第9話 弾頭進撃
神罰の光が、真っ二つに割れた。
俺が振り抜いたなまくら刀の軌跡に沿って、空を埋め尽くしていた純白の断頭台が、まるでただの薄いガラス細工のように左右へと引き裂かれていく。
世界消去の光は、学園都市に触れることすら許されず、街を避けるようにして遥か後方の無人の荒野へと着弾し、天を衝くほどの爆炎を上げた。
「あ……、あ……」
後ろで、ルナがへたり込んだまま、信じられないものを見る目で空を見上げていた。
無理もない。世界が下した絶対の「神罰」を、魔法の適性すら持たないはずのFランクの少年が、ただの一振りで叩き割ったのだ。常識という名のルールが、今この瞬間に完全に崩壊した。
上空の魔法陣『神罰』が、激しいノイズを上げて明滅している。
システム側も、まさか自分たちの放った最大火力の修正プログラムが、正面から物理的に「ブン殴られて」相殺されるなど、想定していなかったのだろう。
『――警告。第一規律の破損率:42%。原因物質の排除に失敗――』
『緊急措置。当該エリア一帯の「因果隔離」を申請。国家最高戦力――【神聖騎士団】への迎撃命令を出力します――』
脳内に響く世界の声は、もはや完全にエラーを起こした機械のように狂い始めていた。
「おいおい、ソラ。本当にやってのけやがったな」
時計塔の壁面を伝って、レイが息を切らせながら上がってきた。その右目からは依然として血が流れ落ちているが、その口元は見たこともないほど愉しそうに歪んでいた。
「だが、世界システムもいよいよ形振り構っていられなくなったらしい。今のシステムのアナウンスが聞こえたか? 次の刺客は、世界の防衛機構(お人形)じゃない。この世界のルールに最も深く依存し、システムの恩恵を最大に受けている連中――この国の『王権』と、その最高戦力たる騎士団だ」
レイの言葉に、俺はなまくら刀をゆっくりと鞘に収めた。
手元を見れば、度重なる限界突破の負荷により、刀身には無数のひびが入り、今にも崩れ落ちそうになっている。だが、俺の胸の中に灯った白銀の炎は、消えるどころかさらに勢いを増していた。
「国、か」
「ああ。これからはただの『バグ排除』じゃない。システムを守るために、国家という巨大な権力そのものが、総力を挙げてお前を、そして俺たち『オーバーライト』を圧殺しにくる。文字通りの【戦争】が始まるぞ、ソラ」
レイはそう言いながら、俺の出方を試すように視線を投げかけてくる。
世界を統べる国家すべてを敵に回す。それは、これまでの「日陰者の無能」としての生活を完全に捨て、世界の破壊者として歩むことを意味していた。
「ソラ……、どうして……。私のために、なんでそこまで……」
ルナが震える声で、俺の衣服の裾を掴んできた。彼女の瞳には、かつて俺に向けていた哀れみではなく、底知れない恐怖と、それ以上の深い困惑が混ざり合っていた。
俺はルナを振り返り、その頭にそっと手を置いた。10年前、泣きじゃくる彼女の前に立ったあの日と同じように、不器用な笑顔を浮かべてみせる。
「言ったろ、ルナ。俺は『有言実行』の男だ。お前の盾になるって言った言葉に、一文字だって嘘はねぇよ」
そして俺は、学園都市の遥か向こう、王都がある方角へと視線を向けた。
世界のシステムに生かされ、そのルールを盲信して俺たちを「無能」と見下してきた者たち。彼らが次なる敵となるのなら、俺の答えは最初から一つだけだ。
すぅ、と息を吸い込む。
国を相手にする。その巨大な因果を受け止めるために、俺は今持てるすべての魔力を喉へと集中させた。
「レイ。あんたたちの組織『オーバーライト』に、改めて乗らせてもらう。国がシステムの手先になって俺たちを潰しにくるってんなら――」
俺の言葉(有言)が、大気を震わせ、世界システムの網の目をラグさせていく。
「――その国ごと、世界のルールを根こそぎひっくり返してやるよ。俺たちバグの力、舐めるなよ」
『――有言を認知。対象【神聖帝国・及び世界システム】への宣戦布告をプロセスに登録――』
『世界命令を強制上書き。これより、当該因果を【国家間戦争の確定未来】としてロックします――』
バリバリバリッ!!!
王都の方角の上空が、俺の言霊の圧力によって赤黒く染まり、不穏な雷鳴が轟いた。
一人の少年が放った言葉が、国全体の運命を強引に引きずり回し、戦争の泥沼へと叩き落とす引き金となったのだ。
「最高だ、ソラ。その狂気こそ、俺たちが待ち望んだ『弾頭』だ」
レイが眼帯を再び装着しながら、歓喜に満ちた声で笑う。
最弱と笑われた少年の言葉の檻が、今、一国を滅ぼしかねない巨大な進撃の号砲へと変わった。




