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愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第3部:陰謀の解明と黒幕の追い詰め編

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第29話:ジュリアンの決起

 ジュリアンの私室。


 夜も更け、蝋燭の火だけが、部屋を照らしていた。窓の外は分厚い雲に覆われ、月の姿はどこにもない。


 卓上には、方々から届いた報告書が、山と積まれていた。どれも、この数日で集めさせたものだった。目を通すほどに、苛立ちだけが募っていく。


「近衛の幹部が、ほぼ全て王太子殿下に懐いている、と。先だっての夜、ランバート自ら王太子府を訪れ、忠誠を誓ったとの報せもございます」


 ジュリアンは、報告書の一枚を、指先で弾いた。


「重臣どもも同様か」


「表立った動きはございません。ですが、水面下では、そのように」


 灰衣の男が、久方ぶりに姿を見せ、静かに答えた。


「市井の声も、日を追うごとに王太子殿下へ傾いております。もはや、覆すのは容易ではないかと」


 ジュリアンは、しばし黙り込んだ。


 偽りの同盟を持ちかけてきた兄の真意は、いまだ測りかねている。だが、あの日を境に、包囲網が着実に狭まっているのは、疑いようのない事実だった。近衛、重臣、そして民草。かつては誰もが陰で愚兄と噂した男に、今や誰もが期待の目を向けている。


 その変わり身の早さが、ジュリアンには、腹立たしくてならなかった。


「父上を排する計画は、順調に進んでいるようですが」


 灰衣の男が、続けて言った。


「殿下ご自身のお立場は、日に日に危うくなっているように見受けられます」


「言われずとも、分かっている」


 ジュリアンは、低く吐き捨てた。


 このまま待てば、いずれ兄が全てを掌握する。父上を排したところで、その後に待つのは、兄の天下だ。自分に残されるのは、せいぜい体のいい傀儡の椅子だろう。


「待つ理由は、もはやない」


 ジュリアンは、静かに、しかしはっきりと言った。


「ガーディナー侯爵をはじめ、こちらに与する貴族は、いつでも動ける状態か」


「はい。いつでも」


 灰衣の男は、深く頭を下げた。


「では、決行する」


 ジュリアンの口元に、これまでにない、冷たい笑みが浮かんだ。


「兄上が包囲網とやらを完成させる前に、こちらが先に、玉座を奪う」


 その夜、王宮は、静かな闇の中にあった。


 だが、その静けさは、長くは続かなかった。


 深夜、王宮の各門に、見慣れぬ紋章を掲げた一団が、音もなく展開していった。ジュリアンの私兵と、ガーディナー侯爵をはじめとする一派の私設兵たちだった。


「近衛隊本部を制圧しろ。抵抗する者は、構わず排除してよい」


 指揮官らしき男が、闇の中に低く声を響かせた。


 近衛隊の詰所では、不寝番の兵士たちが、突然の襲撃に慌てて武器を取った。だが、多勢に無勢だった。扉という扉が次々と打ち破られ、抗う間もなく取り押さえられ、あるいは打ち倒されていく。松明の炎が、詰所の壁を赤く舐めていた。


「何事だ!」


 異変を察知したランバートが、剣を手に駆けつけた。


「近衛隊長か」


 私兵の指揮官が、ランバートを見据えた。


「大人しく投降されよ。事を構えれば、命の保証はできぬ」


「ジュリアン殿下の差し金だな」


 ランバートは、剣を構えたまま、鋭く言い放った。


「謀反だぞ、これは」


「謀反、ではない」


 指揮官は、薄く笑った。


「正しき血筋による、正しき是正だ」


 両者の間に、一瞬の静寂が走った。


 次の瞬間、剣戟の音が、王宮の夜を切り裂いた。


 同じ頃、王太子府では、けたたましい足音とともに、衛兵の一人が駆け込んできた。


「殿下! 近衛隊本部が、何者かに襲撃されております! ジュリアン殿下の私兵と、諸侯の私設兵と思われる一団です!」


 寝所から飛び出してきたアルベルトは、一瞬で表情を険しくした。


「来たか。ジュリアンが、ついに動いたか」


 そこへ、エレノアも駆けつけてきた。その顔からは、血の気が引いている。


「儀式も、まだこれからだというのに」


「予定より、早すぎる」


 アルベルトは、こめかみを押さえた。


「包囲網が完成する前に、こちらの動きを封じるつもりだろう」


「今、私たちに、打てる手は」


「まずは、ランバートたちの無事を確かめる。それから」


 アルベルトは、窓の外、遠くに見える炎の色を見据えた。近衛隊本部の方角だった。


「玉座の間へ向かう。ジュリアンの狙いが玉座なら、あやつは、必ずそこに現れる」


 エレノアは、しばし言葉を失った。だが、すぐに頷いた。


「私も参ります」


「危険だ」


「殿下おひとりで行かせる方が、よほど危険です」


 エレノアの声には、有無を言わさぬ強さがあった。


 アルベルトは、しばし彼女を見つめてから、小さく頷いた。


「離れるな。何があっても、わしのそばを離れるな」


「はい」


 アルベルトは、剣を腰に佩き、上着に袖を通しながら、廊下へ足を踏み出した。エレノアも、すぐさま後に続く。


 王太子府の外に出ると、遠くの空が、炎の色にわずかに染まっているのが見えた。剣戟の音は、次第にこちらへ近づいてくる。


 王宮の空には、剣戟の音と、兵たちの叫びとが、絶え間なく響き渡っていた。


 積み上げてきた包囲網も、慎重に進めてきた儀式の計画も、この夜、全てが試されようとしていた。


 嵐は、ついに訪れた。


(第30話へ続く)


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