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【潜むモノ】

- 7月3日 3時20分

 イギリス南部【環状列石遺跡《かんじょうれっせきいせき》】 -


巨大な石の建造物を眺めるスーツ姿の男。

ジャケットの内ポケットからはスマホが振動している。

「おや、電話がなっておりますな」

石の並ぶ合間から姿を現した老紳士の男がそう言うと、

あぁ誰かからメッセージかな、と言いつつ取り出したスマホをそのまま老紳士に投げ渡す。


「拝見しましょう…ふむ、ジャック様からですね。何やら面白い人材がいるとか」


「面白い人材?」

「ええ、彼女が何をもって面白いとしているかは置いておくとして…彼女がわざわざ伝えてくる程の人材とは珍しいかと」


「そうだな…」

「いかがなさいますか?」


「んー、メッセージに返事はしなくていいや。かわりに少し日本に戻ることにする」

「これまた珍しいですな。向こうが気になりますか?」


「そう言うお前も何か感じてるんじゃないか?」

「そうですな…貴方が行かないと判断するならば私が行きたいくらいにはとだけ」


「素直じゃないヤツ。まっいいや、こっちは任せていいか?」

「畏《かしこ》まりました。それでこちらは如何様《いかよう》に?」


「そうだな、とりあえず【イド】が出るまでは動かず待機で。もし出たなら初期段階で潰して欲しい」

「ではその様に」


「向こうを少し見たら戻ってくるから」

「お気をつけて」

老紳士がスーツの男に少し頭を下げるとお互いが闇に紛れるように姿を消す。



- 7月3日 6時15分

 日本 東京 中央東地区 -


昨日は不思議なことが多かったな。

歯磨きをしつつ目の前の鏡を見つめながら考える。


校庭に現れその後も見かけた女性。

女性を追いかけた先にあったあの店。

リリィと名乗った店員が最後に見せた表情。


学校に着いてからもその事が頭から離れないまま下校時間を迎える。


「凪、体調はどうだい?」

「今日は1日そればっかりだな。もう大丈夫だって」


「凪の大丈夫は信じられないんだよねぇ」

「ホントに大丈夫だって」


「…じゃあさ今日帰りにゲーセン行こうぜ」

「あー…いや今日は止めとくわ。昨日出来なかった分の日課もあるし」


「いいじゃん2、3日くらいやらなくてもさ」

「ダメだって。自分で課したことは、さ…」

「最後までやり通す。はいはい、分かってましたよ」

言葉を被せるよう言うと、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ首を振る千秋。


校門で千秋との別れ際に話を振る。

「あ、そうそう。昨日さテレビで変死?事件のことやってたんだけど、また西地区だったみたいだから千秋も気を付けろよ」

「ん?あぁそうだよそれそれ、昨日話そうと思ってたのに。でもあれって一人暮らしで家の中ってのが共通点らしいじゃん?」


「へぇそうなんだ」

「らしいよ。だから俺は大丈夫」


「まぁそうだろうけど、何かあったら連絡しろよ」

「おー、てか凪がさ…いや何でもない」


「何だよ中途半端に」

「んー、何話そうか忘れちゃったわ」

「…まっ、そういうことにしといてやるよ」


千秋と別れ昨日と同じ道を歩いていると、昨日通った電気屋が見えてくる。

(そういえば昨日は途中から意識が店にいってしまったから全く考えなかったが、やはり昨日のあの時までは、そもそも路地すら無かったはず)

どこか期待するかのように進ませる足は自然と早くなり、それに合わせて鼓動の間隔も短くなる。


(やっぱり夢じゃなかったか。そりゃそうだ。昨日貰ったアイスの棒を今も持っているんだから)


昨日店を出て、溶け始めたアイスを食べながら帰っていた。

食べ終わったアイスの棒を手に持ったまま歩いていたら、角から飛び出してきた小さな女の子がぶつかってきた。

自分に当たった女の子は反動で後ろに倒れそうになり咄嗟《とっさ》にカバンとアイスの棒を手放し女の子を引き留める。

カバンを拾っているとその女の子が声をかけてきた。

「ごめんなさい、あと…コレ」と言いながらアイスの棒を差し出す。

「ありがとう、怪我はなかった?」

「うん転ばなかったから大丈夫」


女の子と少し話した後に、家につきアイスの棒を捨てようとして棒に二重丸が印されているのに気付く。

「何だこれ、当たりってことか?…確かラス1とか言ってたな…気になることもあるしついでに明日持っていくか」


路地を歩いていく中、昨日の事を思い出しカバンに入れておいたアイスの棒を確認していたら店の前に着いていた。


(やっぱりふざけてるよな、この貼り紙)

そんなことを思いながら扉を開ける。


昨日来たこともあり、店内の様子が分かっていたからだろう…。

店奥の恐らくレジカウンターであろう物の上で突っ伏している姿がすぐ目に入ってきた。


「う~ん…お~いらっしゃい~昨日ぶりだね~」

今まで寝ていたのを隠す気もないように目を擦りながら言う女性を横目に店内を見渡す。


「ふぁ~ぁ…」と眠そうに両手をグイッと上にあげ伸びをしたと思ったら、片肘をカウンターに乗せ頬杖をつきこっちを見る。


「それで~二日連続で来たのは何でかな~?」

「あ、昨日貰ったアイス、なんか当たってたみたいでさ」


「ん~?当たってた~?」

「ほらこれ、なんかマークついてるでしょ」

そう言いながらアイス棒を渡す。


「…え?あ、ほ、ほんとだ、当たってるね」


(ん?何か反応がおかしくないか?)


