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愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第3部:陰謀の解明と黒幕の追い詰め編

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第30話:王宮の激動

 玉座の間。


 深夜だというのに、広間には煌々と灯りが灯されていた。国王――中身はアデル――は、玉座の上で、落ち着かない様子で身じろぎしていた。夜半に叩き起こされ、正装もそこそこに玉座へ座らされた格好で、頭には寝癖すら残っている。


 遠くから響く剣戟の音は、先ほどから止む気配がない。それが、王としての矜持よりも先に、アデルの中の恐怖を刺激していた。


「何なのだ、この騒ぎは」


 国王は、控えていた侍従を怒鳴りつけた。


「外が、やけに騒がしいではないか」


「そ、それが」


 侍従は、青ざめた顔で答えた。


「近衛隊本部が、何者かに襲撃されたとの報せが。詳細は、まだ」


 その時、玉座の間の大扉が、乱暴に開け放たれた。


 現れたのは、鎧に身を包んだジュリアンだった。その背後には、私兵とガーディナー侯爵をはじめとする一派の兵たちが、隊列を組んで続いている。


 広間の隅に控えていた数名の重臣たちが、息を呑んで後ずさった。誰も、この事態を止める術を持たなかった。


「ジュリアン、これは、どういうことだ」


 国王は、玉座から腰を浮かせた。その声には、隠しきれない狼狽があった。


「父上」


 ジュリアンは、静かに、しかしはっきりと言った。


「今宵をもって、その席を、お譲りいただきます」


「な……」


 国王の顔から、みるみる血の気が引いていった。


「謀反、だと。お前、正気か」


「正気です。むしろ、これまでの方が、どうかしていた」


 ジュリアンは、玉座に向かって、一歩、また一歩と歩みを進めた。


「増税を重ね、国庫を私物化し、忠臣を次々と遠ざける。この国は、あなたの代で、確かに崩壊寸前まで追い込まれました」


「そ、それは」


 国王は、しどろもどろに言葉を探した。


「税は、国のために必要だったのだ。国庫のことも、いずれ、きちんと返すつもりで」


「言い訳は、結構です」


 ジュリアンは、切り捨てるように言った。


「民の声も、重臣たちの声も、とうに聞き届けております。あなたを支持する者は、もはやこの宮殿のどこにもいません」


「黙れ! 俺は、王だぞ!」


 国王は、震える声で叫んだ。だが、その声には、かつての威圧感はどこにもなかった。


「衛兵! 衛兵はどこだ! こやつを取り押さえよ!」


 誰も、動かなかった。


 玉座の間に控えていたはずの近衛たちは、すでにジュリアンの兵に取り囲まれ、武器を取り上げられている。頼みの綱は、どこにも残されていなかった。


「無駄です」


 ジュリアンは、冷たく言い放った。


「この宮殿は、すでに我らが押さえました。あなたに従う者は、もう誰もいません」


「そんな……そんな馬鹿な話があるか」


 国王は、玉座の上で首を振った。


「俺は、王だぞ。この国の全ては、俺のものだ。誰も、俺に逆らえるはずが」


「その考え方こそが、あなたの敗因です」


 ジュリアンは、静かに言った。


「王という座は、力ずくで振りかざすためのものではありません。父上は、最後までそれを、お分かりにならなかった」


 国王は、玉座の上で、体を縮こまらせた。あれほど傲慢だった男が、今や、震える一匹の獣のようだった。


「ま、待て。話し合おう。何なりと、要求を聞くから」


「今更、遅い」


 ジュリアンは、剣の柄に手をかけた。


 国王は、玉座の肘掛けにしがみつくようにして、身を縮めた。かつて、宝物庫の目録を眺めては悦に入り、大祝宴を開いては散財を誇っていた男の姿は、もうどこにもなかった。ただ、死を恐れる一人の人間が、そこにいるだけだった。


 まさにその時、玉座の間の別の扉が、勢いよく開いた。


「そこまでだ、ジュリアン」


 アルベルトが、エレノアを伴い、広間に姿を現した。


 ヴィクトリアには、あらかじめ離宮に残り、万一の際の退路と外部との連絡を確保しておくよう頼んであった。


「兄上……」


 ジュリアンの目に、初めて動揺の色が浮かんだ。


「なぜ、ここに」


「お前が動くと分かっていたからだ」


 アルベルトは、まっすぐにジュリアンを見据えながら、玉座の間の中央へと進み出た。


「父上を排するというなら、まずは、わしを通してもらおう」


 二人の間に、張り詰めた沈黙が満ちた。


 しばらく、誰も動かなかった。剣戟の音は、いつの間にか近衛隊本部の方角から、王宮の廊下へと移り変わっていた。この場に踏み込んでくるのは、時間の問題だろう。


「兄上まで、私の邪魔をなさるのですか」


 ジュリアンは、剣の柄から手を離さないまま、低く問うた。


「邪魔ではない」


 アルベルトは、静かに答えた。


「お前のやり方を、認めるわけにはいかぬ、というだけのことだ」


「認めるも、認めぬも」


 ジュリアンは、口の端を歪めた。


「もはや、兄上に選ぶ権利などありません。この場は、すでに私が制しております」


 私兵たちが、じりじりと包囲の輪を狭めていく。剣戟の余韻が、まだ遠くから響いていた。玉座の上では、国王がなおも震えながら、事の成り行きを見守っている。


 エレノアは、アルベルトの傍らで、油断なく周囲を見渡していた。退路は、すでに塞がれている。だが、その表情に、諦めの色はなかった。


 王宮の運命を分ける夜が、今、その頂点を迎えようとしていた。


(第31話へ続く)


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