第十章「偉大なる作戦部屋」
気がつくと、体育館ほどの大きさの洞窟のなかで、そこには古い石柱が立っており、中は神殿となっていた。神殿の階段の先、約百メートルの距離に、赤黒い巨大な物体があった。とても近寄りがたい存在感なのだが、近寄らないといけないと感じた。なぜなら、ドラゴンに違いなかったからだ。周りを見ても、ジエルもアンもいない。声を出して呼びたくても、ドラゴンに気づかれるのは恐ろしい。鍾乳洞のポタポタと落ちる滴を聞きながら、途方に暮れた。
意を決して近づいてみようと歩を進めた。一歩近づくたびに恐怖を感じた。階段の前まで来たが、一段上がる勇気が出なかった。
後ろから自分を呼ぶささやき声が聞こえた。ジエルだった。ポータルのときのような光る扉がそこにはあり、扉を半分開けてジエルが手招きしていた。
「まだ早い。戻るんだ」
その言葉を聞いてほっとして、急ぎ足で戻っていった。そして、扉のなかに入り、ジエルは扉を閉めた。
光の回廊というべき、神秘的な場所が伸びていた。歩きながら、「アンは?」と聞いた。
「わからない」とジエルは答えた。
アンはどこに行ってしまったのだろうか。もう戻ってこないのだろうか。他の悪魔たちのところに行ってしまうのだろうか。対立していたので、やつらの仲間にはならないだろうけど。悶々としてきたら、ジエルはぼくの背中をたたき、「まぁまぁ」となだめた。ぼくは顔を上げた。
「あそこにいたのはドラゴンじゃないの?」
「ドラゴンだよ」
「なんで行かないの? ドラゴンが目的でしょ?」
そういうと、ジエルは口をきゅっと結んだ。
「君はあれだよ、恐怖を感じてたろ?」
「そりゃあ……」
「恐怖は愛と真逆の感情だからな、そのまま行くと、手形の取り消し以前に、ドラゴンに痛い目に遭わされるだろうね」
「どういうこと?」延々と続く光の回廊を歩きながら話を続けた。
「まぁ、わかりやすくいうと、人間って恐怖に駆られているときって、人生もうまくいかなくて、悪いことばっか起こり続けるものだろ? あれって、いってみればドラゴンによる攻撃が現実化してるってことなんだよ」
ぼくは、よくわからず、目をパチパチさせた。
「あぁ。まだ十四才だったね」
「いや、いってることはなんとなくわかるんだけど、なんで怖がってると悪いことが起こるの?」
「う~ん、最近人間たちは、いい言葉を見つけたね。『引き寄せの法則』って知ってる?」
ぼくは首を振った。
「あぁ、そう? 人生はその人の思考や信念によって磁石のように似たものを引き寄せるっていうやつ。恐怖ばかりが内面にあると、人生経験にも恐怖の体験を引き寄せるのさ」
「へ~、そうなの?」
「まぁ、実際はそんなにシンプルではなく、いろんな要因が絡まってはいるけれど、恐怖が人間の人生を苦しいものにしているというのは真実だよ」
光の廊下の先に、もう一つ光の扉があり、開くと10m四方ほどの四角い部屋があった。巨大な四角いテーブルとその周りにずらっと椅子があり、その椅子にはたくさんの人が座っていた。何人かは翼があり、白い装束をまとっていた。
ぼくは立ち止まり、凝視した。
「ここは……?」
ジエルは、空いている席に、あたかも自分の決まった座席であるかのように座って、こういった。
「作戦会議室だね、君の」
座っている人たちの目線にたじろぎながら、ジエルの座る背もたれをつかんだ。
「どうしたんだよ、緊張してるのかい?」と、含み笑いしながら、ジエルはいった。
「この部屋にいる存在は、みんないつも君を見ているよ。彼らは守護霊ともいわれる。君の人生に関わった先祖だったり、君の過去生だったり、天使もいる。なかなかのラインナップだよ。君はまったく知らずに生きてきたけどね」
見渡すと、ヒゲの長い男性や、ドレスを着た女性、民族衣装を着た人や、インディアン、シルクハットをかぶった紳士、修行僧、鎧を着た武者など、たくさんの人たちがいる。
一人の天使が席を立ち、声を上げた。
「帰還した神の子、人にして覚醒したマスターに拍手を!」
全員が笑顔で、盛大な拍手をした。
シルクハットの紳士が立ち上がり、うやうやしくシルクハットを取った。
「ここにいるすべてのもの、またここにいない過去生のものたちすべての功績である!」
また拍手が起こった。改めて思ったが、ぼくは本当になにもやっていない。ここにいる人たちは、見るからに人生の荒波を乗り越え、たくましく、知性があり、オーラが違う。自分にはこの拍手を受ける資格などない。
その心の声が聞こえたかのように、小太りの男が立ち上がり、皮肉っぽくいった。
