第六章「魔女の焚刑」
洞窟を抜けると、外の光が見え、緑の森が浮かび上がった。そして、洞窟の出口までくると、森の中央に村があるのが遠くに見下ろせた。それはさながらRPGゲームかファンタジー映画のような、既視感ある光景だった。
村の中に入るのに時間はかからず、気がついたら、村の中にいて、いつの時代ともわからない衣服の村人がたくさんいた。そして、村人は中央へ中央へと声を上げて集まっていき、ぼくらはそんな映画を中で立体的に見ているような感覚で歩いて行った。ジエルは、ここで何かを体験するということは、必ず意味があるんだと神妙な顔つきでいった。
実際、中央で見たものは、一人の女性が丸太の十字架に磔になり、これから火をつけられようとしている様子だった。そして、その女性はぼくに驚くほど似ていた。
「あれ、ぼくじゃない?」
ぼくは声を上げた。ぼくがたまに思い出す過去生の映像のなかにも、その女性はいたと思う。
アンは顔色一つ変えず、「焚刑ね」と冷静にいうだけだった。
周囲からは「魔女!」という叫び声が聞こえるので、どうやら魔女裁判にかけられて、処刑されるようだった。
「君の過去生かもしれないね」とジエルがいい、アンもうなづいた。
ぼくは、助けるべきなのか、それとも助けたら過去生が変わってしまうから、そのままにしておくべきなのか、わからずパニックになった。今にも、筋肉ムキムキの処刑人が、たいまつの火を、足下の薪につけようとしていた。
非現実的な感覚も後押ししてか、ぼくは「やめてください!」と飛び出した。一斉に村人たちがぼくを見たときぞっとして、一瞬、あれ、これは現実なのかと思った。
「おまえはなんだ!」
たいまつを持った男が、すごんで近づいてきた。ジエルとアンは、まだ映画を見ているかのように眺めているだけで、助けてくれる気配はなく、小さく拳を握り、がんばれといっているような目をしていた。
「この者は、魔女だ! 邪魔をするな」
ぼくはその迫力にびびりつつも、「あの、魔女なんていないですよ。なにを証拠にいってるんですか?」というと、処刑人は「はぁ?」という顔をした。
魔女じゃないというならまだしも、魔女はいないという発言は想像の外だったようだ。
「魔女裁判って、罪もない人を何万人も火あぶりにした、人類史上最も愚かな出来事でしょ。魔女はいませんよ。悪魔はいたけど」
といって、アンの方を見ると、アンは冷たく目を細めた。
「この女はな! ……」
それから処刑人は、村に病気がはやったことや、磔の女性が予言をするのを聞いたものがいるなど、いろいろ並べ立てたが、どれも現代の価値観からしたらツッコミどころが多く、首をかしげるしかなかった。
「病気がはやるのは病原菌やウィルスのせいだし、予言って、直感とかもあるし、本当に的中してるなら逆に素晴らしい能力で、何も悪くはないじゃない」とモゴモゴ反抗した。
処刑人は、「魔女の肩を持つ者は魔女だ!」と叫んだ。
ぼくは、「魔女だと決められる人こそ魔女じゃないの?」と、処刑人を指さした。
すると、処刑人は怒り狂って、ぼくを地面に押さえつけ、その瞬間死ぬかと思ったが、すぐに処刑人の力が抜けて、ぼくの横でドタンと転がって倒れたので、ジエルが助けてくれたのだと察した。しかし、顔を上げてみると、ジエルは一歩も動いておらず、処刑人は泡を吹いて、白目を剥いていた。ぼくが立ち上がると、周囲の村人たちは、一斉に逃げ去った。
「『破滅』の力」
アンは嬉しそうに微笑んだ。
え、もしかして、ぼくの力でこの人を殺してしまったの? そのことが引っかかりながらも、ジエルとぼくは、丁寧に磔の女性の紐をほどき助けた。近くで見るほどに自分に似ていた。ジエルは、胸を張って答えた。
「いや、『愛』の力でしょ」
「どうしてこんなことになったんですか?」
今にも倒れそうな人に聞くことではないと思いながらも、ぼくが聞くと、女性は少し元気な顔になった。
彼女は、幼少の頃から神様を信じていて、村には宗教はないが、宗教めいた話をすることはタブーだったので、あまり人と交流せずに過ごしてきたそうだ。村に流行り病が広がったのは最近だが、恐れに駆られるともっと状況は悪くなる。綺麗な水で身体を浄化し、身体に備わっている癒やしの力に目を向けるように助言していると、魔女扱いされて、すべての災厄の源とされてしまったという。
そうした話を聞いて、ぼくらの時代に起こったパンデミックについて思い出さないわけにはいかなかった。
そして、彼女と別れると、いつのまにか誰もいない村になっていた。倒れた処刑人の姿もなく、最初から誰も存在していなかったかのような村に様変わりした。
ジエルはたいまつの火を使って、処刑場所の薪に火をつけた。そして、誰もいない、十字架が燃やされた。
「過去生の事実は変わらないけど、過去生は浮かばれたはずさ」
ジエルの頬はオレンジ色に照らされ明滅していた。
「魂はすべての過去生の人生の記憶を宿しているけど、人間の人生というのは艱難辛苦だらけだからね。後悔や苦しみのエネルギーをたくさん蓄えてる。神から受け継いだ『愛』があればそうした過去生のエネルギーも浄化できるだろう」
ぼくは、地面に座った。
「後悔や苦しみって、悪魔のせい?」
ジエルはアンをちらっと見た。
「いや、そうともいえず、天界から人間を観察しているとさ、苦しみを望んで創造してるようにも見えるんだ」
「どういうこと?」
「自分のことが嫌いで自分を痛めつける創造をしたり、人にかまって欲しくて病気を創造したり、成功には苦労はつきものだと思って障害を創造したり、不思議なものさ」
もしそんなことが繰り返されているなら、破滅の力で終わらせることも悪くないように思えた。
「終わりがないことのほうが地獄なのかも」と、ぼくはつぶやいた。
アンが近づいてきて、「そう。失ったり、死んだりすることで、苦しみに区切りをつけ、解放されるのよ。どうして人は死を感謝しないのかしら? どうして失うことの素晴らしさがわからないのかしら」と熱を込めて訴えた。更に続けた。
「愛があれば、幸せになれるってさ、幻想なのよ。なのに天使たちは、ずっと愛にこだわりつづける。人間にも転生しないくせに、外から愛だの奇跡だのいってくる。悪魔も人間たちをそそのかすけれど、天使たちもそそのかしてるといえない?」
ジエルは、天使を代表してすぐに言い返すと思いきや、口をつぐんでしまった。どうやら天使たちにも長い葛藤があるようだ。
辺りは暗くなり、目の前の火の光は小さくなりながらも、持続していた。
「さぁ、ドラゴンはこんなところにいないわよ」と、アンはせかしたが、考えているうちにうつらうつらしてきて、意識が遠のいていった。




