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Peace Frontier  作者: こたつ
18/18

巨星激突!!

扉絵:ガーネット


皆様、寒くなってきましたが、風邪などひいておられないでしょうか?

私は、3週程前にひいた風邪が治ってくれません。

毎日、身体の中で、ウィルスと交渉のテーブルに着く毎日です。

歳ですね(笑)


それでは、本編の方をどうぞ!!

最後になりましたが、いつも貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございます。


挿絵(By みてみん)


「全く、侵入者ですって?なんなんです、一体!!」

スネークテイルのボスである老人、カージナル卿は、怒りをあらわにカスタムメイドの車椅子にミイラのような拳を叩き付けた。

カージナル卿とアステアは、3階のホールで監視カメラによる映像を見ていた。4分割にされた画面にはそれぞれ、キャリー、柳、ノーマッド、和尚と、それに対峙する4人の侵入者が映っている。

「相当の手だれっぽいが、柳達が相手する以上大丈夫だろう。だが、念の為、万が一の際はすぐに逃げられるようにしておいた方がいい。」

いたた・・・と、叩き付けた拳をさすっている老人を一瞥してアステアが言う。

「貴方達『表現者』がよこしたエージェントに万が一など無いでしょ!!それにしても、なんで柳達は最弱の貴方を私の警護として残したのっ!!」

老人が憤りをあらわに言う。

「相手が4人だけとは限らない。今、この時にも別働隊が動いているかもしれない。あいつらが着ているスーツはマンティコアの物だ。マンティコア軍が動いているとなると、4人だけなはずは無い。何故、マンティコアが動いたかは分からんが、あの国と繋がりのある第三国の意向が働いているのかもしれん。」

自分を最弱と言われた事を意に介せず話すアステアの言葉に、老人の顔が青冷める。

軍事産業国家であるマンティコアと繋がりのある国と聞いてまず考えられるのは、三大軍事国家である。このいずれかの部隊とマンティコアの部隊に攻められれば、我々の戦力では太刀打ち出来ない。

だが、何故、臓器回収・密輸組織の末端、実務部隊である我々ごときに、そんな部隊が動くのか・・・老人は、納得出来ないとばかりに考え込む。

「急いだ方がいい!!包囲されているとしたら、これ以上の時間の浪費はわずかな退路すら塞がれる!!」

アステアの急かしに、老人の思考は断ち切られる。

考えるのは後で良い。三大軍事国家のVIPにも顧客はいるのだ。あとで本部に報告して圧力をかけてもらえば良いのだ。それにはまず、今を生き延びることが前提となる。

「すぐ準備します。ここで待っていて下さい。まったく、こんなとこで死んだら、私の足をこんなにしたアイツに仕返し出来ないじゃない・・・」

老人はそう言うと、車椅子を起動させて、ホール奥の自室へと向かった。

アステアはそれを見送り、再び監視カメラの映像に目を向ける。その目は、これから起こりえる全てを、何一つ見落とさないという意志が感じられる鋭いものであった。




ノーマッド・アロー

彼は、観光国家、水の国ウンディーネの裕福な家庭に生まれた。

家族構成は、両親と弟。両親からは深い愛情を注がれ、優しく誠実であれ、と育てられていた。ノーマッド自身、その教えに従い、弱き者に手を差し伸べ、勉学にも熱心に励んだ結果、成績も常にトップを維持していた。

運動神経もよく、オリンピック強化選手の候補にも名が挙がっていた。しかし、そんな優秀さが、彼の精神に黒い物を産み出した。

自分は他の人間とは違うという特別意識である。

彼は、自分よりも劣る人間達に手を差し伸べながらも、自分よりも劣る友人達が自分に対等に接して来ることに違和感を覚えていた。そして、それは、自分よりも出来の悪い弟にも向けられていた。

しかし、それは、優秀であるが故の苦悩であり、両親の教えもあって、優秀な自分はその優秀さを世の中に還元する義務があると言い聞かせていた。そして、弟に対しても、それが故に、優しく接し、積極的に面倒を見ていた。それを見る両親の満足そうな目も、自分を納得させるファクターであった。

しかし、その生活がある日一変する。

ある祭の夜、貧困街の人間が、ノーマッド一家の屋敷に侵入したのだ。

侵入した人間は、単なる物取りであった。しかし、両親に発見された犯人は、衝動で両親を殺害してしまった。自身の犯行によってパニックに陥った犯人は、屋敷に火を放ち、逃亡を図る。

