第十四章「ひとりぼっちの聖戦」
ジエルの体力がすっかり回復した満月の晩、ぼくらはまた学校の屋上で、次元のポータルをくぐった。今度はアンはいない。アンは学校にも登校せず、ずっと行方がわからなくなっていた。
前回は、ぼくの過去生の後悔を浄化させるような旅だったが、今回はドラゴンの神殿に直結だった。
「二回目は楽だな。ドラゴンの場所をすでに見つけてるから、すぐに繋がったぞ」
ジエルは安心したようにいった。
「アンは、どうしたんだろうね?」と、ぼくはぼそっと口にした。
ジエルはぼくの心配や未練のことをよくわかっているだろうけど、「さぁ、どうしたんだろうな」と、まるで友達のささいな相談を聞いてるかのように答えた。
ぼくの腹は決まっていたから、恐怖はなく、階段を上り、神殿の奥へと歩いて行った。しかし、いつまで経ってもあの巨大な姿は見えず、うなり声もいびき声もしなかった。遂には祭壇の間までたどり着いたが、そこにはドラゴンがいなかった。さすがにジエルも予想外だったようだ。
「ドラゴンは隠れるのがうまいというが、まさか隠れ場所を変えたのか? アンやルシファーが介入してきたことを考えると、向こうサイドにも場所が割れていたからな……」
しかし、どうするあてもなかった。前回は、過去生の物語に区切りがつくと、時空間が変化したけれど、ここには誰もいない。道を引き返して、神殿の入り口まで戻ったが、前にあった作戦部屋へと続く光る扉もなかった。まるで洞窟に閉じ込められてしまったようだ。
「たぶん、これはぼくの問題だ」
ぼくはそういい、ジエルを入り口に残し、ぼく一人で再度祭壇まで歩いていった。変わらずドラゴンの姿はないが、意味もなく祭壇があるのはおかしい。祭壇は神に捧げたりするためにあるのだろう。ということは、これが飾りでなければ、なにかに繋がっているだろう。
ぼくは祭壇の前にひざまづき、自分の心の中を打ち明けた。『破滅』の手形と一緒に、自分自身を焼き払ってほしいことを伝えた。
すると、声が聞こえた。それは神様の声だった。
「それはできません。人間としての人格と肉体がなければ、手形はなんの役にも立ちません。『愛』の手形は、人間界において神の愛を直接具現化できます。『破滅』の手形は、人間界において闇と消滅を直接具現化できます。あなたがいなければ、そのどちらも具現化することはできません」
絶望的な言葉だった。
「ぼくじゃなきゃダメですか? ぼくはいなくなってもいいんです」
「あなたの魂は望んでいません」
「ぼくの魂なんて知りません! どこにいるんですか? 感じたこともない! 話したこともない!」
ぼくの感情は堰を切ったようにエスカレートしていった。
「あなたと常に一緒にいます。あなたは魂を感じていますし、話をしています」
「いや、わからないんですよ、ぼくはなにも感じていない」
「あなたが今いる場所も、あなたの魂のなかです。あなたは魂の記憶を見てきて、実際にその記憶も変化させました」
「ぼくはまだ普通の中学生です!」
ぼくは、喉をかきむしるような叫び声をあげた。
「しばらく、あなたの魂とともにいなさい」
その声を最後に、神様の声が聞こえなくなった。
ぼくは祭壇の広間に一人座って、それから長い時間が流れた。この場所は、温かいと思えば温かさを感じられたし、冷たく孤独だと思えば、そうも感じた。アンのことを尋ねてもなにも変化はなかったけど、自分の生まれてからのことを思い出そうと思えば、いくらでも思い出せた。
魂は、ぼく自身のことに反応し、答えを与えているようだった。常に一緒にいるとはそういうことなのだろうか? ぼくの肉体を動かす生命力を与え、経験をもたらし、経験を記憶する。神が創造を始めるために、14万4千に別れたその瞬間から、永遠とも思える旅を始め、人間に宿るようになってからはその人生と創造をずっと支えている。
ぼくらが火あぶりになっても、落ちぶれても、絶望しても、その通りに生きる経験を与えてくれるだけだ。魂は介入できない。操作できない。ぼくらの意志の成すままだ。ぼくらは自由だ。しかし、神の源を離れてから、いつかまた神と再会することを願ってきた。それだけが魂の唯一の意志だ。
守護霊や守護天使たちも、同じようにぼくを支えることしかできない。ぼくの意志なんかかまわず、命令して、やらせれば、ぼくも楽だろう。親や先生がするように、ぼくの人格や思いを無視して、こうしなさい、ああしなさいといえば、ぼくは楽だろう。
けれど、魂も、彼らも、どうしてかぼくの意志を絶対的に尊重する。だから、ぼくが死にたいと強い意志を固めれば死なせてくれるだろう。しかし、それで本当にいいのかと、問いかけてくれている。
魂や彼らにある、この意志の尊重と支えこそ、愛だと思う。そして、どんなはかない人生でもどんな醜い人生でも、その個人の意志が絶対的に尊重されるというのは偉大なことだ。
ぼく自身であることを一番蔑ろにしているのは自分なのかもしれない。神様であっても、魂であっても、偉大な天使であっても、ぼくという一人の人間を尊重しているのは、とても意外なことだ。人間なんて、いくらでも生まれてきては死んでいる。悪い人間、価値のない人間もたくさんいると思える。けれど、人間たちを支えている、彼らの魂や守護天使たちは、どこまでも愛を送りながら、意志と人生を尊重している。
確かに苦しいことばかりだし、悩むことばかりだし、疑問ばかりで正解もわからない。魂や守護天使たちも、もしかしたら、もっと直接的に助けたいのかもしれない。ぼくらの間には次元の壁があり、人間側からは、彼らのことはさっぱりわからない。彼らからは、ぼくらのことがよく見えている。もどかしさもあるだろう。だからこそ、直接影響を与えられる手形は貴重なのだ。
ドラゴンが現れたとしても、今のぼくには『破滅』の手形を焼き払ってもらう意志はあっても、『愛』の手形を携え続ける意志がなかった。せっかく不死鳥に復活してもらったのに。自分自身を焼き払ってもらうと、手形は意味をなくしてしまう。ぼくは途方に暮れて、長い時間を過ごした。その時間は一人で考えるべき時間だった。
そして、最終的な結論に達したとき、神殿の階段を降りていった。




