第五章「過去の洞窟」
「ここはどこ?」
アンがたずねた。そこは、さっきの学校の屋上となんら変わらないようだった。ぼくはなにかが失敗したのかなと疑った。ジエルは辺りを見回しながら、そのエネルギーを感じていた。
「たぶん、学校だろうね」
おいおい、君が魔法のような方法で連れてきたくせに、ずいぶん無責任だな。という視線を感じて、ジエルは弁解しようとしたが、アンがしゃべり始めた。
「てっきり十四才の日本人だったら、RPGゲームのような世界に来るんだと思った」
ジエルはてくてくと歩き、屋上のドアを開けた。
「っぽいよ」
ドアの先は洞窟となっていた。
「たいまつかなにか出してよ」と、ジエルは気軽に聞いてきた。
アンが笑った。
「たいまつって、古っ!」
「洞窟といえばたいまつだろ! 現代のゲームにはあるんだよ。さてはおまえ知らないな」
「知ってるわよ、わたしだって、ゲームくらいしたことあるんだから!」
変ないがみ合いが始まった。ぼくは割って入った。
「いや、いつもぼくを置いていくよね。なにか出してって、どういうことさ? ぼくが十四才なのとなにか関係あるの? あのさ、だいたい説明不足が多いんだよ!」
ジエルは笑った。
「ああ、ごめん。え、なに、怒った? いや、だって、ドラゴンは人間の心の中にしかいないんだから、君の心の中にポータルをつくるしかないじゃん?」
そういうと、アンは腕組みをして、うなづいた。
「やっぱり、ドラゴン探しに行くのね」
いってもいわなくても大差ないという表情で、ジエルは一通りの説明をしてくれた。つまり、ドラゴンは心の中にいるものだから、ぼくの心から具現化された次元へとポータルを繋いだ。ぼくの心の中なので、ぼくの趣味や関心や価値観を反映しているらしく、念じれば懐中電灯を出すこともできるそうだ。明晰夢と呼ばれる、夢の中で夢だと気づいている状態に似ている。
ジエルとアンは、外側から入っているので、ぼくの念によって彼らを動かしたりはできないが、曼荼羅に踏み込む際にこの次元に介入することを承諾しているので、この次元の影響は受けてしまう。つまり、真っ暗な洞窟に入れば、彼らも真っ暗でなにも見えない。
ぼくは、懐中電灯を出そうとしたが、うまくいかなかった。ジエルは首をかしげた。
「君は、三代前の前世で明晰夢に慣れていたから、それくらい簡単だと思ったけど、やっぱり輪廻転生は難しいものだな」
「別に、なにか出さなくても、見えると思えばいいのよ」
アンが助け船を出した。すると、洞窟のなかが、なにに照らされるでもなく、ぼくらに見えるようになった。アンは得意げに、ぼくの手を握り、洞窟へと進んでいった。
「おい! そいつ悪魔だからな、忘れるなよ!」
ジエルも逃すまいと後ろに続いた。
洞窟のなかには、たくさんの写真が額に入れられて飾られていた。それらは、ぼくの思い出で、懐かしさにたびたび足を止めた。アンは、写真をのぞき込んで、興味深げにぼくの思い出話を聞き、その笑顔には悪魔だということを忘れさせる優しさがあった。
ぼくは密かに、こう思っていた。アンが悪魔だといっても、人間に転生して、人間の心を持っているのではないか。優しさや思いやりがあるのではないか、と。だから、世界の破滅をもたらそうとするなんて、到底信じられなかった。
ぼくはできるならアンと一緒にいたいと思っていた。その背後で、ジエルが、鍾乳洞の尖ったつららを右手に持って、静かに近寄った。そして、振りかぶると、アンがぱっとジエルのほうを向いた。
「百パーセント、堕天使になって、この場から消えるけど、あなた正気?」
ジエルの手が止まり、ぼくはなにをしようとしていたのかを察して、恐怖を感じた。
「いやぁ~、それでお前を止められるならアリかなと思ったんだけど、闇に堕ちたくはないな~」
ジエルはつららを放り捨てた。ジエルは本気ではなく、アンを牽制し、ぼくが誘惑に負けないよう脅しをかけたんだと思う。みんなで仲良くしようといいたかったけれど、かなり場違いな発言かもしれないと思って飲み込んだ。