燃え盛る炎の中、逃亡する犯人の姿を、ノーマッドは目撃していた。その犯人は、意味不明な事を叫びながら屋敷を走っていた。

「俺は優秀なんだ!!なぜ優秀な俺が我慢しなきゃならない!!不出来な者が優秀な俺に奪われるのは摂理であり真理だ!!優秀な人間は何をしても許されるべきなんだ!!!!」

明らかに混乱が産み出した狂言であった。しかし、その言葉は、違和感を無理矢理納得させていたノーマッドの心を鋭利な刃物のように突き刺した。

ノーマッドは、逃走する犯人に背を向け、2階に向かう。

弟の部屋に入ると、弟は炎に囲まれ、ベットの上で振るえていた。

「お兄ちゃん、助けて!!」

ノーマッドを見た弟は、ノーマッドの姿を見て、目に涙を浮かべヒーローにすがるように叫んだ。

ー何故、優秀な人間が我慢しなきゃならない!!ー

先程聞いた言葉が、ノーマッドの脳内に反響した。

ノーマッドは、弟を助ける事はしなかった。

泣き叫びながら炎に焼かれ、異臭を放ちながら炭化し崩れ行く弟を見つめていた。その姿にどこか、精神が安定するのが分かった。その時、ノーマッドの中で、何かが壊れる音がした。

それは、良心と呼ばれるものかもしれない。もしくは、今まで本当の自分を閉じ込めていた鍵なのかもしれない。

これだ、これがボクが求めていた本当の真理だ。

ノーマッドの顔は、満面の笑みに包まれていた。

その後、ノーマッドは、自身の優秀さと欲求を満たせる場所を求めてウンディーネを後にする。

弱肉強食がはびこる地域を転々とするうちに、戦場に定着するようになり、彼は自然な流れで傭兵になった。そして年月が過ぎると共に、名を売ったノーマッドは、『表現者』の目に留まる。

自分の真理に理解を示す『表現者』に感銘を受けたノーマッドは、その後、『表現者』のエージェントとして暗躍することになった。




規則正しく並んだ鉄格子の檻の中から、子供達の怯えた視線がガーネットに注がれていた。

同じく檻の中から視線を投げ掛けて来る反政府ゲリラと思われる大人達のそれは、怯えの中に警戒の色も混じっていた。

部屋の外からは、ノーマッドの瓦礫を踏みしめながら歩く音が大きくなってきている。

ここで闘えば、犠牲がでる・・・

ガ―ネットは咄嗟に判断すると、部屋の外に向かって走り出した。そして、部屋を出たと同時に地面を蹴り、思いっきり横っ飛びに飛ぶと、ノーマッドの足音の方向めがけてマシンガンの引き金を引いた。

部屋に潜んで待ち伏せていると思っていたガーネットが突然飛び出した事によって意表をつかれたノーマッドは、ガーネットの攻撃に対し、一瞬反応が遅れた。結果、ガーネットのマシンガンから発射された弾丸の一発がノーマッドの左肩に吸い込まれ、弾くようにノーマッドを押し戻す。

体勢を崩しながらもノーマッドは、瓦礫に身を隠した。そこにめがけて、ガ―ネットはマシンガンを集中砲火する。

マシンガンから吐き出された無数の弾丸によってみるみる削られていく瓦礫の壁が突如動いたと思うと、次の瞬間、その瓦礫が浮き上がり、ガーネットめがけて飛翔する。

「うおっ!!」

ガ―ネットは唸ると、横に大きくダイブしてそれを躱す。

轟音と共に砕ける瓦礫の礫を身に受けながら、ガ―ネットは再びノーマッドに向かいマシンガンを構える。ガーネットの目が次弾を装填したバズーカーを構えるノーマッドを捕らえた。

「マジか、くそっ!!!!」

全速力で走り出すガーネットの耳に、バズーカーの発射音が響いた。

飛翔した弾丸は、ガーネットの少し後ろの壁に着弾すると、爆音と共に発生した衝撃波で、砕いた壁ごとガーネットを吹き飛ばした。

大小の瓦礫を背に乗せうずくまるガーネットに、砂煙を掻き分けるようにしてノーマッドが近づく。弾切れになったバズーカー砲を投げ捨てると、ノーマッドはガーネットを見下ろす。

