第十五章「ぼくの意志」
ぼくは、ジエルの顔を見て、「帰ろう」と声をかけた。
ジエルは、「帰ろうだって?」と驚き、「ドラゴンをどうするんだよ」といった。
ぼくは、作戦会議室に行きたいといい、ジエルに部屋を繋いでもらった。助言をもらいたいからではなく、ぼくの意志を聞いてもらうためだ。ぼくは、作戦会議室に入り、多くの過去生、守護霊、守護天使たちが見守る中、演説を始めた。
「どうかこのまま時間をください。ぼくは、『愛』であっても、『破滅』であっても、どちらを行使するにも未熟すぎます。今は、二つが相殺するバランスを保ったまま、もう少し普通の人間として生きてみたいのです」
静まりかえる聴衆のなか、紫の帽子のマダムが、ぼくを抱きしめた。
アトランティスの老人もメンバーに加わっており、立ち上がり、「愛を学ぶには時間を要する。ご容赦くだされ」と弁護してくれた。
シルクハットの紳士が拍手を送り、他のメンバーも続いて拍手した。
一人の天使が立ち上がり、「では十年の時間を与えるのはどうだろうか?」と提案した。 ヒゲの長い男性が「私の計算でも、十年が適切かつ限界の時間だと出ています」
ということで、十年間の時間が与えられるということで、決着した。これは制限でも命令でもなく、彼らの算出した時間であり、彼らも時間がかかることを理解していた。
マダムは「レキシルがいるから大丈夫よ」と、ぼくを励ました。
ジエルは、「それならおれは、もう一回忘れて、十年後にまた目覚めるよ。うるさい教育係がいないほうが、人間としての人生を楽しめるだろうし、おれも天使の記憶が目覚めるまではミュージシャン目指してたみたいだから」といった。それは予想しない言葉だった。
十年後に、ジエルはまた天使の記憶を思い出し、再度ポータルを開いて、ドラゴンに依頼する。そのときまでに、人間としての人生を謳歌しながら、愛と破滅について、そして地球と人間についてぼく自身が学びを深め、自信を持って『愛』の手形を行使できるように成長する。そうしたことを決めて、ぼくとジエルは部屋を出た。
「戻ったらおれは、一旦記憶をなくすけど、たぶん友達として仲良くできるよ」と、ジエルは軽くいった。
「大丈夫なの?」
「なんだってオーケーだよ。忍耐強いんだよ、みんな」
笑っちゃうくらい、普通の感じで会話していた。
「それにしてもミュージシャンとはね」
「君もやるかい?」
ぼくらは光の廊下の先で、光る曼荼羅を見つけ、そこに立ち、光に吸い込まれた。
気づいたときには、学校の屋上で、ぼくは一人だった。
そして、ぼくの世界に日常が戻ってきた。胸の奥に、地球の行く末を左右する『愛』と『破滅』の手形を秘めたまま、小さくて取るに足りない中学生の人生がここにある。
翌日、ぼくはクラスで人気者となっている遠藤ジエルを見つけて話しかけた。本当に記憶が消えていて、彼は普通の人間に見えた。イケメンでひときわ目立つのを除けば。
昼休み、二人で食堂に行った。ジエルはうどんを頼み、ぼくはカレーを頼んだ。
テーブルについて、食べ始めると、ペペロンチーノをもったアンが隣に座った。
一気に胸に熱いものがこみ上げた。
「アン!」
アンはちらっと見て、こういった。
「誰?」
それは冷たい目ではあったが、中学生っぽい反応でもあった。
「ぼくのこと覚えてないの?」
「は? 悪いけど、わたし、ちょっと記憶喪失気味で、なんかしちゃってたらごめんなさい」といった。
どうやら、アンも悪魔としての記憶をなくしてしまい、ジエルと同じように普通の人間となってしまったらしい。それが悪魔たちの懲罰なのか、彼女の意志なのかはわからなかったが、ぼくにとっては愛を学ぶ上で、最高の状態だった。今度は本当に、利害関係なくぼくのことを好きになってもらいたい。
一体、どこからくる勇気なのか、「ぼく、君のことが好きなんだ」とカレーを食べながら告白した。
「は、キモ」
アンは不愉快な顔をしたけれど、そのあと三人で食事しながら話は弾み、なんだか意気投合した。ジエルは「バンドやろうぜ」とかいってたけれど、全く重荷を背負っていない二人を見ると、この結論も良かったのではと思えた。
地球の人口は増え、戦争は依然としてあるし、環境破壊や飢餓や貧富の差や差別など、途方もない問題が存在することを思えば、ぼくらの人生は、過去生の人たちと比べても軽すぎるかもしれない。将来の夢とか恋とか成績とかは、悟りの過程で、何代もの過去生たちが手放してきたものなのかもしれない。けれど、ぼくにはそうしたことも大切だと思えた。
確かに、初めて神様と会ったときの、銀河きらめく無限の宇宙の壮大さと比べたら、とてもとても小さなことだけど、そうした星屑がたくさんあるからこそ宇宙が美しいように、ぼくはぼくだけの星を宇宙の中に一つ光らせたかった。わがままかもしれないけれど、そうする時間がほしかった。
十年後、どうなっているかはわからないけど、わからない未来も楽しみにしながら、ぼくはぼくとしての人生を豊かにしていきたいと思う。そして、十年後の物語を、君も楽しみにしてもらえるなら光栄だ。
終わり