「てゆーかワザワザこれだけのために来てくれたの~?律儀だね~」

「まぁ…この店にあるものゆっくり見たいなって思ったのが半分なんだけど」


「ふ~ん…ところでさ…キミって【見えてる人】だよね?」


突然投げ掛けられた質問にビクッと一瞬反応するも、すぐに平静を装い「見えてる人?」と聞き返す。


何かを見透かしたかのようにニヤニヤとする女性は、俺の背後…扉の方に向かって指をチョンチョンと差している。


指が向けられた方を誘導されるかのように、上半身をひねり背後を向き始めると視界の端に何かが入り込んでくる。


「え……いつから…」


視界に入ったのは「普段見えている」ようなモノではなく、一言で表すなら[悪意の塊]。

その外見から明らかに異質で異常な存在だと分かる。


読めはしないが恐らくは文字と思われるものが模様のようにビッシリと書かれた包帯が、口だけを残し頭全体を覆っている。


血や泥らしきもので汚れきっているボロボロの白装束。

それにも頭部と同様のものがびっしりと書かれている。


そして鎖で幾重にも巻かれ、まるで拘束されているかのような両腕。


特質すべきは視覚から得られる情報以上に、そのモノから漂う[死の気配]。


不気味で例えられないほどの恐怖に、目を反らすことは許されず思考は停止する。


冷水を浴びせられたように冷たい汗が流れでて、その異様なものを拒むかのように全身が小刻みに震える。


「昨日あたし言ったでしょ~スゴいの連れてきたって」


女性の一言でぼやけていた意識は平静を取り戻そうとし、しかしそれと同時にねじり途中だった上半身によって下半身はバランスを崩す。


何か掴まる物を手にしようと咄嗟に左腕を伸ばした次の瞬間 - 。


〈ガシャン!〉


空中に投げ出された左腕は店内の端に立て掛けられていた金属の棒に当たり、その棒は当たった勢いそのままに商品が陳列されたガラス棚に倒れ込んだ。


「あっちゃ~…」

両手で耳を塞いでその状況を見ていた女性は、

動くな、と言いわんばかりに手のひらをこちらに向け動きを停止させる。


結局体勢を崩し尻餅をついていた俺はそのままの姿勢で改めてソレを見る。


小さな頃から普通の人には見えないモノが見えていた。

霊や呪い、はたまた人の持つ負という感情などが湯気立つように見えていた。


正直物心ついた時には見えていたからか、ほとんどのモノに対して恐怖を感じたことはなかった。


けれど今、目の前にいるソレは以前一度だけ関わったことのある[アイツ]と同じか、それ以上のヤバさを感じさせる存在だ。


「あ~ぁ…どうしようか~コレ…」


いつの間にか俺の背後で膝を抱えて座り込み、散らばったガラスの破片を眺める女性。


「あ、あの、何かすいません。ガラス後で片付けるんで、アレどうにか出来ないですか」

異形の存在とも呼べるモノに視線を向ける。


ウ~ンと目を瞑《つむ》り少し考えて女性は言う。

「うん、無理。ソレは私にはどうにも出来ない~」

「で、でもさっきは余裕な感じで話してたでしょ」


「いやそうじゃなくて~……あぁそうか」

女性は少し笑みを浮かべると、人差し指をピーンと上に向ける。


「じゃあ問題~」

「は?」と突拍子のない言葉に間抜けな声を出す。


「あれは何でしょうか~」

上に向けていた指をクイッと曲げソレを指す。


「いや、だから…」

再度ソレを見ると少し冷静になっていた頭は、それ自体は悪意そのもののようだったが、今のところこちらに対して敵意は持っていなそうだった。


「霊…的なヤツですよね?」

「半分せ~かい」


「浮遊霊…とか?」

「ブ~」

「じゃあ地縛…」

最後まで言いきる前に「ブッブ~」と不正解を告げられる。


今はこちらに敵意を持っていなくとも、良くないモノというのは感じる。


ひとしきり悩む中、女性は「ホラホラ~大事なの忘れてるでしょ~」と言いながら、ソレを指していた手の形のまま、その腕を自らの肩越しから背後へ向ける。


「え…」

その動きで答えはすぐに出た。


さっき考えていた中で一瞬だけ頭をよぎったが、その見た目の異様さ、そしていつから居たのかさえ分からなかったためその選択肢はすぐに除外していた。


「守護…霊?」

「ピンポ~ン」と楽しげに正解を告げ、すぐさまクククと笑いだす。


「いやでも俺こんなの知らないし…そもそも守護霊がこんな不気味なわけ…」

「と・り・あ・え・ず、そんな格好じゃあれだからこっち来なよ~」


スッと立ちカウンターへ歩き始める女性に従いカウンターの前に置かれた椅子に座る。


尻餅から立ち上がりカウンターの椅子に座るまでの間、さっきから何か引っ掛かっていた言葉を思い出し女性に聞く。