ノーマッドに向けわずかに頭を上げたガーネットのその頭を掴むと、ノーマッドは瓦礫から引っこ抜くようにガーネットを持ち上げ、オーバーハンドで力任せにぶん投げた。

肉製の砲丸になったガ―ネットは壁にブチ当たると、そのまま壁を破壊し、隣の部屋へと転がり込んだ。息も絶え絶えに低く呻きながらうずくまるガーネットを追って、ノーマッドがその部屋に足を踏み入れる。

「おぉ、まだ生きてるか。さすがに優秀だな。」

そう呟いたノーマッドは、部屋の雰囲気に違和感を感じ、周囲を見渡した。そこには鉄格子に囲まれた檻に監禁された子供や大人が不安と緊張の入り交じった顔で、ノーマッドとガーネットを見ていた。

ノーマッドは、顔を歪めると舌打ちする。

「さっきお前が、待ち伏せせずに飛び出したのはこういう訳かい?」

ガ―ネットはようやく身体を起こすと、鉄格子に身体をあずけながら、立ち上がる。その様子を見ながらノーマッドは、さらに怒りに顔を歪めた。

「こんな星屑共を護る為にわざわざ危険を犯して飛び出したってか?くだらねぇ!!」

そう言いながらノーマッドは、自分に向けてライフルを構えるガーネットに走り寄ると、勢いそのままに脇腹に拳を叩き付ける。

右脇腹から背骨を破壊し、左脇腹に突き抜けるような衝撃と共に、ガ―ネットはライフルを手放し、宙に舞う。

「分かってるか!?俺達のような光り輝く巨星にとって、こんな劣等な星屑等、クズだ!!気にしなくていいんだよ!!邪魔なら潰し、目障りなら消せばいいんだ!!こいつら星屑は、俺達巨星をさらに輝かせる為の引き立て役にしかならない奴等なんだからなぁ!!!!こんな屑を気にかけて、俺達の崇高な闘いの純度を曇らせんじゃねぇよ!!!!!!」

口から血を滴らせ咳き込むガーネットに、ノーマッドは自身の行動理念である自己流の優尊劣卑を叫ぶ。

「大紀も星屑やって言うんか・・・?」

口から滴る血を拭いながら、ガ―ネットは訊いた。

「大紀?なんだ、そりゃ?」

ノーマッドが、苛立ちを浮かべて訊き返す。

「お前等が、樹海で殺した子供やっ!!!!」

ガーネットが身を起こし、ノーマッドを睨みつけて怒鳴る。ノーマッドはそのあまりの剣幕に、咄嗟に半歩後ずさった。

「樹海で殺したガキだと?どれのことだか分かんねぇな。それに、それが何だ?何が悪い?殺され奪われたのは、劣等な証拠だろうがっ!!!!」

ノーマッドが、怒鳴り返す。その怒りは、くだらない事を言うガーネットに対してのものか、それとも、ガーネットの剣幕に押され、後ずさってしまった自分自身に対してのものか。

その言葉を聞いたガーネットの内側から、なんとも言えない倦怠感が湧き上がる。平たく言えば、酷く面倒臭いという感情だ。

ガ―ネットは、それが、自分自身のキラー因子のパターンである『怠惰』によるものだと分かっていた。怒りで、体内のオリハルコン濃度が上がった結果、キラー因子の活動が活発になったのだ。しかし・・・と、ガ―ネットは思う。自分の内に蠢くキラー因子からは、アンバーや翡翠のような暴走の危険性が感じられなく思うのだ。酷く面倒臭い。だが、それだけだ。おそらく、瞳の虹彩も琥珀色に染まっているかもしれない。だが、それだけだ。まだ、自分自身を保てている。まだ、冷静でいられている。いや、むしろ、因子が活動し倦怠感が湧き上がってからの方が冷静だ。ひょっとしたら、この感情の起伏の鈍化こそが、自分の暴走に当たるのか・・・。

闘いの最中、強敵を前にそんな事を頭の片隅で考えながら、ガ―ネットは口を開く。

「なにが劣等や。星屑だってなぁ、精一杯光っとんねん!!巨星かなんか知らんけどなぁ、その星屑の光を奪う権利なんか無いんじゃっ!!!!そもそも、大紀は、星屑なんかやない!!」

