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【兆導】

- 2026年7月2日 日本 東京 中央中区《ちゅうおうなかく》 -


この町にある高校に通うため引っ越してきてから3ヵ月-。

ようやく街にも学校にも馴染んできた7月。

目前に迫った夏休みにつられるように、無意識に「暑っつ」とぼやく程に気温はうなぎのぼりに高まってきている。


それにしても今朝は寝起きから最悪だった。

びっしょりと汗をかき、頭は未だにフラフラする。

疲労感を抱えているかのような重く気だるい身体を引き摺るようにして着いた学校。

考えるよりも先に染み付いた習慣は、いつもと同じ階段と廊下を歩ませ気付けば教室の前。

慣れた手つきで教室の扉を開けた瞬間ー。

「あっ、間宮君おはよう!」

1人の女子生徒が発すると連鎖するようにおはようと声が飛んでくる。

そんな中、一際大きな声をあげた男子生徒が走り寄ってくる。

「おっはよー凪《なぎ》!」


まるで久しぶりの再会を喜ぶかのような勢いで抱き付いてこようとするのを、寸前でかわしスタスタと窓際にある席に座り言う。

「おはよう千秋《ちあき》。それにみんなも」


勢いのまま廊下にまで飛び出していた千秋と呼ばれる男子生徒がブツブツ言いながら近寄ってくる。

「分かってない!凪は分かってない!1日の始まりだぞ!もっとテンション上げていこう!」

「千秋、朝からうるさい…」

この騒がしいのは暦《こよみ》 千秋《ちあき》。

見た目は派手で言動も軽い、けど良い奴だ。

こいつとは小学校から中学2年の〈あの日〉までは毎日のように一緒にいた親友だ。


あの日を境にもう会えないと思っていたが、こうして別の地で再び会うとは思ってもみなかった。

「千秋は相変わらず元気だな」

「そりゃあ俺はムードメーカーだし?このクラスだって俺がいるからこんなにも明るく楽しい空間…」

大きく両腕を広げ揚々と喋る千秋を遮るように声がかけられる。


「ちょっと千秋、邪魔なんだけど」

「ほんとほんと。しかも何がムードメーカーよ」

「そうですね。自らで仰られますと少々滑稽に映りますね」


千秋の背後で腕組みをして立っていた三人の女子生徒が投げる矢継ぎ早の言葉を受けて「えぇ…相変わらずお三方は容赦ないねぇ…」と狼狽《うろた》える。

そして萎《しぼ》むように声が小さくなる千秋を押し退け3人が机を囲む。


「ねぇ間宮君、夏休みなんだけどさ」

「あ、ちょっとちょっと!私が先だって」

「いえ、私が一番最初にお話を」

3人が言い合いを始める中、何気なくふと窓の外に目がいく。


(ん…?誰だ?)

