レオンの優しさ?
「てなわけで、今日はここまで。各自、ちゃんと復習しておくように。アカネ、サボればどうなるかわかってるだろうな?」
「そ、そりゃあね……でも、これはちょっと無理があるかなあ、なんて?」
「……お前はそれだけやらなきゃ意味がねえだろ。馬鹿だし」
「ひどいよ!?」
アカネさんが目の前に置かれた資料の山に、がっくりと肩を落としています。レオン君が見捨ててないですし、まだ大丈夫だと思うんですけどね。苦笑しながらそう思います。
今は学園に入学するために、勉強会を開いてるんです。勿論、教師役はレオン君です。最初は公爵さんが用意する、って言ってましたが、レオン君が資料さえあれば自分でやれると言い出しました。アカネさんも含めて、最初はみんな半信半疑でした。でも、いざ始めるとみんなが納得するくらいの授業です。私は孤児院のときから知っているので驚きませんでしたが、他の人にとっては驚くようなことだったらしいです。公爵さんが冒険者を引退したら、うちで家庭教師をしないかとも言ってましたね。レオン君は微妙な表情ではありましたけど、なんだかんだ言って教師をやるのは合ってると思いますよ?
「あー!もう無理ー!」
「てめえはついて来たいんだったら努力しろ」
リースさんが手刀で頭を叩かれてます。レオン君、容赦ないですね……リースさんの成績を見ると、仕方ないのかもしれませんけど。
アカネさんとリースさんの成績は、お世辞にもいいとは言えませんでした。レオン君が自分で作ったというテスト、というものを解いたら、アカネさんが30点。リースさんに至っては10点です。これはひど過ぎました。だから、二人を集中して見てたんですが、二人ともやる気がないので上達しないんですよね。困りました。
「おい、ニーナ。お前もいいとは言えないんだから、ちゃんとやれ」
「うう、はい………」
なんと、私も50点なんです。これでどうだろう、と自信満々に見せたんですが、レオン君は満足ではないみたいです。なんでも、最低で80以上は取ってもらうと言われました。厳しいです……そう言ってみたら、こう返されました。
『仮免取るのにも、筆記で80必要なんだぞ?80基準で当たり前だろうが』
仮免、というのが何かはわかりませんでしたが、80点を取るまで終わらないようです。どうしましょう……唯一の救いは、聞きに行けばレオン君は答えてくれますし、わかりやすいように解説もしてくれます。それに、何回同じことを聞いても怒りませんし。教える人としてはいいんですよね。
「エレナもやっとけよ?お前は複雑な計算は苦手っぽいし」
「わかった」
「にしても、お前はあんまり教えんでもなんとかなりそうだな。普通に90超えてるし」
私たちの中で一番頭がよかったのはエレナさんでした。テストでも高得点ですし、教えられたことは一回で覚えてしまいます。こういうところはすごいなあ、と思っちゃいましたね。
「次も頑張れよ」
「……ん」
最後にエレナさんはレオン君に頭を撫でられてました。ずるいです………
※ ※ ※
「うあああ、もう頭がどうにかなりそう………」
「あ、あはは、頑張らないとレオン君に怒られちゃいますよ?」
「でも、これは無理だって!」
アカネさんと勉強をしていたんですが、1時間もしない内に叫び出していました。私もコツコツやってはいるんですが、ちょっと多いかなとも思っちゃいます。アカネさんが唇を尖らせていると、いきなり扉が開いて、レオン君が現れました。
「あれ?どうしたんですか?」
「いや、風呂入ってくればだとさ。あと、アカネの監視だな」
さりげなくアカネさんを一瞥して、自分の部屋に戻っていきます。でも、その前に足を止めました。
「……そーいや、お前はわからないところとかねえのか?」
「え?」
「いや、今は馬鹿と阿呆に時間取られてるだろ?お前の勉強は大丈夫なのかと思ってな」
「あ、はい。今のところは大丈夫ですよ?」
レオン君が渡してくれた資料はわかりやすいですし、暗記するのにも苦労してません。赤シート?とかいうものをくれたので、一人でもなんとか覚えようと頑張れますしね。私の様子に満足したのか、レオン君は微笑みます。
「そうか、頑張れよ」
そして、今度こそ部屋に戻っていきました。いろいろ気に掛けてくれますし、やっぱり優しいなと思います。
「うーん、やっぱりニーナちゃんには甘いよねえ、レオン様」
「そんなことないですよ?優しいだけです」
「いやいや、同じでしょ?」
アカネさんは笑っていますが、違いますよ?私はちゃんと否定しておきます。
「違いますよ。甘いと優しいには大きな違いがあるんです」
「そうなの?どんな?」
「甘いは責任を持たないことで、優しいは責任を持つことなんだそうですよ?」
「……違いがよくわからないなあ」
アカネさんは困ったように笑ってます。むう、仕方ないですね。
「それなら、わかりやすい話をしますよ。レオン君の話です」
「あ、それは聞きたいかも!」
「……じゃあ、私も聞く」
そこで急に現れたのは、エレナさんです。いきなり出てきたので、びっくりしちゃいました。でも、エレナさんならいいかと思って、部屋の中で話し始めます。
「ええと、あれは確か10歳くらいのときでしたかね」
※ ※ ※
その日は大変なことが起きた日でした。先生が倒れてしまったんです。みんなは大慌てをして、オロオロしていたんですが、レオン君だけはいつも通りでした。先生に近づいて脈を計ったり、心臓の音を聞いたりしています。そして、一通り終わらせると離れて、全員に向かって言いました。
「落ち着け。単に風邪にかかっただけだ。栄養のあるものを食って、ちゃんと寝てれば明日にも治る。とっとと仕事行ってこい」
その言葉を聞いて、みんなは落ち着きを取り戻して、仕事に戻ったり下の子供たちを見に行ったりし始めました。レオン君は私を振り向くと、頼み事をしてきました。
「ニーナ。お前は一応、病院が今日は休みだってことを書いてきてくれ。先生なしじゃ回らないだろうしな」
「は、はい!」
返事をした後、すぐに病院に向かいます。立て札を立てて、休みだということを書き込んで、ふと思いついたことがありました。レオン君は栄養があるものを食べて、と言っていたので、薬草があれば役に立つかもしれません。
思いついたら、すぐに行動に移します。薬草を管理しているところに足を運び、目当てのものを探します。ですが、栄養を補給するための薬草は切れているようで、ここにはありませんでした。
(うーん、どうしましょうか?)