そう叫び、ガ―ネットはノーマッドめがけて地面を蹴る。

ここで銃器を使えば、子供達に流れ弾が当たる。幸い、ノーマッドも全弾撃ち尽くして丸腰だった。それが故の、肉弾戦の判断だった。もともと、ガーネットは、近接戦闘術が得意だ。これに限って言えば、成績はアンバー達の誰よりも上だった。

「素手か!?いいぜ!!殴り合いは望む所だ!!!!」

ガーネットの思考を理解したノーマッドが、嬉しそうに声を上げる。

ガーネットとノーマッドが拳を握り、お互いの間合いに入る。

ノーマッドが拳を振り下ろす。

明らかな大振りのテレフォンパンチをガ―ネットはダッキングで躱すと、そのままさらにノーマッドとの間合いを詰め、がら空きの右脇腹をえぐるようにボディブローを放つ。

しかし、薬物によって鍛え上げられた馬鹿げた鋼の腹筋によって、その拳は止められてしまう。

驚愕の表情を浮かべるガーネットを見下ろしノーマッドは心底の笑顔を浮かべた。

ノーマッドの懐深く入り込んでいるガーネットの目の前で、その馬鹿げた筋肉が膨張し、その表面に、マスクメロンのような血管が浮かんで脈打った。

まずい・・・

ガ―ネットはバックステップで回避行動を取るが、それを許すまじとステップインしたノーマッドが再び拳を振り下ろす。

先程よりも速度の増した拳に回避を諦めたガーネットは、腕を畳み、完全防御の姿勢を取った。刹那、その腕に、衝撃が走る。

まるで建物破壊用の鉄球でもぶつけられたような、ガーネットの覚悟を越えるその威力は、防御に徹した腕ごしにガーネットの脳を揺らす。

「めんどくせぇ!!」

そんな状態でも叫ぶと、ガ―ネットは即座に跳び、威力を殺しながらノーマッドの腕を支点に身体を回転させ、腕に絡み付くように関節技へと移行する。

そこでまた、ガーネットの予想を超える事態が起こった。

通常、この状態になれば、相手は倒れ、腕の関節は砕かれるはずである。しかし、ノーマッドは、倒れるのを拒むように足を広げ、腕が伸び切った脱出不可能な状態で耐えていた。しかも、そこからだ。信じられないことに、力任せにガーネットの絡み付いた腕を振り上げると、そのまま地面に叩き付けた。

コンクリートの地面が砕ける程の威力で頭を叩き付けられたガ―ネットは、先程揺れた脳にさらなるダメージを負い、視界が渦巻き状に歪んだ。頭皮は割れ、血が派手に噴き、頭蓋の一部が砕けた。救いようの無い視界の歪みと共に、耐えられない酔いで、胃の内容物が逆流する。

それでもノーマッドの腕に絡み付いたままのガーネットに向かい、ノーマッドは、反対側の拳を振り下ろす。

とても回避できぬ状況に、ガ―ネットは腕に絡めた足を解き、そのままノーマッドの顔面を蹴りつけた。ノーマッドの顔が弾けるのと、ガーネットの顔に拳がめり込むのは同時だった。

ガーネットの蹴りは、ダメージもさることながら、ノーマッドの拳の威力を削る目的もあった。事実、威力は削られたのであろう。

しかし、おかまい無しに振り抜かれたノーマッドの拳は、ガーネットの鼻骨と眼底骨を砕いて、ガーネットを宙に舞わせた。

「なんの冗談やねん、ほんま、面倒臭い奴っちゃなぁ・・・」

朦朧とする意識を繋ぎ止めながら、ガ―ネットは眼下のノーマッドを探す。見つけたノーマッドは、放物線を描きながら落下するガーネットに向かって走り込んでいた。

蹴りが来る!!

今までの近接戦闘の経験から予測したガ―ネットは、腕を交差させて防御態勢を取った。しかし、腕の隙間から見えたノーマッドのアクションは、予想に反しての拳での、大振りの左ストレート。

その拳を、ガ―ネットは肘で受ける。

肘は、最も固い骨のひとつである。通常、肘で受けられた拳の骨は砕ける。しかし、ガ―ネットは、自身の肘が砕けたのを感じた。

そのまま渾身の力で振り抜かれた左ストレートは、ガーネットを直線上に吹っ飛ばし、その身体を檻の鉄格子に叩き付けた。その衝撃で、肋骨の数本にヒビが入ったのをガ―ネットは感じた。