「もちろん、君はたったの十四年しか生きておらず、親や先生のいうことばかり聞いてきた自我にちょっと自覚が生まれた程度だ」
周りから笑いやブーイングが起こった。
「しかし、気にするでない。我々の魂は悠久の時を生きてきた。その歴史すべてがわたしたちである。貴殿には貴殿の役割があり、それは誇り高き仕事だ。我々はその仕事を応援するために集結している!」
拍手が起こった。盛り上がりにまったくついていけないぼくは正直部屋から逃げ出したかった。今度は魔法使いのような帽子をかぶった女性が立ち上がった。
「問題はドラゴンにどう近づくかでしょ? 必要なのは恐れを凌駕する、勇気と安心よ。あなたは一人ではないわ。わたしたちが味方なの。臆せず行ってきなさい!」
また拍手が起こり、天使の一人がすっと浮かぶように立ち上がった。
「悪魔の妨害に気をつけなさい。『愛』の力を信じ、『破滅』を取り消す意思をもちなさい」
温かく、また懐かしい空気をどこか感じるものの、ぼく自身は盛り上がりに引いていた。魂からすれば、こうやって勢揃いして、ぼくにエールを送るのは4万年の悲願なのだろう。できるなら、このありがたみがわかる年齢まで成長していたかった。
ぼくはジエルの隣の席に座った。そこから、いかにドラゴンのクエストを成功させるかの作戦会議が始まったが、正直全然頭に入ってこなかった。
ジエルは、「人間には守護霊や守護天使がついていて、こうやってあれこれ議論してるんだけど、人間にはその声は聞こえないんだ」と説明しながら全体を見た。
「それって意味あるの?」と、ぼくは聞いた。
「夢のお告げやインスピレーションで、少しは伝わるわ」
逆隣に座る、厚い唇と紫のツバ付き帽子が印象的なマダムがそういった。
「ほんの少しでも、わたしたちにとっては意味があるのよ」
それから、ジエルは作戦会議に集中しはじめ、マダムがぼくにいろいろと教えてくれた。
マダムは250年前の人格存在で、裕福で社交界を賑わせたという。幼い頃から霊感があり、そのことは人にあまり話さなかったが、悟りを目指している他の魂の人間たちと出会ってからは、スピリチュアルな学びや修行に没頭したという。当時も何人かは、悟りに達した人もいたが、ほとんどが輪廻転生を卒業できることに喜びすぎて、すぐに身体を捨ててしまった(つまり死んだ)ので、人類のために『愛』を広げるという使命を背負うものはあまりいなかったそうだ。マダムの時代では、サン・ジェルマン伯爵という人が、死なずに人間たちを導いていたという。だから、彼は不老不死だという噂が流れていた。
マダムは悟りに達することができなかったのか聞いた。ぼくはほとんどなにもしていないけれど、本当はとても難しいことなのか興味があった。
「あと一歩までいってたから、可能性はあったわね。でも、わたしはあるとき未来を見てしまったのよ。とてつもなく巨大な建物、ファッショナブルな服装、はるかに進んだテクノロジー。それを見たら、まだ輪廻を続けた方がいいと思えたの。地球と人間は、とても制限されていて、愚かなことを繰り返しているけれど、とてつもない可能性をもっているじゃない。その世界を人間の身体で体験できるのは素晴らしいことよ」
マダムは少し感傷的に、穏やかな口調で語った。
「よし、いこう」と、ジエルは立ち上がった。
まだ熱い議論がされているようだが、大丈夫なのだろうか?
「結局、君が恐れに負けず、勇気りんりんドラゴンに立ち向かうってことだけだから」
「え、誰か強そうな人も一緒に来てくれない?」
マダムがぼくの背中に手を当てた。
「わたしたちはこの領域にしかいられないの。あなたの次元に直接関われるのは、人間の身体をもつレキシルだけよ」
ジエルの天使としての名前はレキシルらしい。
「なにか武器とかもないんですか?」
「武器なんていらないわ。とにかく恐れに負けない愛と勇気よ」
そんなのでうまくいくのは漫画だけじゃないかと思ったが、ある意味スピリチュアルなものって、愚直でシンプルなのだろう。
それはさておき、部屋にいる偉大なる存在たちが、ぼくたちを見送ってくれた。部屋の扉を閉じると、扉は消え、光の回廊をまた歩き始めた。
ジエルは作戦会議で出た、最も大きな懸念について念を押してきた。
「アンがどこかで邪魔をするに違いない。アンがどんなことをしても、どんなことになっても、ドラゴンに『破滅』の手形を焼いてもらうまでは惑わされないように」
アンを助けに行かなければいけないのでは、と引っかかっていたくらいなので、また目の前に現れるならよいことだ。




