第二章「悪魔の転校生」
中学校に上がり、神様との神秘的な出会いも夢だったのだろうかと疑うようにもなり、何の変哲もない生活を静かに送っていた。相変わらず物事への興味は薄く、しかし周りの人や社会のことは客観的に冷めた目で観察できるのだった。「地上のすべてのことが小さく思える」という言葉通りだが、それが『愛』となんの関係があるのかわからなかった。むしろ、友達に対しても付き合いが悪くなり、自分以外の人を見下す姿勢すらあった。
そして十四才になり、中学二年生になったとき、海外から転校してきた女の子によって突然目が覚めるような衝撃を受けた。その子は、イギリス人と日本人のハーフで、髪は黒色の混ざるシルバーブロンドのショートカットで、銀色の目をしていて、映画女優のように美しかった。ぼくはその子に一瞬で恋をしてしまった。
すると、毎日が楽しくなり、学校に行くモチベーションになった。彼女の名前は佐藤アン。アンはすぐに人気者になった。ぼくとは違う意味で、人を見下しているところがあるものの、その圧倒的な優越感は、カリスマそのものだった。ぼくのような学校で目立たない生徒には、話しかけることもできない存在だったのだが、視界に入るだけで幸せだった。
もしかしたら、これが『愛』だろうか? 好きだという思いが、『愛』を体験することだろうか?
直感的に、アンは神様が送ってくれた特別な人で、この人と愛し合うことで、愛を体験するのだろうと思った。すると、運命のように感じられて、自信が沸いてきた。まるで行動力のないぼくだったが、放課後二人きりになれる瞬間を待っていた。
アンが誕生日を迎えたある日。プレゼントをたくさんもらったものだから、帰る時間まで職員室に預けていて、それらを受け取って戻ってきたときがチャンスだった。
彼女は、教室で待っているぼくを見て、プレゼントを渡すんじゃないかと思っただろう。
「なにか用?」と聞いてきた。
彼女はまっすぐにぼくを見た。こんなにも目と目が合うのは初めてなくらいで、ぼくは緊張して口ごもってしまった。なにもできないものだから、彼女は目線を外し、カバンを取ろうとした。ぼくはとっさに、「ぼくは愛を与えたいんだ」といった。
するとアンは、数秒止まり、大きく笑い出した。ぼくも、わけのわからないことをいってしまったと思い、恥ずかしさの極致だった。
そしてアンがまた視線を向けると、こういった。
「わたし、あなたのこと、よく知ってるのよ。わたしは、愛はいらないけれど、あなたにあげたいものがあるの。受け取ってくれる?」
よくわからないけれど、イエスという言葉しかなかった。だって、好きな子と話ができて、なにかをくれるというんだから、嬉しい以外にない。そうして、アンは近づいてきて、ぼくの目の前に立った。
「目をつぶって。受け取る準備をして。今からあげるから」
身体のほとんどが心臓になったかと思うくらい心臓の鼓動が全身を揺らし、目を閉じた。こんなことがあっていいんだろうか? けれど、これが『愛』に違いない。そして一瞬、神様と会ったときの銀河を思い出して、同じような壮大で不思議な気持ちになった。そして、次に感じたのは、確かにアンの唇の感触だった。
目を開けると、アンはややうつむきがちに、笑みを抑えながらこういった。それは同い年とは思えない大人びた笑みだった。
「あなたに手形を渡したわ。これは『破滅』の手形。もう、取り消すことはできない」
ぼくは、冷たい帳がさっと降りたように感じた。
「わたしは悪魔。サタンを祖とする分身よ。あなたが神を祖とする神の子であるように。
あなたが『愛』を広げるのを阻止するために狙っていたの。これで『破滅』の手形は刻まれた。あなたがまだ『愛』を知らない子供だったのが幸いしたわ」
アンは息がかかるほどの距離でそういった。
のちに、聖人に悪魔の誘惑がつきまとう逸話があるのを知ったが、ぼくは信じられない思いで、アンの言葉を聞いていた。
「ぼくは、どうなるの?」
「あなたのなかには『愛』と『破滅』の力がある。それは、与えて増やす力と、壊して消滅させる力。お互いが相殺して、あなたはどちらの力も優勢にすることはできないでしょう。普通の人間のように暮らして、寿命で死んでいけばいいわ」
そういって、アンはいなくなった。
これがどれだけ重大なことか、魂はよく知っていた。何万年も輪廻転生しながら、ついに神様に出会い、宿願の贈り物をもらったというのに、ぼくはその努力を台無しにしてしまったのだ。
ぼくはその夜、自分の奥深くで感じる絶望にうちひしがれながら、気絶といっても過言ではない睡眠に落ちた。
くすんだ銀河のなかにぼくは浮かび、目の前には光があった。
「神様……。ぼくは失敗したようです」
力なくつぶやいた。
「まだ希望を捨ててはいけません」
神様は優しく語った。
「たった一つ、『破滅』の手形を取り消す方法があります。ドラゴンの炎だけが、焼き払うことができます。ドラゴンに会いに行きなさい」
ぼくは麻酔でもかかっているかのようにぼんやりと話を聞いていた。
「ドラゴンは、人間の因縁を焼き払ってくれます。人間は過ちを犯すもの。過ちを清算してくれるのがドラゴンです。ドラゴンの居場所は人間によってすべて違うため、簡単ではありませんが、それしか方法はありません。あなたにガイドをつけましょう。天使の転生者があなたの前に現れます」
そして二度目の神様との面会は終わった。
まだ自責の念に吐きそうな思いをしながら、朝目覚めた。ぼくの人生の最大の試練はこうして始まった。