「おー、痛・・・。拳にヒビが入ったじゃねぇか?咄嗟に肘で受けるとは、やるじゃねぇか。さすが、俺が巨星と認めただけはあるな。まぁ、俺の方がデカイがな。」

左拳をさすりながら嬉しそうに語るノーマッドを、崩れ落ちた姿勢のまま、ガ―ネットは見ていた。最早、左目は腫れ上がり、頭からの出血が流れ込んで、視界の半分は使い物にならない。そんなガーネットに、檻の中から、子供が心配そうに声をかけていた。

「なるほどな・・・」

後ろの檻の中の子供に手をひらひらさせながら応えたガ―ネットは、ダメージを感じさせない素振りで素早く立ち上がった。そのまま、首を左右に傾け、ゴキリッと音を響かせる。

その姿に、今度はノーマッドが驚愕の表情を浮かべた。満身創痍の状態のはずの相手が、効いてないなの如く立ち上がったのだ。

「そんな驚くなや。ちょっとしたマジックや♪」

なんの事はない。種を明かせば単純に、砕けた骨の間を体内のオリハルコン粒子が繋ぎ、痛めた内臓もオリハルコン粒子がまとわりついて代替しているに過ぎない。しかし、それを知らないノーマッドは、やせ我慢している相手に馬鹿にされたと思い、その顔を怒りに歪ませた。

顔まで筋繊維を浮かべ、その皮下に脈打つ血管を出現させたノーマッドは、猛ダッシュでガーネットに迫る。

ノーマッドの体重の乗った右ストレートを身体を反らせて躱すと、ガ―ネットはそのままハイキックを繰り出す。その蹴りは、綺麗にカウンターでノーマッドの顎をとらえていた。

ピンポイントで脳を揺らされたノーマッドはグラついたが、その体勢のまま、力の乗った左フックを返してくる。

そのフックを、ガ―ネットはステップインしてノーマッドに密着することで無効化すると、再びノーマッドの顎に拳を合わせた。

連続で脳を揺らされたノーマッドはさすがに耐えきれず、その場で尻餅を着くようにダウンした。

しかし、タイミングを合わされただけなので、脳は揺らされたもののダメージはさほど無い。ノーマッドは、尻餅を着いたまま、ガーネットを睨みつける。その表情は、檻の中の子供達の前で恥をかかされたとでも思ったのか、怒りのあまり、顔の穴という穴から煙が噴き出しそうな勢いだ。

「そんな怒んなや。ちょっとした技術を見せただけやんけ。」

ノーマッドを見下ろしながら、ガーネットが冗談めかして言うと、その場で挑発するようにステップを踏んでみせる。

「今までのやりとりで確信したわ。お前、銃にしても格闘にしても、習った事ないやろ?全部、自己流っちゅうわけや?どうりでセオリー無視の攻め方で面喰らったわけや。」

「何故、俺が学ばねばならん!?優秀な人間は、編み出し、教えこそすれ、人から学ぶ必要等ない!!」

マジックの種明かしをするように話すガーネットの言葉に被せるように、ノーマッドが怒鳴る。

「まぁ、実際、たいしたもんやで。生まれ持った才能だけで、ここまでの強さを手に入れたんやから・・・。ただ、その肉体はどういう訳や?優秀な巨星様が、薬物に頼って筋トレか?」

