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愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第3部:陰謀の解明と黒幕の追い詰め編

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第27話:包囲網の完成

 王太子府、執務室。夜。


 人払いを済ませた部屋には、蝋燭の灯りだけが、静かに揺れていた。窓の外はすでに暗く、遠くで夜番の兵が交代する足音がかすかに響いている。


 その静けさの中に、近衛隊長ランバートが、姿勢を正して控えていた。


「わざわざ夜分に、すまなかった」


 アルベルトは、椅子から立ち上がった。


 ランバートは、微動だにせず答えた。


「いえ。殿下のお呼びとあらば、いつでも」


「単刀直入に聞く」


 アルベルトは、まっすぐにランバートを見据えた。


「もし、陛下と王太子――わしとが、真っ向から対立する事態になったとしたら、近衛隊は、どちらにつく」


 部屋に、しばしの沈黙が落ちた。蝋燭の炎だけが、小さく揺れている。


 ランバートは、目を伏せることなく、静かに口を開いた。


「以前より、心を決めております」


「聞かせてくれ」


 ランバートは、はっきりと言い切った。


「陛下は、確かに玉座におられます。ですが、我らが忠誠を誓うべきは、王家の血筋そのものであって、玉座に座る一人の気まぐれではございません。先の調印式で殿下がお見せになった判断、そして日頃の政務への向き合い方。あれを見て、迷う者は、隊の中にはもういないかと」


「わしを、支えると」


 ランバートは、深く頭を下げた。


「近衛隊は、殿下のご意向に従います。隊員一人一人にまで、確かめて回ったわけではございません。ですが、幹部の総意として、そう申し上げられます。いざという時は、遠慮なくお申し付けを」


 アルベルトは、しばし言葉を失った。それから、静かに頭を下げ返した。


「恩に着る。この件、決して忘れぬ」


「もったいないお言葉です」


 ランバートは、一礼して部屋を後にした。その足音が遠ざかると、入れ違いにエレノアが姿を見せた。


「聞いていたのか」


「扉の外で、少しだけ」


 エレノアは、小さく微笑んだ。


「私からも、ご報告が」


「重臣たちのことか」


「はい」


 エレノアは、卓上に一枚の紙を広げた。几帳面な字で、幾人もの名が書き連ねられている。


「宰相殿を筆頭に、財務卿エドワード様、それに文官の大半が、密かに殿下を支持する構えを固めつつあります。表立って陛下に背くことはできませんが、いざという時、殿下の側につく意志は固いかと」


「思っていたより、早いな」


 エレノアは、静かに続けた。


「陛下の自滅ぶりが、それだけ早かった、ということでしょう。市井の声も、同様です。以前お伝えした通り、殿下への期待は、日を追うごとに大きくなっています。先日など、露店の商人たちが、殿下の名で寄付を募ろうという話まで出ていたほどです」


「大袈裟な話だ」


 アルベルトは、苦笑した。


「大袈裟でしょうか」


 エレノアは、まっすぐにアルベルトを見つめた。


「先ほどの話を聞いて、確信いたしました。近衛、重臣、そして民。三つの支えが、静かに、しかし確かに、殿下のもとへ集まりつつあります」


「包囲網、というわけか」


 アルベルトは、椅子に深く座り直した。


「あやつを追い詰めるための網ではない。あやつが、自ら追い詰められていった結果だ」


「同じことです」


 エレノアは、静かに言った。


「理由がどうであれ、結果として、殿下の周りに、確かな力が築かれつつあります」


 アルベルトは、しばし黙り込んだ。窓の外、夜空には、まだ丸みを増しきらぬ月がかかっている。


 やがて、低く呟いた。


「網が完成したところで、まだ動く時ではない。解薬の儀式を無事に終えるまでは、迂闊に事を構えられぬ。今、あやつを追い詰めすぎれば、何をしでかすか分からぬ」


「承知しています」


 エレノアは、頷いた。


「ですが、いざという時に頼れる力があると分かっているだけで、心強いものです」


「ああ」


 アルベルトは、静かに頷き返した。


「だが、油断はできぬ。ジュリアンも、この流れを見過ごしてはいまい。あやつのことだ、こちらの包囲網が完成に近づいているのを、指をくわえて見ているとは思えぬ」


 その名を口にした途端、部屋の空気がわずかに引き締まった。


 エレノアは、表情を硬くした。


「ジュリアン殿下の動きは、まだ表には出ていません。ですが、水面下で何かを進めている気配はあります。灰衣の男の姿も、このところ、めっきり見えなくなりました」


「息を潜めている、ということか」


 アルベルトは、低く唸った。


「それとも、すでに何かの準備に入っているか」


 二人の間に、重い沈黙が落ちた。蝋燭の炎が、風もないのに小さく揺らめいた。


 エレノアは、静かに続けた。


「動きが読めない相手ほど、厄介なものはありません。こちらの網が完成に近づいているという事実そのものが、あちらにとっては動く理由になり得ます。追い詰められれば、なりふり構わなくなるのは、陛下だけとは限りません」


「その通りだ」


 アルベルトは、静かに頷いた。


「だからこそ、油断はできぬ。網を張り終えたことに満足して、足を止めるわけにはいかぬ」


 網が完成に近づくほど、追い詰められる者は二人いる。玉座に座る愚かな息子と、影で糸を引く野心家の弟。どちらが先に動くか、その一点に、これからの全てがかかっていた。


(第28話へ続く)


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