表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚息と体が入れ替わった王ですが、どうやら我が国は崩壊寸前らしい  作者: あずきまんま
第1部:裏からの反撃と陣営構築編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

第10話:グラナダからの最終通告

執務室の空気が、張り詰めていた。


エレノアの視線が、アルベルトの手元に注がれている。


アルベルトは、封を切った。


羊皮紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。


中から現れたのは、一枚ではなく、二枚の紙だった。


一枚目は、見慣れた書式の正式な国書。


だが、まだ開いていない。


先に目を通したのは、小さく折り畳まれた二枚目、私信めいた紙片だった。


『王太子殿下へ。正式な国書が届く前に、これだけはお伝えしたく』


差出人の名はない。


だが、筆跡には見覚えがあった。


エレノアが息を呑む。


「あの書記官の……」


何度か、エレノアの侍女を介して言葉を交わしてきた相手だった。


顔も知らぬまま、互いの国の平和だけを願って文を交わしてきた。


「ああ」


アルベルトは頷き、続きを読んだ。


『グラナダ国王陛下は、これ以上の猶予をお認めになりません。正式な国書は、本日中に王宮へ届けられます。内容は――謝罪なくば、三日後に開戦』


紙を持つ指に力がこもった。


『陛下の御決断を、心よりお祈り申し上げます』


それだけだった。


「三日……」


エレノアの声が掠れた。


アルベルトは、もう一枚――正式な国書の封を切った。


紙面に並ぶ流麗な文字を、目で追う。


大使追放への謝罪要求。


関税三倍への撤回要求。


そして最後の一文。


『以上の非礼につき、三日以内に正式な謝罪と撤回なきときは、我が軍は国境を越える』


末尾には、グラナダ国王自らの署名。


偽りようのない、本物の重みだった。


卓上に置かれた国書の縁が、燭台の炎を受けて鈍く光っている。


エレノアが、その一文をもう一度読み返した。


「三日……国境まで早馬で一日。往復だけで二日は消えます」


「実質、動ける猶予は一日あるかないかということか」


「謝罪……」


アルベルトは低く呟いた。


「あの男に、それができると思うか」


エレノアは答えなかった。


答える必要もなかった。


王太子府。


半刻後には、ヴィクトリアも呼び出されていた。


三人が囲む卓の上に、国書が広げられている。


「三日」


ヴィクトリアが繰り返した。


「短すぎます」


「向こうにとっては、十分すぎる猶予のつもりだろう」


アルベルトは腕を組んだ。


「大使追放から、もう十日近く経っておる。謝罪の機会は、とうに与えられていたということだ」


「問題は、謝罪の中身です」


エレノアが国書の一文を指でなぞる。


「国王陛下ご自身の署名と、公式の書状による撤回が求められています。誰かが代わりに書いて済む話ではありません」


「あの男に頭を下げさせる……」


ヴィクトリアが扇を握る手に、力がこもった。


「想像するだけで、気が遠くなりますね」


「だが、やらねば戦になる」


アルベルトの声が、部屋の空気を引き締めた。


「冷害の年に、隣国との大戦だと。国庫はようやく持ち直したばかりだ。今、戦を始めれば、国そのものが保たぬ」


「北方の守りは」


ヴィクトリアが問う。


「後任として据えられた三名は、皆ジュリアンの息がかかった者たちだ」


アルベルトの表情が険しくなった。


「グレイソンは、解任されたままだ。実際に軍を動かせる立場にはない」


「今、あの北の守りに戦を任せられるか、正直分からぬ」


「代筆という手は」


エレノアが言いかけて、すぐに自分で首を振った。


「国王陛下の署名を、他人が真似ることは重罪です。もし露見すれば、謀反の証拠になりかねません」


「わしも同じことを考えて、同じ結論に至った」


アルベルトは苦く笑った。


「正攻法しかない、ということだ」


「正攻法で、あの子が頭が下げるでしょうか」


ヴィクトリアの声には、産み育てた者だけが知る諦念が滲んでいた。


「あの子は、負けを認めたことが一度もありません。小さい頃から」


ヴィクトリアが、静かに、しかし鋭く言った。


三人とも、しばらく答えを持たなかった。


沈黙が落ちた。


「時間がありません」


エレノアが立ち上がる。


「正式な国書が王宮へ届くのは、本日中とのことです。陛下がどう出るか、先んじて知る必要があります」


「わしが行く」


「陛下」


エレノアが呼び止める。


「もし、間に合わなかったら」


「その時は」


アルベルトは、彼女を振り返った。


「戦を止める算段を、また一から練るまでだ。諦めるという選択肢は、初めから持っておらぬ」


エレノアは、一瞬だけ目を見開いた。


それから、静かに頷いた。


