第33話:ジュリアンとの舌戦
謁見の間。
夜明けとともに、緊急の御前会議が招集されていた。居並ぶ重臣・貴族たちの顔には、一様に緊張が張り詰めている。昨夜の騒乱は、すでに王都中に知れ渡っていた。
捕縛されたガーディナー侯爵は、縄を打たれたまま、末席に座らされている。その顔からは、いつもの尊大さが、すっかり消え失せていた。
昨夜、玉座の間に踏み込んだ私兵の中には、ジュリアンの側近である灰衣の男の姿もあった。逃げ延びた主とは違い、この男は捕らえられ、すでに尋問を受けている。その懐からは、後生大事に隠し持っていた一通の書状の写しも、見つかっていた。
そして、ジュリアン自身もまた、今この場にいる。夜明け前、王宮の外れに潜んでいたところを、近衛隊長ランバートの手勢に取り押さえられたのだという。両腕を縄で縛られ、末席近くに座らされていたが、その顔には、まだ余裕の色が残っていた。
「侯爵」
アルベルトは、懐からその書状を取り出し、卓上に置いた。
「見覚えがあるだろう」
ガーディナー侯爵の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……それは」
「お前が、ジュリアンに宛てて送った書状の写しだ。灰衣の男が、後の脅しの種にと、後生大事に隠し持っていた」
アルベルトは、静かに続けた。
「いざという時は、私兵を貸す。そう約束する文言まで、はっきりと記されている。言い逃れができるとでも思うか」
ガーディナー侯爵は、しばらく口を噤んでいた。だが、居並ぶ重臣たちの冷ややかな視線と、目の前に置かれた動かぬ証拠に耐えかね、やがて観念したように語り始めた。
「……その通りです」
ガーディナー侯爵は、絞り出すように続けた。
「このまま浪費が続けば、遠からず国そのものが立ち行かなくなる。そう本気で恐れておりました。王太子殿下のご評判は、無論存じておりました。ですが、殿下が父君である陛下に弓引く覚悟を固めておられるようには、到底見えなかった。それができるのはジュリアン殿下だけだと、愚かにも思い込んでいたのです」
「気持ちは、分からんでもない」
アルベルトは、静かに言った。
「だが、王家を案じたつもりが、結果として謀反に手を貸す形になった。その事実は、消えぬ」
ガーディナー侯爵は、何も言い返せなかった。ただ、深く項垂れるだけだった。
「それだけか」
アルベルトは、鋭く問い返した。
「事がここまで大きくなると知り、土壇場で怖気づいた私に、殿下は、あの書状を突きつけられました。裏切れば、いつでも公にできるように、と。もはや、逃げ道は残されておりませんでした」
ガーディナー侯爵は、声を震わせながら続けた。
「これが明るみに出れば、我が家は取り潰しになる。分かっていながら、逆らう術がなかったのです」
広間に、どよめきが広がった。並み居る貴族たちの間から、侯爵を蔑む視線と、彼と同じ立場に立たされていたかもしれぬ者たちの、居心地の悪そうなざわめきが、入り混じって漏れた。
アルベルトは、視線を、末席近くに座らされたジュリアンへと移した。
「随分と、大人しくしているものだな」
「縛られた身では、他にしようもありませんので」
ジュリアンは、口の端を上げた。両腕を縄で縛られてなお、その声に怯えの色はなかった。
「私は、腐りきった国を正そうとしただけです。国庫を食い潰す暴君を除こうとしたことの、どこが罪だと?」
「暴君を除きたかったのなら、なぜ剣を持ち込んだ」
アルベルトは、静かに続けた。
「正しき道があったはずだ。それを選ばず、力ずくで玉座を奪おうとした時点で、お前の言葉は、ただの言い訳に過ぎぬ」
「兄上こそ、正しき道とやらを、本当に信じておいでか」
ジュリアンは、冷たく笑った。
「重臣を懐柔し、近衛を寝返らせ、水面下で私を追い詰めていたのは、そちらも同じでしょう。やり方が違うだけで、やっていることは大差ない」
「違う」
アルベルトは、はっきりと否定した。
「わしは、誰かを脅して従わせたことは一度もない。侯爵を脅し、書状を保険にして黙らせたのは、お前だ」
ガーディナー侯爵が、うなだれたまま、小さく頷いた。その仕草だけで、十分な答えになっていた。
「それに」
アルベルトは、続けた。
「灰衣の男から、すでに話は聞いている。父上と、わしを、事故に見せかけて始末する算段を立てていたそうだな」
ジュリアンの表情から、初めて余裕が消えた。
「……あの男が、口を割ったか」
「捕らえられれば、誰でも喋る」
アルベルトは、静かに言い放った。
「これが、お前の言う『国を正す』ということか。父を謀殺し、兄を謀殺し、その果てに玉座を得る。それのどこに、大義があると言うのだ」
謁見の間に、重い沈黙が満ちた。並み居る貴族たちの視線が、次第にジュリアンへ集まっていく。もはや、彼を庇う者は、どこにもいなかった。かつて彼に近づこうとしていた者たちほど、今は誰よりも早く距離を取ろうとしているように見えた。
「……くだらん」
ジュリアンは、低く吐き捨てた。
「所詮、力を持つ者の言葉が、正義として通るだけの話だ」
「そう思うなら、それでいい」
アルベルトは、静かに答えた。
「だが、今この場に、お前の味方は一人もおらぬ。それが、答えだ」
ジュリアンは、居並ぶ貴族たちを、ゆっくりと見渡した。誰一人として、彼と目を合わせようとしなかった。
「連れて行け」
アルベルトは、静かに命じた。護衛たちが、ジュリアンの両脇を固め、引き立てていく。
ジュリアンは、抵抗する素振りも見せなかった。ただ、大扉をくぐる間際、一度だけ振り返り、口の端を歪めてみせた。
「まだ、終わったわけではありませんよ」
その言葉に、応える者はいなかった。
連れられていくジュリアンの背を、アルベルトは、しばらく黙って見つめていた。捕らえたはずの男から滲む、あの薄気味悪い余裕の正体は、まだ誰にも掴めていなかった。
(第34話へ続く)
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