既に登校時間は過ぎ誰もいないはずの校庭の真ん中に誰かが立っている。


白いワンピースに映える長く黒い髪が風に靡《なび》く姿。

校庭の白い砂利に照り返された強い日射しは、光を増幅させ白い眩しさとなりその人物の顔を隠す。

その光景に不思議と目を離せないでいると、それはゆっくりと右腕を上にあげ、まるで空を指すかのように人差し指を伸ばす。


その動作につられるように向けられた指を辿るように空を見上げる。

そこには雲一つない眩しく澄みきった空だけが広がっている。

何もないことで逆に疑問を浮かべつつ、再び校庭へと視線を戻すも立っていた人物はいなくなっていた。


「…ぎ?おーい、凪ってば聞いてる?」

いつの間にか目の前に迫っていた千秋の声でハッとして外に向けられていた意識を戻す。


言い合いをしていた女子達からも「間宮君どうしたの?」と声がかかる。


「あ、いや…校庭に誰かいたと思ったんだけど」

その言葉を聞いて千秋も女子達も校庭に目を向ける。


「誰もいない…よね?」

「うんうん」

「いない、ですね」

「…どうした凪?」


「いや…気のせいだったみたい」

「…そっか。そんなことより凪さ、夏休みにあそこ行こうぜ」


「はぁ?あんた急に割り込んできて何勝手なこと言ってんのよ」

「ですね。常識がないのでしょうか」


こうなると埒があかないのはいつものことだと

「ストップ、ストップ」と間に入ると、千秋と女子達は口を閉じこちらを見る。


「要するにみんな夏休みどこかに行きたいって話?」


ウンウンと頷く4人。


「…聞かなくてもだいたい察しはつくけど一応聞こうか」と言うと、前のめり気味に千秋が「友摺《ともずり》病院!」と言う。

続けざまに女子達が順に「泉下《せんか》トンネル!」「死巡《しめぐり》屋敷!」「歪《いびつ》工場!」


「はぁ~~~。何で揃いも揃って…」

分かってはいた。

この4人唯一の共通点がオカルト好きということは。分かってはいたが大きな溜め息がでる。


「まぁいいけど、その4択なら選択肢は1つしかないぞ?」

4人揃って「え?」と口から漏れる。

「え?じゃないだろ。病院も屋敷も工場も私有地だろ。その時点で却下」


「と、ということはですね、私の提案した泉下トンネルでよろしいということでしょうか?!」何やら興奮して早口になっているのは百合園《ゆりぞの》財閥という富豪の一人娘、百合園《ゆりぞの》 雅《みやび》。


「いや率先して行きたいとかじゃなく消去法でそれが残っ…」

「間宮様が私を一番と仰ってくださった」

「いやだから消去法だって。残ったのがそれしかなかって話で」

「ちょっと雅、間宮君困ってるからいい加減…あっ、こりゃダメだ…あっちの世界に行っちゃってるわ」

妄想に囚われている友人の肩を揺さぶっているのが四十万《しじま》 風《ふう》。


その四十万に加勢するように「雅ちゃーん、戻ってこーい」と呼び掛けているのは千本木《せんぼんぎ》 優《ゆう》。


3人がやり取りする中、コソコソと千秋が寄ってくると「ねぇ凪さ、百千万《ひゃくせんまん》は放っておいて考え直さない?あのトンネルには前に行ったことあるけど全っ然面白くなかったしさ」

「だから面白いとかの話じゃないって」


「ちぇっ…まっ凪と一緒に行ければどこでも良っか!あ、そうそう最近起きてる事件あるじゃん?あの西地区の」

「おいコラ千秋、聞こえてたぞ。また私達のこと百千万って言ったな?」


〈ガラガラガラ〉


教室の扉が開くと「こーら四十万《しじま》、また暦《こよみ》のこと苛めてるのか?」と声をかけながら入ってきたのは担任の王《ワン》黎明《レイメイ》先生。


名前の通り中国出身だが、日本に来てもう10年以上経つらしく話し方は日本人そのもの。

聞いた話では、初めて学校に来た時にチャイナ服は普段着だと宣《のたま》い授業もそのスタイルでいくと伝えてきたらしく、校長だか理事だかと揉めに揉めて結果スリットの入ったスカートでお互い妥協したとか。


「ワンちゃんもっと言ったげてよ」

軽口を言い放った千秋の元に無言のままコツコツと歩み寄る先生を見て、千秋の周りから皆が離れる。


「え、え?」

目の前に迫った先生にキョドる千秋。

千秋の頭に優しく手を伸ばした先生は、次の瞬間一番近くにあった俺の机に頭を押し倒したまま言う。

「誰がワンちゃんだ!何度言ったらそれ止めるんだ?お前の頭は猿以下か?」


「ちょ、先生タイムタイム、痛いし怖い!」

「はぁ…このバカタレが早く席につけ」


アセアセと自分の席に戻る千秋を横目に考える。

(さっき千秋のやつ何か言いかけてたな…事件って何だ?まぁ後で聞けば良いか)