しばらく考えていると、先生の言葉を思い出しました。そういえば、この薬草は森で採れるそうです。幸い森なら近くにありますし、採ってきてあげましょう!先生が喜んでくれるといいな、と思いながら、身支度をして森の中へと入っていきます。
……今ならわかります。昔の私は考えなしでしたね。魔物のことや迷ったときのことをまったく考えてなかったんですから。とにかく先生の役に立ちたい、その気持ちだけで動いていたんです。
そんな状態の私が間違いに気付いたのは、日が暮れてきてからのことです。薬草は見つからず、足も痛くなってきました。そろそろ戻らないと心配を掛けちゃうかな、と思って帰ろうとしたんです。けれど、思ったよりも深くに来てしまっていた私は、完全に迷子になってしまっていたんです。どっちが帰り道かもわからず、不気味な声とだんだんと暗くなっていく周りに怖くて走り出しました。そして、それがさらに悪かったんです。
いきなり足場がなくなる感触。気付いたときには、私は転げ落ちてしまっていました。運よく岩棚が近かったので大怪我はしませんでしたが、足を挫いて立てなくなってしまいました。そうしているうちに、辺りは真っ暗になっています。私は怖くて怖くて、泣きじゃくっていました。
そんなときでした。変な音がするんです。シュルシュル、という音が。今度は何かと怯えていると、いきなり衝撃が私の頭にやってきました。驚いて顔を上げると、孤児院にいるはずのレオン君がそこにはいたんです。握られた拳を見ると、拳骨を落とされたみたいです。
「ったく、お前は。何やってんだ」
レオン君は怒っていました。怒られた理由はわかってます。勝手に歩き回ってしまったからです。でも、今はそんなことは関係なかったんです。
心細かった反動で、レオン君に抱き着いて泣き出してしまいました。わんわん泣いて、落ち着くころにはレオン君もいつも通りにめんどくさそうな顔に戻っています。
「さて、帰るぞ。これ以上ここにいるわけにもいかねえしな」
「……でも、薬草が」
「ああ?それならそこにあんだろが」
驚いてレオン君を見ると、レオン君の指している場所には、確かに私の探していたものがありました。少し嬉しくなって、何本か採りました。レオン君もそれくらいは待ってくれるようで、静かに見守っています。採り終わると、レオン君が私をおんぶをして崖の上へと登り始めます。糸か何かを垂らしておいたようで、上に着くまでにはあまり時間はかかりませんでした。その後村へと戻っていったんですが、いつの間にか私は眠ってしまっていました。レオン君の背中は見た目よりもずっと大きくて、安心できたからです。
目を覚ますと、そこは孤児院でした。中に入ると、眉を吊り上げた先生がいます。間違いなく怒っていました。私は何を言おうか迷っていると、レオン君はいきなり頭を下げます。
「すみません、俺の監督不届きでした。ニーナは俺からきつく叱っておくので、許してもらえないでしょうか?」
先生はその言葉に驚いていました。勿論、私もです。私が全面的に悪いのに、私の代わりに頭を下げているんです。驚かないはずがありません。
「あ、あの!私が勝手に森に行ったのが悪いんです!レオン君は何も………!」
「……わかりました。ニーナさん。こんなことはもうしませんよね?」
先生は困ったように笑います。私は泣きそうになりながら、必死に堪えて頷きます。
「それならもういいでしょう。怪我はありませんか?」
「ああ、それならニーナが足を挫いたみたいです。見てやってください」
レオン君は私を先生に預けると、寝室へと向かっていきます。嫌われちゃったんでしょうか?不安になりながら、怪我を治して先生と寝室に向かいます。そこで目にしたのは、よく寝ているレオン君でした。
後で話を聞くと、なんとレオン君は半日も私を探していたみたいです。その後に、私を背負って帰って来たようです。それがどれだけ大変だったのか、私には想像もつきませんでした。ただ、指や手のひらについた小さな傷が、レオン君の努力を物語っています。
(目を覚ましたら、もう一度ちゃんと謝らないと。それに、お礼も言わなきゃですね)
レオン君が起きるまで、隣で待ち続けるのでした。
※ ※ ※
「そんなことがあったんだ」
「はい。甘いだけだったら、私のことを放っておいたはずですよ?」
「そうだね。なんとなくだけど、わかったような気がするよ」
その後はアカネさんとレオン君のことを話したり、エレナさんにからかわれたりしながら、勉強を続けました。でも、二人には言ってないことがあります。それは……
(たぶん、レオン君をはっきりと好きになったのは、このことがあったからですよね)
その思い出を思い出しながら、こっそりと微笑みました。




