気である。
突然の殺気に反応できたものはごく僅かだった。他のものは急に来たものに対して、反応できず気絶するか怯えているかをしていた。
「き、貴様、いきなり何を………!」
「たった10人。突発的事態に対応できたやつの数だ。話にならないな。今後、こんなことが起こらないと言えるのか?冒険者ならこの程度は付き物だぞ?あるいは暗殺かもしれないな。貴族社会なら、あり得ないとも言えないだろう。それを仕方ないで済ませるのか?俺からしたら、お前らの態度は生ぬるいとしか言えないな」
ざわめいていた場所が静かになる。俺はそのまま言葉を続ける。
「今のでわかったか?あれが恐怖だ。怖いと思うのは、生物として至極当然の反応だ。別に落ち込むようなことじゃない。大事なのは、今の感情にどう向き合うかだ」
そこで一旦言葉を区切り、周りを見回す。今は全員の視線が俺に向いていた。
「これから冒険者になるなら、今みたいなことが簡単に起きる。恐怖にどう立ち向かうのか。それを常に考え続けろ。考えるのをやめれば、そこで死ぬぞ。今は失敗してもいい。誰かがフォロー……いや、手助けしてくれるからな。むしろ、ここにいるときは大量に失敗しておいた方がいい。それがなければ、後で手痛い目に会うのはお前たち自身だ。失敗すること自体を恐れるな。本当に恐ろしいのは、やらなきゃいけないときに何もできないことだ。俺の話はこれだけだ」
一礼して席に戻ろうとする。すると、何故かパチパチと手を叩く音が聞こえた。それは次第に大きくなり、全員とは言わないまでもそれなりに多くの音に包まれることとなった。俺はそのことに疑問を覚えながら、席に戻るのだった。




