第7話 絶対未来
『オーバーライト』の認識阻害結界を我が身の言霊だけで吹き飛ばした俺を、レイは可笑しそうに見つめていた。周囲のバグ保持者たちも、その圧倒的な因果の圧力に息を呑んでいる。
「宣言(有言)が未来をロックした、か。お前がそう言っちまった以上、もう世界システムもお前を止めるか、その未来を無理やり引きずり出されるかの二択しかなくなったわけだ」
レイは外套を翻し、転移の魔導陣が刻まれた中央のプラットフォームへと歩き出す。
「だがな、ソラ。お前が背負った『絶対確定未来』の重さは、生半可なものじゃない。お前が学園に近づいた瞬間から、世界規律の調律者どもが群れをなして降ってくるぞ」
「望むところだ。あいつらの都合でルナを消されてたまるかよ」
俺はボロボロの身体を引きずり、一歩一歩、レイの隣へと進む。
一歩進むたびに、筋肉が悲鳴を上げ、体内の魔術回路が火花を散らすような激痛が走る。だけど、俺の心臓はかつてないほどに力強く脈打っていた。恐怖はない。あるのは、自ら課した言葉を完遂するという、極限の昂ぶりだけだ。
「よし。なら、俺の『付和雷同』で、お前が現地に到着するまでの『道中にある全ルール』をいなしてやる。だが、学園の真上に展開されつつある神罰の術式そのものは、俺の出力じゃ同調しきれない。あれを叩き潰すのはお前の役目だ」
「ああ、一撃でブチ抜いてやるさ」
俺たちが魔導陣の中心に立つと、白銀の幾何学模様が足元から湧き上がり、俺たちの身体を包み込んでいく。
『――警告。エラー個体の移動を検知。第二調律フェーズを即時実行します――』
脳内に響く世界の声が、心なしか焦りを含んだように激しく明滅する。
「行くぞ、ソラ。世界のシステムをバグらせにいく時間だ」
レイの不敵な笑みとともに、俺たちの視界は爆発的な光に呑み込まれ、一瞬にして元の『始まりの迷宮』の地上出口――学園都市の郊外へと転移した。
視界が開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
「……おいおい、冗談だろ?」
レイが初めて苦々しい声を漏らす。
学園都市の上空。そこには、雲を割って巨大な「純白の魔法陣」が展開されていた。幾重にも重なる幾何学的な紋様は、およそ人間が紡げる規模ではない。空そのものが、巨大な機械の目となって学園を見下ろしているかのような、圧倒的な神の威圧感。
神罰――それは、世界がバグを消し去るために放つ、究極の修正プログラム。
そして、その直下に位置する学園の結界は、すでに上空からのプレッシャーだけでピキピキと音を立ててひび割れていた。
「ルナ……っ!」
俺の視線は、学園の時計塔の屋上に向けられていた。
そこには、必死に杖を掲げ、自らの『一騎当千』の魔力を全開にして、都市を守るための防壁を展開しているルナの姿があった。だが、彼女の魔力は、空を覆う神罰の質量に比べれば、あまりにも小さく、今にも消えそうな灯火のようだった。
その時、俺たちの周囲の空間が、グニャリと歪んだ。
ドスン、ドスン、ドスン。
周囲の木々がなぎ倒され、闇から這い出てきたのは――あの顔のない純白の巨兵。それも、一体や二体ではない。十、二十……数え切れないほどの『調律者』が、光剣を携えて俺たちを完全に包囲していた。
「お出ましだ。システム側もお前を絶対に学園へ近づけたくないらしい」
レイが眼帯に手をかけ、それを乱暴に引き剥がした。
露わになった彼の右目。そこには、ソラの白銀とは対照的な、ドス黒い『ノイズの文字列』が狂ったように回転していた。
「ソラ、前だけ見て走れ。周囲の雑魚のルールは、俺が全部『右から左へ』流してやる」
「頼んだ、レイ……っ!」
俺は刀の柄を握り直し、神罰の渦巻く学園へ向かって、地を蹴り飛ばした。