それよりもやっぱり気のせいじゃないな。

朝から寒気がし始め、加えて今では右目の奥もズキズキ痛む。

確かに体調はすぐれなかったがいよいよヤバいかな。


「…おい間宮」

一旦落ち着いた教室に先生の声が通る。

「はい?」

「お前体調悪いのか?」


「いや別に」

「…そうか?顔色良くなさそうだが。皆も最近増す増す暑くなってきてるからな、体調管理はしっかりしておけよ」


しかしそれは時間が経つ毎に酷くなり昼前には早退することを千秋に告げ帰宅することにした。

校門の外まで着いてこようとする千秋をなだめ帰路につく。


足取り重く歩き始めた凪の背中を千秋は見つめていた。

その表情は今さっきまでおちゃらけていたものとは全く別のどこか冷めたような表情をしていた。


暑さも相まってか意識も朦朧とし始めてきたころ体を涼しい空気が包む。


(あぁ…ここって電気屋だったっけ)

電気屋の前で首を振る何台かの扇風機と、客の出入りでたまに開く自動ドアは店内の涼しさを外に解放してくれる。


足を止め少しばかり涼んでいると

〈次のニュースです…〉

扇風機と共に店前に設置されているテレビからは、今しがたの内容やコメンテーターの話で賑やかだった空気を一変するような口調でアナウンサーが話し始める。

「昨夜20時40分頃、東京中央西地区にあるマンションの一室で、居住者の43歳の男性が部屋で死亡しているのを、訪ねてきた会社の同僚とマンション管理人によって発見されました。

男性が勤務していた会社によると、男性は数日前から会社を無断欠勤しており…」


(西地区…そういえば千秋が何か言いかけてたな。これのことか?)


「また例の変死事件でしょうか?」

「警察からの詳細な発表はありませんが、近所の住民からの聞き取りでは以前から発生している事件と状況的に酷似しているようにも思われますね…」

アナウンサーやコメンテーター達が事件について話し合っている。


先月頃から東京、特に俺も住むこの中央地区を中心に突如広がりはじめた異様とも呼べる事件。


今月に入ってからは3日に1回は聞くほどの頻度で起こっている。

最初の事件から約1ヶ月経った頃には、ネットで書かれていた内容が学校でも広まっていた。


共通して広まってる内容は、

・自殺と断定できる形跡がない。

・完全な密室状態であった。

・常軌を逸した死体の姿。


この中でも特にその亡くなった姿が相当ヤバいと言われている。


一時期ネットに貼られた一枚の写真。

フェイクとも変死事件で亡くなった親族が撮った本物ともされるものであった。

しかし写真が貼られ1分もしない内に削除されたことで逆に本物だったのではと話題になっていたこともある。


俺自身は噂話程度で聞いた話だが、

遺体の状態は眼球・耳・鼻・舌は体の内側から引っ張られたように体内にねじ込まれ、爪や髪、体毛のどれもが全て体内から発見されたという。

更に残った骨や血液は真っ黒に変質していたとされる。


そんな噂話を思い出しつつも自分の周りで起きたという話を聞いていないことから、現実から目を背けるようにテレビから目を逸らす。


再び帰路へと顔を向けようとしていた途中、電気屋の角にある狭い路地を校庭にいた白いワンピースの女性が入っていく。

思いもよらない光景にしばし思考は停止し立ち尽くすも、慌てて後を追うように路地へと向かう。


路地の入口に立ち、先を見ると前方右壁に扉のようなものがあるのに気付く。

「あそこに入ったのか?ん?あれ…?こんな所に路地なんてあったか?」と考えていたその時、背後から極寒を思わせるような冷たく突き刺さるような風を感じ咄嗟《とっさ》に振り向くも、何事も無かったかのように蒸し暑い日常が流れている。