自身の矛盾を突かれたノーマッドの顔が、仁王像の如く歪み、烈火の如く紅くなる。

「俺の優秀さを活かすには、通常の身体では小さ過ぎる。故に、適した肉体に改造しただけの事だ。」

「へぇ。巨星を名乗る程の優秀な御方なら、適した肉体も生まれ持っとると思うけどなぁ。」

怒りを抑えて言った言葉を即答で返され、ノーマッドは全身に血管を浮き上がらせて小刻みに震える。舌戦は、完全にガーネットに軍配が上がった。

「そんな、怒んなって。それとも、恥ずかしいんかぁ?シャイボーイかぁ?」

その言葉でついに、ノーマッドの表皮に浮かんでいた血管の数本が切れ、少量の血が跳ねる。

「もう許さん!!貴様等、巨星でもなんでもない!!もう殺すっ!!!!」

勢い良く起き上がったノーマッドは、猛スピードでガーネットに走り込みながら、拳を振り上げる。その眼は充血によって、白目部分が真っ赤に染まり、修羅か鬼を連想させた。

そんなノーマッドを、琥珀色に染まった虹彩の瞳で睨むガ―ネットは、振り下ろされる拳に合わせて、拳を振るう。

お互いの立ち位置のちょうど真ん中で交差した腕は、その先にある、お互いの顔面に拳をめり込ませる。

およそ人体が発するとは思えない程の轟音と共に、お互いの身体が弾ける。

ガ―ネットは、歯を食いしばり、前へ踏み出す。ノーマッドは、怒りの表情に笑みを浮かべ、前へ踏み出す。

再び、信じられない轟音が響き、互いの顔と身体が弾け跳ぶ。その延長線状の空中に、鮮血が走った。

お互い、防御を無視したような全弾フルスイングの拳に、ノーマッドが口から血を滴らせ、凶悪な笑みを浮かべた。相打ちであれば、自分の方が圧倒的に有利と分かっている笑みだ。

ノーマッドが踏み込み、斜め下から右拳を突き上げる。対してガ―ネットは、斜め上から右拳を振り下ろす。

三度の轟音が響き、檻の中で怯えて耳を塞ぐ子供達の足元に、鮮血が届いた。赤い血の中に混じる、琥珀色のオリハルコン粒子のラメが、子供達の恐怖心をさらに掻き立てていた。

轟音と共に互いの顔が弾け、ノーマッドの膝が折れ、ふらつきながら2、3歩後ずさる。対するガ―ネットは、足をスタンスを大きくとり、歯を食いしばってその場で耐えていた。

「ば、馬鹿な・・・!!」

ノーマッドが、体格も腕力も上なはずの自分が、相打ちで打ち負けたという事実を信じられないといった風に、たたらを踏みながら呟く。

事実、体格も腕力も、ガ―ネットはノーマッドに比べ、劣っている。もし、本当に掛け値無しの相打ちであれば、ガーネットが打ち勝てる道理は存在しない。ガ―ネットは、相打ちに見えて、ノーマッドの拳が当たる瞬間、首を捻り、その威力を逃がしていたのだ。結果、ガ―ネットは打ち勝った。しかし、その才能故に自己流でここまで生き抜いて来たため、その技術を知らないノーマッドにとって、自分が打ち負ける理由が、まるで理解出来ないのだ。

笑う膝を無理矢理ねじ伏せ、怒号を上げながらガーネットに殴り掛かるノーマッドの軸足を、ガ―ネットはサイドキックで蹴る。

軸足の骨が悲鳴をあげて、支えていた体重に屈するようにノーマッドの身体がぐらつき傾く。その位置の下がった頭に、ガーネットの後ろ回し蹴りが炸裂した。

瞬間、白目を剥いて意識が飛んだノーマッドだったが、自身を巨星と自負するそのプライドが、倒れる事を拒否する。天地不明の揺れる視界の中で、ノーマッドは、足で地面を掴むようにして立ち続け、脳の回復を願う。

しかし、それをガ―ネットは許さない。

素早い身のこなしででノーマッドの後ろに回り込んだガ―ネットは、ノーマッドの片腕を固めながら首を絞めにかかる。

ノーマッドの腕に絡み付いたガーネットの腕が、頸動脈を閉塞させ脳への血流を止め、同時に気管をひしゃげさせる事で、肺に空気を送る事を阻害する。

ノーマッドの腕が、薄れ行く意識の中で、窒息の苦痛にもがきながら、首に巻き付いたガーネットの腕を掻きむしる。ノーマッドの爪に皮膚を破り抉られても、ガーネットは腕を解くことはなく、歯を食いしばり更なる力を込めた。

力の限り食いしばった奥歯が欠けたと同時に、ノーマッドの身体から力が急速に失われた。眼球の表面にまで浮き出た毛細血管が、その脈動を失っていく。ノーマッドの身体は、ガーネットの体重を支える事が出来なくなり、ゆっくりと前のめりに倒れていった。

勝負有り・・・と、ガーネットが確信した時、声にならない声をあげ、ノーマッドが息を吹き返した。

身体中に浮かんだ血管は、更に激しく立体的になり、筋までが表皮から透けて見える程に筋肉が膨れ上がる。

ノーマッドは、絞められた状態のまま立ち上がると、気が狂ったように走り出し、自分の背中ごとガーネットを檻の鉄格子に叩き付ける。その威力は想像を絶するもので、鉄格子はまるで飴細工のようにひしゃげた。

