【動刻】
- 薄暗い部屋 -
〈目覚めると、手にはいつもこの本が握られていた〉
見回しても何もないこの部屋では、時間を潰すには本を読むことしかない。
読みふけっていく内に、何か大切なものを手に入れたような、あるいは失ったような気持ちになる。
そうして読み進めた挙げ句、物語はいつも〈2026年7月2日〉の文字を最後に空白となる。
「あぁそうだった。いつもここで終わるんだった」
次のページをめくろうとしていた指は自然と本から離れる。
いつしか自身を物語の主人公に置き換え、その人生を歩んでいたことで、まるで自身の人生もそこで終わってしまう感覚に陥り、その度に諦めに似た溜め息をついていた。
いつもならここで本を閉じ終わらせていた。
だが何故だろう。
どこからか高鳴るような鼓動を感じるのは。
こんなことは初めてだ。
〈キィィ…〉
今まで何をしても開くことのなかった部屋の扉が僅かに開く。
そう…そうか。
ようやくこの螺旋に終わりがくるのか。
ソッと立ち上がると座っていた椅子に本を置き、扉に向かって歩き始める。
「この果てにどんな結末が待っているとしても、これが最後ならば少しだけ近くで見届けさせてもらおう」
〈パタン〉
扉が閉まった部屋は、まるで役目を終えたとばかりに消失していく。
- ある山の頂 -
〈ようやくか…幾千、幾万を経てようやく芽吹くか〉
顛末がどうであれ、我等の役目もここまでだ。
この先は…彼の子らに託そう。
思い吹ける老人に「永い時、お疲れ様でした。アレもそろそろ来ますでしょう」と、後ろに佇む者が言う。
「うむ…主らにも礼を言わねばな」
「お気になさらず」
「種を蒔き、宿命を与え、万物を創る。ようやく成るのですね」と遅れて来た者が声をかける。
「遅いですよ。何をしていたのですか?」
「見て回っていただけ。何だかんだ言ってもいざ離れるとなるとね」
「確かに、複雑な心境ではありますね」
「見届けるには間に合わず、されど想い残さずゆけるとなれば…」
老人は満足した表情で山の下に広がる大地を見つめる。
「そうですね。ようやく実ったものを信じ、託していきましょう」
「…そろそろみたいだね」
空に漂っていた雲は老人達を包み込んでいく。
3人を包んだ雲に一陣の風が吹くと流れるように天へと吸い込まれていった。
- 東京 -
「着いたか。ここは…」
陽の沈み始めた茜色で染まる広場に突如として現れた者は、辺りを一瞥すると目的とするモノを探すため走り去っていく。
暫くした後に辿り着いた先で、長い間夢にしていたモノを見付ける。
「フッ、やっとか。どうやらここが終着点みたいだ。…ここで全てを終わらせる」
陽が沈みきった暗闇の中で、おもむろに腕をさすりながら「自分にも彼にも残された時間はそう長くない、か。最後のミッションが自分を隠しつつ彼を育てあげ介入させる役目とは」
何かを決心したように歩みは目の前の建物に向かいながら「とは言え先ずはアイツからだな。大人しく言うことを聞いてくれればいいが…ま、無理だろうな」
立ち止まり暫く空を見上げ、やがて瞼を閉じたその表情には、言葉とは裏腹に自身のみが知る記憶を思い出し口角が上がっていた。
「さてと、行きますか」
そう言うと男は雑草が広がる空き地の中に飛び込んでいく。




