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愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第4部:王宮決戦と入れ替わりの終焉編

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第33話:ジュリアンとの舌戦

 謁見の間。


 夜明けとともに、緊急の御前会議が招集されていた。居並ぶ重臣・貴族たちの顔には、一様に緊張が張り詰めている。昨夜の騒乱は、すでに王都中に知れ渡っていた。


 捕縛されたガーディナー侯爵は、縄を打たれたまま、末席に座らされている。その顔からは、いつもの尊大さが、すっかり消え失せていた。


 昨夜、玉座の間に踏み込んだ私兵の中には、ジュリアンの側近である灰衣の男の姿もあった。逃げ延びた主とは違い、この男は捕らえられ、すでに尋問を受けている。その懐からは、後生大事に隠し持っていた一通の書状の写しも、見つかっていた。


 そして、ジュリアン自身もまた、今この場にいる。夜明け前、王宮の外れに潜んでいたところを、近衛隊長ランバートの手勢に取り押さえられたのだという。両腕を縄で縛られ、末席近くに座らされていたが、その顔には、まだ余裕の色が残っていた。


「侯爵」


 アルベルトは、懐からその書状を取り出し、卓上に置いた。


「見覚えがあるだろう」


 ガーディナー侯爵の顔から、みるみる血の気が引いていった。


「……それは」


「お前が、ジュリアンに宛てて送った書状の写しだ。灰衣の男が、後の脅しの種にと、後生大事に隠し持っていた」


 アルベルトは、静かに続けた。


「いざという時は、私兵を貸す。そう約束する文言まで、はっきりと記されている。言い逃れができるとでも思うか」


 ガーディナー侯爵は、しばらく口を噤んでいた。だが、居並ぶ重臣たちの冷ややかな視線と、目の前に置かれた動かぬ証拠に耐えかね、やがて観念したように語り始めた。


「……その通りです」


 ガーディナー侯爵は、絞り出すように続けた。


「このまま浪費が続けば、遠からず国そのものが立ち行かなくなる。そう本気で恐れておりました。王太子殿下のご評判は、無論存じておりました。ですが、殿下が父君である陛下に弓引く覚悟を固めておられるようには、到底見えなかった。それができるのはジュリアン殿下だけだと、愚かにも思い込んでいたのです」


「気持ちは、分からんでもない」


 アルベルトは、静かに言った。


「だが、王家を案じたつもりが、結果として謀反に手を貸す形になった。その事実は、消えぬ」


 ガーディナー侯爵は、何も言い返せなかった。ただ、深く項垂れるだけだった。


「それだけか」


 アルベルトは、鋭く問い返した。


「事がここまで大きくなると知り、土壇場で怖気づいた私に、殿下は、あの書状を突きつけられました。裏切れば、いつでも公にできるように、と。もはや、逃げ道は残されておりませんでした」


 ガーディナー侯爵は、声を震わせながら続けた。


「これが明るみに出れば、我が家は取り潰しになる。分かっていながら、逆らう術がなかったのです」


 広間に、どよめきが広がった。並み居る貴族たちの間から、侯爵を蔑む視線と、彼と同じ立場に立たされていたかもしれぬ者たちの、居心地の悪そうなざわめきが、入り混じって漏れた。


 アルベルトは、視線を、末席近くに座らされたジュリアンへと移した。


「随分と、大人しくしているものだな」


「縛られた身では、他にしようもありませんので」


 ジュリアンは、口の端を上げた。両腕を縄で縛られてなお、その声に怯えの色はなかった。


「私は、腐りきった国を正そうとしただけです。国庫を食い潰す暴君を除こうとしたことの、どこが罪だと?」


「暴君を除きたかったのなら、なぜ剣を持ち込んだ」


 アルベルトは、静かに続けた。


「正しき道があったはずだ。それを選ばず、力ずくで玉座を奪おうとした時点で、お前の言葉は、ただの言い訳に過ぎぬ」


「兄上こそ、正しき道とやらを、本当に信じておいでか」


 ジュリアンは、冷たく笑った。


「重臣を懐柔し、近衛を寝返らせ、水面下で私を追い詰めていたのは、そちらも同じでしょう。やり方が違うだけで、やっていることは大差ない」


「違う」


 アルベルトは、はっきりと否定した。


「わしは、誰かを脅して従わせたことは一度もない。侯爵を脅し、書状を保険にして黙らせたのは、お前だ」


 ガーディナー侯爵が、うなだれたまま、小さく頷いた。その仕草だけで、十分な答えになっていた。


「それに」


 アルベルトは、続けた。


「灰衣の男から、すでに話は聞いている。父上と、わしを、事故に見せかけて始末する算段を立てていたそうだな」


 ジュリアンの表情から、初めて余裕が消えた。


「……あの男が、口を割ったか」


「捕らえられれば、誰でも喋る」


 アルベルトは、静かに言い放った。


「これが、お前の言う『国を正す』ということか。父を謀殺し、兄を謀殺し、その果てに玉座を得る。それのどこに、大義があると言うのだ」


 謁見の間に、重い沈黙が満ちた。並み居る貴族たちの視線が、次第にジュリアンへ集まっていく。もはや、彼を庇う者は、どこにもいなかった。かつて彼に近づこうとしていた者たちほど、今は誰よりも早く距離を取ろうとしているように見えた。


「……くだらん」


 ジュリアンは、低く吐き捨てた。


「所詮、力を持つ者の言葉が、正義として通るだけの話だ」


「そう思うなら、それでいい」


 アルベルトは、静かに答えた。


「だが、今この場に、お前の味方は一人もおらぬ。それが、答えだ」


 ジュリアンは、居並ぶ貴族たちを、ゆっくりと見渡した。誰一人として、彼と目を合わせようとしなかった。


「連れて行け」


 アルベルトは、静かに命じた。護衛たちが、ジュリアンの両脇を固め、引き立てていく。


 ジュリアンは、抵抗する素振りも見せなかった。ただ、大扉をくぐる間際、一度だけ振り返り、口の端を歪めてみせた。


「まだ、終わったわけではありませんよ」


 その言葉に、応える者はいなかった。


 連れられていくジュリアンの背を、アルベルトは、しばらく黙って見つめていた。捕らえたはずの男から滲む、あの薄気味悪い余裕の正体は、まだ誰にも掴めていなかった。


(第34話へ続く)


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