一体何なんだと思ったのも束の間、すぐに違和感に気付く。

周囲の薄暗さと左右には圧迫感のある壁。


「は…何で…?」

いつの間にか路地の中に立っている状況に困惑しつつ振り返ると、少し前方の右側に先程見えた扉があった。

さっき路地の入り口から見えていた店だよな、と自問しながら扉の前に歩み寄る。


陽を通さないほど暗く狭い路地。

その暗さでパッと見では分からなかったが、

素人目でも分かるほど重厚で繊細さを感じさせる木彫りの扉。


しかし一番目を引いたのは、見るからに高級な扉に【あんてぃーくしょっぷ】と書かれた紙がガムテープで無造作に貼られている。

そんな異質ささえ覚える扉に否応《いやおう》なしに興味を掻き立てられ、ついさっきまでの不思議な現象はすっぱり頭から消え去り扉をゆっくりと開けていた。


光源がランプの灯《あか》りだけなのか、薄暗く橙色《オレンジ》かかった店内。


どこか懐かしくもあり、また、現実から隔離されたように感じさせる店内の雰囲気に時間を忘れ魅入ってしまう。


「うわぁ~久しぶりにスゴいの連れてる人来たね~」

聞こえた声の方を見ると店奥の一層暗い場所で何かが動いたような気がして凝視する。

「そ~んなに警戒しなくていいってば~」

暗がりから出てきたのはパーカーのフードを被った小柄な女性で、手に持つアイスを食べながら歩み寄ってくる。


「あれ~?その制服ってそこの高校のでしょ~?まだ学校終わってなくな~い?」

「今日少し体調悪くて早退を」


「ふ~ん…で、今は~?」

「え?」


「今は体調どうなの~?」

「今も…あれ?良く、なったみたいです」

いつの間にか回復している体調に驚いていると、女性は小さな声で「分かってない感じか」と言った気がする。


「ちょっと待っててね~」そう言いクルッと反転すると店奥へと戻っていく。

「それにしてもよくこの店が分かったね~、しかも入ってくるなんて~」とクスクスと笑いながら奥で何やらガサガサしている。


「あ、そうだ、ここに白い服の女性が来なかったですか?」と訪ねる。

「ん~?来てないよ~今日は君が始めてのお客さん~というかお客さん自体4ヶ月ぶりくらいだしね~。お~あったあった~ラス1だったよ~」


何か見付けたらしい女性は再度こっちに歩いてくる間、よくこの店やっていけてるなと内心思いながら店内を見回す。

アンティークショップと書いてあったから壺やら絵画やらがあるのかと思っていたが、

よく見ると店内のほとんどが剣や刀、槍、挙げ句には年代物と思われる銃まで飾ってある。

「あの…ここってアンティークショップ、なんですよね?」


目の前に戻ってきた女性は袋に入ったアイスを差し出しながら言う。

「そだよ~入り口にも書いてあったでしょ~。はい回復祝い~」

「え、あ、ありがとう」

アイスを受け取るも視線は気になりすぎる店内を見渡し続ける。


「まぁその反応はよ~く分かる、うんうん。

あたしもさ~アンティーク[武器]ショップに改名しようって言ってるんだけどさ~」

「ですよね、ん?この店の店主って」

「あぁ~…あたしは雇われ兼居候~。店主様は大変お忙しいみたいでね~店に顔出すのなんて年に数える程度でさ~」


愚痴が始まりそうだったのを察知して先手を打つかのように「あ、俺そろそろ帰りますね」と伝える。

「そっかそっか~。あ、そうだあたしはリリィ。イギリス生まれの日本育ちで21歳~」

そう名乗った女性は右手を差し出し握手を求めてくる。


語尾を伸ばすのがクセなのか、その軽いリズムに流され「間宮です」と名乗り握手に応じようと手を伸ばすと、差し出された手は引かれ「下の名前は~」と聞かれる。

「凪です。間宮凪」と答える。

女性は再度手を差し出しながら、じゃあ「なーちんね」としょうもないあだ名をつけてきた。


しぶしぶ握手をした瞬間、不思議な感覚に陥《おちい》り何故か過去の記憶が思い返される。

それは良いことも悪いことも忘れていたことも含めて。


そう感じていた凪とは裏腹にリリィの顔からは先程までの陽気な表情は消え、口はグッと結ばれ見開いた眼で凪を見つめていた。


