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愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第4部:王宮決戦と入れ替わりの終焉編

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第31話:智将の立ち回り

 沈黙を破ったのは、玉座の間の扉の外から響く、荒々しい足音だった。


「ジュリアン様!」


 鎧姿の兵の一人が、血相を変えて駆け込んできた。片膝をつく間も惜しむように、荒い息のまま報告を続ける。


「近衛隊本部が、落とせません。それどころか、後詰めに回していたはずの兵が、次々と押し返されております」


 ジュリアンは、初めて表情を曇らせた。


「馬鹿な。数では、こちらが上のはずだ」


「そのはずでした。ですが、近衛隊長ランバートが、こちらに寝返っていたはずの部隊だけでなく、市中に潜ませていた私兵まで動員して」


 兵は、青ざめた顔で言葉を継いだ。


「表門も、裏門も、すでに固められております。ガーディナー侯爵の私兵の一部も、すでに投降したとの報せが」


 玉座の間に、重い沈黙が落ちた。ジュリアンの兵たちの間に、動揺の色が広がっていく。武器を握る手元が、それとわかるほどに揺れ始めていた。


「……まさか」


 ジュリアンは、低く呟いた。


「最初から、私を泳がせていたということか」


 アルベルトは、静かにジュリアンを見据えた。


「お前が動くと分かっていたからこそ、あえて手を出させた。王宮の内から兵を挙げ、言い逃れのできぬ形で謀反の証を立てさせるために」


「重臣も、近衛も、民の声も、すでにこちらに傾いていると分かっていたはずだ」


 アルベルトは、静かに続けた。


「それでもなお、力ずくで押し切ろうとするなら、その企てそのものを、誰の目にも明らかな謀反として仕留めるまでのこと」


 ジュリアンは、剣の柄を強く握り込んだ。


「……最初から、詰みだったというわけか」


「詰みだ」


 アルベルトは、短く答えた。


「お前がこの場に踏み込んだ時点で、な」


 私兵たちの間に、明らかな動揺が走った。剣を構えたまま、互いに視線を交わす者が、何人も現れる。誰も、次にどう動くべきか分からずにいた。中には、じりじりと後ずさり、隊列の後方へ紛れようとする者すらいた。


「引くな!」


 ジュリアンは、声を張り上げた。


「たかが退路を断たれた程度で、怖気づくな。この場を制しているのは、まだ我らだ」


 だが、その言葉に、以前ほどの力はなかった。


 私兵の一人が、剣を下げたまま、じりじりと後ずさった。それを咎める余裕は、ジュリアンにもなかった。玉座の間の外から、次第に近づいてくる足音の群れが、すでに聞こえ始めている。ひとり、またひとりと、剣を鞘に収める者が増えていった。


 ジュリアンは、玉座に座ったまま震え続ける国王へ、一瞬だけ視線を向けた。それから、アルベルトへ向き直る。


「今日のところは、退かせてもらう」


「逃がすと思うか」


 アルベルトの問いに、ジュリアンは、口の端をわずかに歪めた。


「思っていない。だが、退路のひとつやふたつ、この宮殿に潜ませていないとでも?」


 その言葉と同時に、ジュリアンは踵を返した。私兵の半数を伴い、玉座の間の脇にある小さな扉へと駆け込んでいく。残された兵たちは、なおも武器を構えたまま立ち尽くしていた。もはや、逃げた主を追う気力すら残っていないようだった。


「追わなくてよろしいのですか」


 エレノアが、アルベルトの傍らで問うた。


「追わせても、無駄だろう」


 アルベルトは、静かに答えた。


「あの男のことだ。この宮殿の抜け道の一つや二つ、とうに調べ上げているはずだ。今はそれよりも、この場を収めることが先だ」


「武器を捨てよ!」


 誰かが、広間に向かって叫んだ。近衛の兵たちが、次々と玉座の間へ雪崩れ込んでくる。残された私兵たちは、抗う気力もないまま、次々と武器を下ろしていった。剣が石畳に落ちる音が、幾重にも重なって響いた。


 その光景を、国王は玉座の上から、ただ呆然と見つめていた。先ほどまでの狼狽すら、今は表す気力を失っているように見えた。肘掛けを握りしめたまま、身じろぎひとつしない。玉座に座っているというのに、今の国王ほど、その座から遠い人間もいなかった。


 アルベルトは、その姿を一瞥した。かつて自分が担っていた重みに、今、形だけの息子が押し潰されようとしている。だが、それを憐れむ余裕は、まだこの身にはなかった。


「王宮は、ひとまず取り戻した」


 アルベルトは、低く呟いた。


「だが、ジュリアンをこの場で仕留めなかった以上、まだ終わってはおらぬ」


 剣戟の音は、いつの間にか止んでいた。代わりに、王宮のあちこちから、武器を捨てる金属音と、押し寄せる兵たちの足音が響いている。降伏した私兵たちは、次々と縄を打たれ、広間の隅へと座らされていった。


 エレノアは、玉座の間の惨状を見渡しながら、静かに口を開いた。


「勝った、と言ってよろしいのでしょうか」


「まだだ」


 アルベルトは、短く答えた。


「ジュリアンを野放しにしている限り、この夜が本当に終わったとは言えぬ。奴が牙を研ぎ直す前に、こちらも次の手を打たねばなるまい」


 長い夜は、まだ明けそうになかった。


(第32話へ続く)


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