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愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第3部:陰謀の解明と黒幕の追い詰め編

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第21話:秘薬の製造

 離宮、ヴィクトリアの私室。


 卓上には、古びた革表紙の写本が広げられていた。


「書庫の奥、ようやく閲覧の許しが下りました」


 ヴィクトリアは、疲れの滲む声で言った。


「思っていたより、時間がかかりましたね」


 エレノアが、写本を覗き込みながら答えた。


「先代の頃の記録係が、すでに代替わりしていましたから。一から、王妃としての立場と、閲覧の資格を証明する羽目になりました」


 ヴィクトリアは、扇の先で写本の一節を示した。


「これが、フィンレイの言っていた術の記述です」


 アルベルトは、写本に目を落とした。


 古い文字は判読しづらく、ところどころ虫食いで欠けている。


「銀朧草、月影蘭、そして涙露珠――この三種を、満月の光の下で調合したものが、術を解く鍵になる、とあります」


 ヴィクトリアが、写本の文字をなぞりながら読み上げた。


「聞いたこともない名だ」


 アルベルトは、眉を寄せた。


「私も同じです」


 エレノアが、静かに首を振った。


「フィンレイに聞けば、何か分かるでしょうか」


「彼の専門は、毒と鑑定です。栽培や調合の細かな知識までは、期待できないでしょう」


 ヴィクトリアが、扇を閉じた。


「宮廷薬師のオーウェンなら、あるいは」


「オーウェン殿ですか」


 エレノアが、わずかに目を見開いた。


「王宮薬草園を長年預かる者です。堅物ですが、余計なことは決して口にしません」


 ヴィクトリアは、静かに続けた。


「以前、私の実家との縁で、一度だけ助けたことがあります。恩を返すつもりで、動いてくれるかもしれません」


「頼めますか」


 アルベルトの問いに、ヴィクトリアは頷いた。


「私から、話をつけましょう」


 三日後、王宮薬草園の奥にある温室で、密やかな会合が持たれた。


 昼間の作業員たちが引き上げたあとの温室は、しんと静まり返っている。ガラス越しの月明かりが、並んだ鉢植えを青白く照らし、湿った土と草の匂いが、狭い空間にこもっていた。見慣れぬ蔓草が、天井近くまで這い上っている一角もある。


 オーウェンは、白髪交じりの眉を寄せ、ヴィクトリアから示された写本の写しを、食い入るように見つめていた。指先には、長年土に触れてきた者らしい、固く節くれ立った跡があった。


「銀朧草は、北の山地にしか自生しません。月影蘭は、さらに稀少で、国内にはほとんど出回っておりません」


 オーウェンは、低い声で言った。


「涙露珠に至っては、私も名を聞いたことがある程度です」


「入手は可能ですか」


 エレノアが、単刀直入に尋ねた。


「不可能ではありません。ですが」


 オーウェンは、写本から顔を上げた。


「銀朧草だけでも、採取から数えて二十日はかかりましょう。月影蘭は、さらに時間を要します。涙露珠に至っては、どこに当たりをつければよいのかすら、今は分かりません」


「時間との勝負、か」


 アルベルトは、低く呟いた。


「殿下」


 オーウェンが、あらためてアルベルトへ向き直った。


「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」


「言え」


「これは、何のための調合にございますか」


 部屋に、一瞬の沈黙が落ちた。


 アルベルトは、ヴィクトリアと視線を交わした。


「詳しくは話せぬ」


 やがて、静かに答える。


「だが、この国の行く末を左右する、それだけは確かだ」


 オーウェンは、しばし黙り込んだ。


「王妃陛下からのお頼みです。詮索はいたしません」


 やがて、深く頭を下げた。


「私にできる限りのことは、いたします」


「恩に着る」


 アルベルトは、静かに頭を下げ返した。


「ただし」


 オーウェンが、あらためて釘を刺すように言った。


「この件、私一人の裁量で動かせる話ではございません。薬草園の出入りは、記録が残ります。不審な動きがあれば、いずれ誰かの目に留まりましょう」


「気づかれる可能性がある、と」


 エレノアが、表情を硬くした。


「絶対にないとは、申し上げられません」


 オーウェンは、正直に答えた。


「ですが、記録を細工する程度のことは、私の裁量でできます。しばらくは、それで凌げるはずです」


 その夜、王太子府に戻ったアルベルトは、エレノアと二人、執務室で向き合っていた。


「二十日、いや、もっとかかるかもしれん」


「その間、ジュリアンを抑え続けねばなりません」


 エレノアの声には、隠しきれない緊張があった。


「あやつは、すでに秘蔵酒の正体に気づき始めている」


 アルベルトは、窓の外へ目をやった。


「時間をかければかけるほど、勘づかれる危険が増す」


「それでも、急いては、術そのものが失敗しかねません」


 エレノアは、静かに言った。


「オーウェン殿の言葉を信じるなら、材料は正しく揃えねば、意味がないのでしょう」


「分かっている」


 アルベルトは、こめかみを押さえた。


「だが、悠長に構える余裕もない」


 窓の外、月がわずかに欠け始めていた。


 次の満月まで、まだ多くの時間が残されている。長いようで、あまりに短い時間だった。ジュリアンの動き、民の期待、そして日々崩れていく国王の威信。そのどれもが、待ってはくれない。


 それが、希望なのか、それとも、破滅までの猶予に過ぎないのか。


 今はまだ、誰にも分からなかった。


(第22話へ続く)


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