背骨がバラバラにされたような痛みに、ノーマッドを締め付けていたガーネットの力が緩む。その瞬間を逃さず、ノーマッドは身体からガーネットを引き剥がすと、顔をアイアンクローの要領で掴みあげ、そのまま高い位置からコンクリートの床に、ガーネットの後頭部を全体重を乗せながら叩き付けた。

ガーネットの頭蓋骨の後頭部は砕かれ、脳に深刻なダメージが襲った。

砕かれひび割れたコンクリートに琥珀色のラメの散りばめられた血液が流れ込み、ガーネットの後ろに美しく煌めく紅い蜘蛛の巣を形作った。

ガーネットの意識が急速に遠ざかり、視界に闇が堕ちて来る。その視界の中で、固く拳を握ったノーマッドが、勝ち誇った肉食恐竜のような雄叫びを上げた。

「ここまでか・・・」

ガ―ネットは消え行く意識の中で、呟きを発した。その声は、余りにもか細く、誰の耳にも届く事は叶わない。おそらく、リンク状態の脳内通信にすらのらないレベルだろう。

ガーネットの薄い意識の中に、ピースフロンティアの仲間が映し出された。

ダイヤがいる。

ルビーがいる。

サファイアがいる。

そこには、かつて全てを共にしていた、ピースフロンティアの面々が揃っていた。

それは、過去の記憶だ。

訓練の日々、たわいのない会話、任務の戦場、そして、数日前の襲撃・・・それらが間延びした意識の中を猛スピードで駆け抜けていく。

走馬灯・・・。ガ―ネットは自覚していた。それが導く、自分の死という直近の未来でさえも。

「あながち、悪くもなかったかなぁ・・・」

その声は最早、声とは言えなかった。軍によってキリングマシーンとしてのみ存在を許され、育てられた。任務として、その存在すら隠された部隊で、戦場のみでしか必要とされなかった。

しかし、ガーネットにとって、ピースフロンティアの仲間との絆は何物にも変えがたいもので、それを感じ、得られただけで、十二分に良い人生と感じていたのだ。

薄い笑みを浮かべたガーネットの意識に闇が降り、その全てが覆い尽くされる瞬間、意識の中に聖域の世界樹ユグドラシルが浮かんだ。

薄靄の中で光を讃えたようなその姿とは裏腹に、その枝葉が悲し気に揺れた。

その世界樹の幹の前に、小さなシルエットが浮かぶ。大紀だ。

その顔には、皆から愛された、皆を癒した満面の笑顔が浮かんでいた。ガーネットもその笑顔で、仲間を失い引き裂かれそうな心の痛みを癒されていたことに気付く。

意識の中、ガーネットが見つめるその大紀の顔が、熱せられたプラスチックのように歪んだ。

グロテスクに変化していく大紀の顔は、眼が堕ち窪み、口は力無く開かれ、その肌の色は血の通わないものへと変化し頭を垂れた。

それは、ガーネットとコーラルが発見したときの大紀の姿だった。

ガーネットの全身に鳥肌が湧き上がり、震えが襲った。血流が速くなり、呼吸が浅くなる。浮かんだ脂汗が集まり、大きな滴となって滴り落ちた。

「俺は何を勝手に満足しとるねんっ!!!!」

呻くように呟いたガ―ネットは、意識を取り戻し、震える足に力を込めて立ち上がる。身体の奥底から湧き上がる倦怠感、面倒臭さが、ガーネットの神経を逆撫でし、苛立たせ力を与える。

そんなガーネットを、驚愕に満ちた表情で見つめるのは、ノーマッドだ。この戦闘の最中、幾度致命的な打撃を叩き込んだか分からない。にもかかわらず、ガ―ネットはノーマッドの前に立ち続けていた。

「な、なんなんだ、お前は・・・」

目を大きく見開き、恐れを含んだ声で、ノーマッドが訊く。いや、それは質問ではなかったのかもしれない。不可解な出来事に対する無意識の呟きだった。しかし、ガ―ネットは応える。

「なんやろな。お前の言う、巨星ではない事は確かやな。俺は単なる宇宙に浮かぶ石ころや。その石ころにお前が巨星と呼ぶもんが光を当てて輝かせてくれてるに過ぎん。そんな石ころでも、光を当てられ、与えられたから自ら光を発せられなくても、ここまで生きてこれたんや。巨星様には分からん理屈かもしれんけどなぁ。」