「えっ…どうかしました?」


ハッとした女性は取り繕うように慌てて離した手をパタパタしながら「何でもないよ~」と繰り返す。


「あ、そうそう~あたしに敬語はいらないよ~そっちの方があたしも楽だし~」

小さく頷き「じゃあまた」と言い店から出ようと振り返ろうとした時、店の中を小さな子供が横切った気がした。


「ん?子供?」

「子供~?」

「いや今子供が走って…ないか。多分気のせいかな」

「…そっ?まっ、何かあったらまた来なよ~」


凪を見送り店の扉が閉まっても、しばらく扉を見つめるリリィ。


少しして先程までのやる気のない言葉使いが嘘のように喋りだす。

「信じられないっ…何…あの子一体何者…。あっ、こうしちゃいられない!電話しなきゃ」


〈プルルルル…プルルルル…プルル〉


「んもう!さっさと出て…」

「…出ているが何だ?」

「あ、ジャック!聞いて聞いて、今さっき店に来たお客さんなんだけど、ヤバそうなの連れてるし、【イオ】と直接あって生きてるのも奇跡だし何より普通の人間のままだった!」


「喋るの早い、声うるさい。少し落ち着け」

「いやいやいや落ち着いてる場合じゃないでしょ?!」


「ふぅ…そもそもだが、その客はお前の言った普通の人間ではないだろうが」

「え?」


「店が見えて、しかも入ってもきたんだろ?」

「あっ…そう、だった」


「まぁでも確かに仮に[こちら側]の人間でなかったとしても興味はあるな。で、他に何を見た?」

「それは…」


「あぁ、すまない…つい忘れてしまうな。あーコホン、それでヤバそうな気配ということは姿は見てないのか?」

「え、うん見えなかった、けど…あのレベルは久しぶりというか正直ヤバかった」


「そうか。うちの店の影響下であって尚も…ふむ、何かしらの方法で姿を隠せるとなるとそれくらいの力と知恵があるということ…か。なかなかに興味の沸く話だな」


「でしょ!こっちにはいつ戻れるの?」

「そうだな、余裕を持ってやっているからあと一週間程度といったところか」


「そっか…。そういえば明日、例の件で【つむちん】来るって連絡きてたよ」

「あぁ頼んでおいたやつの報告だろうな。悪いがそっちで聞いておいてくれ」


「…んー?」

「どうした?」


「いや~何か忘れているような…あっそうそう、さっき来たお客さんも【つむちん】と同じ学校なんだよ」

「・・・」


「あれ?ジャック?聴こえてる?」

「・・・・には・どる」


「え?」

「明後日には戻る」


「え、何なに、どうしたの?」

「何か胸騒ぎがする。そっちに戻ったら話す。リリィ、今日あったこと、どんな些細な事でも良いからまとめてメールがほしい」


「よく分からないけど任せておいて」

「・・・」


「ジャック?」

「店の[段階]を1つ上げて様子を見ておいてくれ。とりあえず明後日にまた」


「うん分かった、こっちはやっとくからそっちも無理しないようにね」

「あぁリリィもな」


〈プーップーップーッ…〉

「ざわつくな…」

電話を終えたジャックと呼ばれた人物は呟きながら右腕をさする。

「イオに出会って生きている…しかも人のままだった、か…」

少しの間考え込み一人言を呟く。

「あいつは今海外だったな…こんな時に限って…まぁ無い物ねだりしていても仕方ない。しばらくこっちに来なくていいように片付けておくか」


〈ブーブーブー〉

胸ポケットに入れられている電話が振動する。


「もしもし…あぁ、あぁ…分かった。その後に予定変更して結《ゆい》の診察を入れてくれ。あぁ今日明日で色々やらなきゃいけなくなってな。無理を言ってすまないが頼む」


切った電話を見つめながら「念のため、念のため…か。どうせ見やしないだろうが入れておくか」

そう言いながらスマホを操作し、その後胸ポケットにしまうとバッと振り返り、今にも引き摺りそうな白衣を靡《なび》かせ部屋を出ていく。

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