「さっき、俺のこと[見えてる人]って言いましたよね?」

「うん、言ったね~」

カウンターを挟んで座る彼女はニコッとして答えた。


「普通だったら[見える人]って言いません?」

「お、よく気付いたね~」


「じゃあ言い間違いじゃないってこと?」

「うーん…何から話せば言いかなぁ~」


しばらく考えると一人で納得したかのように言う。


「認識の違い、かな~」

「認識の違い?」


女性はこう教えてくれた。

普通の人で霊などを見える人はいない。

見えると言うほとんどの人は「霊の方から見せられている」だけだと。

だからそれで言うなら「皆が見える人」だと。


でも稀に「自身の意志で見えている人」がいるという。

それを彼女は【Awakening《アウェイクニング》】と呼んでいるそうで、意味はそのまま精神的な目覚めとのこと。

そういう人間の殆どは常人の範疇を越える別の力にも目覚めているという。

見えるというのはそれのオマケのようなものだと。


その力の根源は何千年も昔、邪に抗うための力として一部の人間にのみ神から与えられたと決して表に出ないように言い伝えられてきたが、実際のところ起源は解っていないそうだ。


「…何となく理解はできたけど、何で俺が見えてる人だと思ったんですか?」

「ん~?そんなの簡単だよ~だって君、ここにいるじゃん?」

頬杖をつきながら少し首を傾かしげるように言う。


「いや説明になってないんだけど」

「この店はね~普通の人には見ることさえ出来ないんだよ~」


「え?」

「ここは現実から切り離された別の空間にあると思っといて~。まっ私が作った訳じゃないから理屈とかは聞かないでね~作った本人も今はいないしね~」


「…あー俺、ちょっと用事思い出したんで帰りま…」

「コラコラ~信じてないでしょ~」


「いや…だって突拍子もない話だし」

「そもそもさ~君はまだ帰れないよ~?」

彼女は俺の後ろの床を指す。


「あ…」割れ散らばったガラスのことをすっかり忘れていた。


と、ふと守護霊と言われたソレに目を向けると、ソレは俺ではなく棒が倒れ見るも無惨な状態の商品棚を見ているようだった。


包帯で覆われた目では見えるハズもないだろうに…だが明らかに何か一点を見つめているような光景だった。


「…を見ているんだよ」

女性がポツリと喋る。


「この店にある物は、店主の趣味全開で商品が置かれているんだけど、その種類は多岐にわたっているんだ。一見全く統一性のない物達だけど、一つだけ共通していることがあるんだ」


「共通していること?」

「全ての物に魂が宿っている」


「魂?」

「作った人の、使った人の、命を吸われた人の、生まれ持って宿っていた、魂さ。種類は様々だよ~」

「物には魂が宿るってやつ?」


コクンと小さく頷く女性。


「魂はもちろん実体を持たない。見ることが出来ないゆえに魂で感じるしかないんだ。それは人によっては光輝くように見えたり、妖しく誘われるかのように感じたりすることもある」


「へぇ…じゃあアレも何かを感じてるってこと?」

「恐らくね~」


守護霊と言われてからか不思議とソレに対しての恐怖心は無くなっていた。

それと同時にソレが何を[見ている]のかが気になった。


椅子から立ち上がりソレが見ているであろう場所に近付こうとすると、後ろから声をかけてきた彼女は被っていたパーカーのフードを後ろにおろして言う。


「さて、改めて、ようこそ『こちら側』へ間宮くん」

フードで隠れていた髪や顔が薄暗い店内でもハッキリ分かった。


髪は落ち着きのある色をした金髪のポニーテール。

鼻は高く顎あたりはスッとしており、

目元は長い睫毛に、薄く青みがかった透き通るような色をした瞳。


あんなにやる気のない会話をする人物とは思えない見た目だ。


「あ~、そう言えば君に紹介しておきたい人がそろそろそ来る頃だから、一緒に掃除しながら待ってよ~か」


割れ散ったガラスを見つめながら(けっこう時間かかりそうだな)と思っていると、レジカウンターの下に潜り何やらしている彼女が話しかけてくる。

「まぁ~しかし驚いたなぁ~」

「何が?」


「いやね、君のソレ、まさかたった2回で…ううん違うな…ある意味1回で実体化して入ってこれるようになるなんて」

「ん?」


「あ~こっちの話だよ~。…はてさて君の力なのか、ソレの力なのか、はたまた両方なのか…」

ワクワクするように踊らせた声で独り言を喋る彼女の言葉で再びソレに視線を向けた時、ふと数年前のことを思い出す。

「あの時にこんな力があったなら…」とやり場のない想いがつい口から漏れ出た。

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