最早、満身創痍で立っているのがやっとの状態のガーネットが発する言葉に、ノーマッドの苛立ちが爆発する。

「石ころだと!?石ころの分際で煩わしく楯突くんじゃねぇよ!!石ころが巨星に勝てる道理が何処にあるってんだっ!!」

ノーマッドの苛立ちを身体に受けながら、肩で荒い息づかいを続けるガーネットが薄く嗤う。

「石ころじゃ、巨星には勝てんわな・・・」

その諦めたような口調に、馬鹿にされたと思ったのか、ついにノーマッドがキレた。

コンクリートの床を蹴り砕き、一足飛びにガーネットとの距離を詰める。充血で真っ赤に染まった目が、反応出来ないでいるガーネットの目の前に近づくと、頭に岩を叩き付けられたような衝撃が走った。

後ろによろめきながら、頭突きを喰らったのをガ―ネットは遅れて理解する。

「ボロボロじゃねぇかっ!!」

叫びながら、ノーマッドは、右から力任せに拳を叩き付ける。

かろうじてガードしたガーネットだったが、叩き付けられた拳の威力はガードした腕の肉を潰し、ガーネットを吹き飛ばす。

奥歯を噛みしめながら、ふらつきながらも体勢をかろうじて保つガーネットとの距離を、一瞬にしてノーマッドは詰め寄る。

「フラフラじゃねぇかっ!!」

癇癪をおこした子供のようにノーマッドは怒号を叫びながら、拳を振るう。

再びガード越しにノーマッドの拳を受けたガ―ネットは、その威力で飛ばされ、背中を鉄格子にしこたま打ちつける。喉を逆流してきた鉄の味が、唾液と一緒に口から噴き出した。

ひしゃげて大人が通れる程に鉄格子は歪んでいるが、監禁されている子供は元より、大人もこの2人の戦闘に恐怖し、立ち尽くす事しか出来ないでいた。それをガ―ネットは背中越しに感じる。

面倒臭ぇ・・・

ガーネットの苛立ちが大きくなった。

「これで死んじまえぇっっっ!!!!」

コンクリートの床を砕く程の力で踏み込んだノーマッドが、その狂拳を引き絞る。

「面倒臭ぇっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

叫んだガーネットも踏み込み、右の拳を引き絞る。

渾身の力を乗せて突進した拳同士が、互いの中間で衝突した。隕石同士の衝突を思わせるような音と共に、一瞬均衡した拳は互いの骨を砕いた。

驚く事に、押し負けたのは、腕力で圧倒的に勝るノーマッドだった。

純粋な力で押し負けたという事実と、初めて感じる拳の痛みに、ノーマッドが2、3歩後ずさる。

それを逃すまいと、ガ―ネットは踏み込むと、再び右拳を弓を引くが如く引き絞る。

「お前、その拳は砕けて・・・」

目を見開くノーマッドの顔面に、瞬時に砕けた骨の隙間に入り込んだオリハルコン粒子によって補強されたガーネットの拳が突き刺さった。

ガーネットの拳は、ノーマッドの顔面の骨を完膚無きまでに砕きながらなおも突き進み、ノーマッドの後頭部を全体中を乗せ、床に叩き付けた。

「なんで・・・巨星の俺が、石ころなんかに・・・」

顔面の骨が砕かれ、歪に歪んだ顔を血に染めながら、ノーマッドは何とか顔を起こす。

その眼前に、ガーネットのハンドガンの銃口が突きつけられた。眼下の骨を失ったため、支えきれなくなった眼球は最早何処を向いているか分からず、拳銃を把握できているかすら定かでは無い。

「簡単や。お前も、巨星じゃなかったっちゅうこっちゃ。」

その言葉で、ノーマッドの歪んだ顔に絶望の色が浮かんだ。

それを確認したガ―ネットは、静かに引き金を引いた。ハンドガンの銃声が、コンクリートの囲まれた地下の部屋に反響した。

「こんくらいの絶望は最低でも感じてもらわな、大紀が浮かばれん・・・」

後頭部に大きな血の華を咲かせたノーマッドの息絶えた肉塊に、ガ―ネットは冷たく言い放った。

「あー、めんどくせぇ・・・」

呟くガーネットの意識の中で、世界樹の枝葉が、哀し気に揺れたような気がした。

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