第三章「天使の転校生」
なにもかもがぼんやりとするなか、しかし、アンの言葉や神様の言葉が、リピート再生されるなか、制服を着て、学校へと向かった。どうせなら、普通の人間の普通の人生でいいよという思いも強くあった。魂の歴史なんて知らないし、今のぼくには関係ないじゃないか。重い責務を押しつけてくるなよ。
教室に入ると、意外にもアンが登校していた。そして、ぼくを見るなり、声をかけてきた。
「なにその顔? わたしだって、転生して人間になってるんだから。それに、あなたの様子もしばらく見ないとね」
ぼくはなにもいえず、ただ席に着いた。アンは背後でクスクス笑ってるようだった。ぼくがアンと話すものだから、クラスメートから肘でこづかれたりしたが、それどころではなかった。というか、教室に悪魔がいるわけだ。
悶々と考えていると、いつのまにかホームルームが始まっていて、担任が転校生を紹介していた。
金髪のスラッとした高身長の男性は、KPOPアイドルのようで、クラスの女子が色めきだった。もしかするとと思って、後ろを振り返ると、アンが苦々しい顔で転校生を見ていたので、天使の転生者だと確信した。転校生だなんて、こんな漫画みたいな登場の仕方をするんだな。
彼の名前は笑ってしまうようなキラキラネームだった。
「遠藤ジエルです。みんな、よろしく~」
ノリも芸能人のようだった。
昼休みに、ジエルを食堂に連れて行った。なかば腕を引っ張るかのように。うちの学校は私立校で、大きな食堂があり、そこで注文する人もいれば、教室で弁当を食べている人もいる。
券売機の前で「あ~、ごめん、どうやって注文するの?」とか「うどんとカレーどっちがいいかな?」とか、普通の中学生のように聞いてくるジエルに少し腹立ちながら、できる限り周りに人がいない隅っこの席に座った。そして、今まで我慢していたように唐突に切り出した。
「あのさ、君、天使だよね?」
「あ、うん」
「どういうこと?」
ぼくの質問に、意味がわからないという感じで、彼は答えた。
「いや、おれのほうこそ、どういうことって感じだよ。幸せな中学生活を送っていたのに、突然自分が天使であることを思いだして、いきなり転校するわ、変な任務押しつけられるわ、マジで迷惑なんだけど」と、ふてくされた顔をした。
「あ……それは申し訳ない」
「そうだよ。君が悪魔に騙されなければ、おれは自由気ままな人間生活を送れていたんだ」
英語にspeak of the devil(噂をすれば影)という言葉があるけれど、気づくと佐藤アンが立っていた。
「隣いいかしら?」
そうして、アンはパスタの載ったトレーをテーブルに置いて、席に座った。ぼくらは顔を見合わせた。
「なに? ペペロンチーノ食べちゃまずい?」
いや、そういうことじゃないだろう。学食で、天使と悪魔が目の前にいるという、カオスをどう表現したらいいだろう? しかし、ジエルとアンは、動じることなく、話し始めた。
「いや~、ここでは佐藤アンだっけ? うまくやったよね。神から一通りの映像は見せられたけど、いたいけな中二をたぶらかして、ひどいなぁ」
「なにいってんの、わたしも中二、あんたも中二じゃん。おっさんみたいなこといわないで」
端から見れば、芸能人みたいな美男美女が話しているわけで、みんなが遠目に注目しているのがわかった。天使と悪魔という、非現実的な対峙よりも、ルックスが突き抜けている二人のそばに平凡きわまりないぼくがいるという事実の方が気になった。
「あんた、なにを企んでるの?」とアンが聞いた。
ジエルはけだるそうに答えた。
「おれだって、面倒くさいんだよ。だけど、真面目にやんないと、堕天使呼ばわりされるんだ、仲間たちにね」
耳を疑った。神様から使わされて、面倒くさいとかいうんだ。というか、天使にも面倒くさいとかあるんだ。
「論点がズレてる。なにを企んでるのって聞いてるの?」
アンがゆるめず聞く。
「君にいう必要なくない?」
ジエルがすれた言い方をして、アンは肩をすくめた。
「OK。いずれわかるわ。わたしと彼は付き合ってるんだから!」
アンは高らかにそう宣言して、一瞬食堂が静寂に包まれた。はぁ? なにをいってるんだ? 否定の言葉ひとつ出せないまま、アンが続けた。
「そうよね? わたしたち、昨日キスしたし」
今度は食堂にどよめきが起こった。ジエルも、あっけにとられ、のけぞった。そのあとの記憶がぼくにはない。しかし、ぼくとアンが付き合っていることや、ジエルを加えた三角関係について、様々な尾ひれをつけて学校中に広まっていったようだ。ぼくたちは、時を置かず旅に出たので、実際のところ、そんなことを気にする暇はなかった。