「私も、参ります」


「北方には」


ヴィクトリアが呼び止める。


「密使を。グレイソンたちに、いつでも動ける備えをさせておきましょう」


「頼む」


アルベルトは短く答え、扉へ向かった。


扉が閉まると、ヴィクトリアはすぐさまクララを呼んだ。


「北方へ、早馬を」


「文面は」


「『備えよ、ただし動くな』それだけで構いません」


クララは一礼し、足早に部屋を出ていった。


ヴィクトリアは窓辺に立ち、遠くグラナダの方角を見つめる。


三十年、この国の行く末を見守ってきた瞳に、初めて隠しきれない不安が滲んでいた。


その日の夕刻。


国王執務室。


アルベルトとエレノアが扉の外へ着いた時には、すでに室内から怒声混じりの笑い声が漏れていた。


扉番の近衛兵が、二人を見て気まずそうに目を伏せる。


「殿下……今は、あまり良い頃合いでは」


「構わぬ。通せ」


アルベルトは短く言い放ち、扉の隙間から中の様子を窺った。


正式なグラナダの国書は、すでに届いていた。


アデルは、それを片手に持ったまま、大声で笑っていた。


「あぁ? 謝れだと? このグラナダの田舎者どもが、いい度胸してるじゃねぇか」


傍らに控えていた老臣が、青ざめた顔で進み出た。


「陛下、これは看過できる内容ではございません。三日以内に事を収めねば、国境で戦が」


「上等だろ」


アデルは国書を机へ叩きつけた。


「向こうから喧嘩売ってきたんだ。受けて立ってやるよ」


「陛下、冷害の年でございます。今、戦を起こせば、民の暮らしが立ち行きません」


財務卿エドワードが、震える声で割って入った。


「知らねぇよ、そんなこと」


アデルは、財務卿の言葉を鼻先で笑い飛ばした。


法務卿セルジュも、震える声で進み出た。


「陛下、宣戦布告には正式な手続きが……」


「またそれかよ!」


アデルが机を叩く。


「お前らはいつもいつも、手続きだ法だとうるさいんだよ! 俺は王だぞ!」


セルジュは、深く頭を下げたまま、それ以上何も言えなかった。


長年国政を支えてきた老臣の背が、その瞬間、ひどく小さく見えた。


アデルは鼻を鳴らした。


「勝てばいいんだろ、勝てば」


「陛下……!」


「近衛と北方の軍を動かせ。先に叩き潰してやる」


軍務卿と思しき壮年の男が、顔面蒼白のまま立ち尽くしていた。


誰も、その命令に「はい」とは答えられずにいる。


アルベルトの喉が、干上がるように渇いた。


(間に合わなんだ)


これ以上見ていても、状況は悪くなるだけだった。


アルベルトは、拳を握ったまま扉から離れた。


エレノアが、静かに隣へ並ぶ。


「陛下」


「今は何も言うな」


アルベルトは低く遮った。


「頭を冷やす時間がいる」


廊下を数歩進んだところで、背後から声がかかった。


「兄上」


囁くような声だった。


振り向くと、ジュリアンが穏やかな顔で立っていた。


「面白いことになりましたね」


「ジュリアン、お前……」


「私は、何もしておりませんよ」


ジュリアンは両手を軽く広げた。


「ただ、父上がお決めになったことです」


その瞳の奥に、隠しきれない愉悦の色があった。


「兄上は、戦がお嫌いですか」


ジュリアンが、首を傾げるように問う。


「くだらぬ問いだ」


アルベルトは低く答えた。


「戦とは、勝っても負けても民が死ぬものだ。好き嫌いで語るものではない」


ジュリアンは、一瞬だけ目を見開いた。


それから、いつもの笑みへ戻る。


「相変わらず、達観しておられる」


ジュリアンは軽く一礼し、静かに去っていった。


その足音が完全に消えてから、エレノアが小さく息をついた。


「どう思われますか」


「あやつは、この戦を望んでいる」


アルベルトの声は、平坦だった。


「国が乱れれば乱れるほど、あやつにとっては好都合だからな」


エレノアが、わずかに眉を寄せる。


「国庫を守ったばかりだというのに」


「休む暇もないな」


アルベルトは、自嘲するように笑った。


「金の次は、戦か」


アルベルトは拳を握りしめた。


遠く、執務室の中からは、まだアデルの喚き声が漏れ聞こえていた。


「グラナダの連中に見せてやれ! この国の王がどれだけ怖いか!」


老臣たちが、なすすべもなく顔を見合わせている。


窓の外、夕闇に沈む王都の向こうに、遠くグラナダとの国境が横たわっていた。


あの土地に、何万という兵が押し寄せる光景を、アルベルトは容易く思い描けた。


焼かれる村。


逃げ惑う民。


かつて自らが守り抜いてきたはずの国境線が、今、最も脆い場所になろうとしていた。


三日後。


その言葉が、アルベルトの頭の中で鐘のように鳴り続けていた。


(第11話「暴君への諫言」へ続く)


お読みいただきありがとうございました!


面白かったらぜひ【ブックマーク】とページ下の【★★★★★評価】で応援よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