↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第4部:王宮決戦と入れ替わりの終焉編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

第37話:若き姿の賢王

 ランバートの報告は、なおも続いていた。


「王宮西門の外、市場通りに、二百を超える一団が集まっております。松明を掲げ、ジュリアン様の名を叫びながら、門を開けよと騒いでおります」


 アルベルトは、短く問いを重ねた。


「首謀者は」


 ランバートは、苦い顔で答えた。


「オルグレン子爵と見られます。ジュリアン様への忠誠を公言していた家門の一つです。牢を脱したジュリアン様が、すでに手勢を集めつつあるとの噂を吹聴し、民の一部を扇動している模様です」


 アルベルトは、崩れた魔法陣の残骸から、ゆっくりと視線を上げた。


 悲しみに浸る猶予はまだ与えられていない。骨の髄まで染み込んだ疲労が、痩せた体を鉛のように重くしていたが、今はそれを噛み殺すよりほかなかった。


「わしが出る」


 ランバートが、色を変えて食い下がった。


「殿下、御身体には、まだ薬の影響が」


 アルベルトは、静かに答えた。


「分かっている。だが、玉座に主のないまま夜が明ければ、扇動する側にとって、これ以上の好機はあるまい」


 アルベルトは、傍らに控えるオーウェンへ目を向けた。


「ヴィクトリアと、あの子の亡骸を頼む。誰にも、無闇に触れさせるな」


 オーウェンは、震える声で「御意」とだけ返した。


 エレノアが、静かに歩み寄ってきた。


「わたくしも参ります」


 アルベルトは、目を鋭くした。


「危険だ」


 エレノアは、怯まず言い返した。


「殿下おひとりを行かせる方が、よほど危険です」


 迷いのない声だった。アルベルトは、束の間その顔を見返し、やがて小さく頷いた。


 西門の物見櫓へ続く階を上る間、アルベルトの足取りは、幾度もふらついた。病弱で鍛えられていないアデルの体は、儀式の負荷にまだ耐えかねている。手すりに指をかけ、辛うじて体を支えながら、それでも歩みを止めることはしなかった。


 物見櫓の上に立つと、松明の海が、眼下いっぱいに広がっている。


 群衆の怒号が、風に乗って吹き上げてくる。石を投げつける者、槍の柄で門扉を打ち鳴らす者。殺気立った熱気が、夜明け前の冷えた空気を歪めていた。


 ランバートが、傍らで低く告げた。


「弓は、まだ構えさせておりません。ご指示を」


「射るな」


 アルベルトは、短く命じた。


 欄干に手をかけ、群衆を見下ろす。喉の奥に苦い唾が滲んだが、それを飲み下し、腹の底から声を絞り出した。


「静まれ」


 その一言に、割れんばかりの怒号が、わずかに揺らいだ。


「王太子アデルである。ジュリアンは牢を脱したが、その罪は、すでに満座の前で暴かれ、動かぬ証と共に記録されている。逆賊に加担する者もまた、同じ裁きを免れぬと知れ」


 群衆の間から、オルグレン子爵と思しき男が、馬上から声を張り上げた。


「口先だけの脅しか。罪もないジュリアン様を陥れ、牢に繋いだ貴様に、何の資格があって我らを裁くと言うか」


 どよめきが群衆の間を走った。アルベルトは、その言葉に眉一つ動かさず、静かに言葉を継いだ。


「陥れた、か。ジュリアンの罪は、満座の貴族の前で、動かぬ証と共に暴かれている。それを覆す証があるというなら、聞こう。だが今この場で問うべきは、我が身の資格ではない」


 アルベルトは、一拍置いてから、声を強めた。


「お前たちが担いでいる主は、すでに闇に紛れて逃げた身だ。この場に踏みとどまり、共に朽ちる覚悟がある者など、その中に幾人いる」


 馬上の子爵が、束の間、言葉に詰まった。


 その隙を逃さず、アルベルトは続けた。


「今この場で武具を捨て、縄につく者には、相応の温情をもって沙汰する。日が完全に昇るまでが猶予だ」


 群衆の熱気が、目に見えて揺らぎ始めた。松明を下ろす者が増え、槍の柄を打ち鳴らす音もまばらになっていく。怒号に代わって、囁き交わす気配が広がっていった。


 子爵が、なおも声を張ろうとしたその時、背後に控えていた取り巻きの一人が、そっと馬首を返し、群衆の奥へと消えていった。それを機に、離反する者が、次々と現れ始める。


 エレノアが、傍らでその様子を見つめながら、小さく息をついた。


「言葉だけで、これほど動くとは」


「言葉だけではない」


 アルベルトは、静かに返した。


「奴らが最も恐れているのは、わしではない。己が担いだ主に、見捨てられたという事実だ」


 夜明けの光が、地平の端からわずかに滲み始めていた。群衆の大半が武具を捨て、うなだれるようにその場に座り込んでいく。ランバートの合図で、近衛たちが門を開け、投降する者から順に縄を打っていった。


 オルグレン子爵は、最後まで馬を降りようとしなかったが、周囲を固められると、観念したように剣を鞘ごと放り投げた。


 アルベルトは、欄干にかけていた手を、ゆっくりと下ろした。全身の力が、堰を切ったように抜けていく。倒れかけた体を、とっさに支えたのはエレノアの腕だった。


「殿下」


「大事ない。少し、気が抜けただけだ」


 アルベルトは、掠れた声でそう答えたが、その顔からは血の気が引いていた。


 ランバートが、階下から駆け上がってきた。


「殿下、投降した者どもの取り調べを急がせます。オルグレンの口から、ジュリアン様の潜伏先が割れるやもしれません」


「頼む」


 アルベルトは、そう答えながら、遠く白み始めた空へ目をやった。玉座に主のない一夜は、ひとまず凌ぎきった。だが、脱獄を手引きした者の正体も、ジュリアンの行方も、いまだ闇の中にある。


 悼むべき者への喪失感を抱えたまま、アルベルトは、次の戦いへと視線を戻した。


(第38話へ続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。