第6話 有言雷同
『オーバーライト』の地下空間に満ちる、異様な熱気と冷徹な魔導の光。
ベッドからどうにか立ち上がった俺は、壁に手を突き、激痛に耐えながらレイの背中を追っていた。
すれ違う組織の人間たちの視線が、痛いほど俺に突き刺さる。
彼らの瞳の奥にあるのは、ただの好奇心ではない。「世界をハックしたバグ」に対する、期待と、それ以上の深い警戒だ。
「おい、レイ。一つ聞かせてくれ」
俺は荒い息を吐きながら、前を歩く黒い外套の背中に声をかけた。
「あんたの『付和雷同』は、世界のルールに100%同調して権限を奪う力だと言ったな。……なら、さっき俺の『有言実行』の本質を『世界への絶対命令権』だって見抜いたのも、その能力のせいか?」
レイは足を止めず、ふっと鼻で笑った。
「半分正解で、半分はハズレだ。俺の能力は確かに世界システムと同調する。だから、システム側がお前をどれほど恐れ、どんな『エラーコード』を出しているかがリアルタイムで津波のように流れ込んでくるのさ。お前の十万回の実績がもたらした限定解除は、あいつらにとって悪夢そのものなんだよ」
レイが立ち止まり、振り返る。その眼帯のない瞳の文字列が、怪しく明滅した。
「だが、もう半分は――俺自身の経験だ。ソラ、お前は『言葉』を口にすることで世界を縛るが、世の中には『言葉にしないことで因果を成立させる』バグだっている。世界をハックするアプローチは、一つじゃない」
その言葉の重みに、俺は息を呑んだ。
ここにいる奴らは全員、この世界の理不尽な「成句の格」というカースト制度から零れ落ち、自力で世界の裏側に手を伸ばした怪物たちなのだ。
「ルナは……学園は、これからどうなる?」
俺の問いに、レイは再び歩き出し、空間の中央にある巨大な光のモニターを指差した。
そこには、俺たちが戦った『始まりの迷宮』の周辺地図と、そこに集結しつつある不自然な「魔力の渦」が映し出されていた。
「お前という最大のエラーを検知した世界システムは、現在、お前の『周辺環境』を含めた一括消去を試みている。第一波の巨兵が消されたことで、システムは次のフェーズへ移行した。……ターゲットは、お前との因果関係が最も深い存在。つまり、ルナお嬢様と、お前たちが通っていた学園だ」
「なっ……っ!?」
心臓が跳ね上がる。全身の傷が引き裂かれるような衝撃が走り、俺は思わずレイの外套を掴んでいた。
「なんであいつらがターゲットになるんだよ! 化け物を倒したのは俺だ! 世界をハックしたのも俺だろ! あいつらは何も悪くない!」
「世界に感情なんてないさ。あるのは効率的な『バグのクレンジング』だけだ」
レイは俺の手を冷徹に振り払った。
「お前を生み出し、お前の『有言』の起点となった執着の対象――それを消去すれば、お前の『有言実行』の因果の糸が途切れる。システムはそう判断したのさ。あと数日もすれば、あの学園の真上に、神話級の魔獣すらゴミのように消し去る『神罰』が直撃する」
頭が、真っ白になりかけた。
俺がルナを守るために放った言葉が、巡り巡って、ルナを、街を、すべてを滅ぼす引き金になったというのか。
くそ。やっぱり俺の能力は、ただの最悪な呪いじゃないか。
『――警告。対象個体の精神不安定による因果の逆流を検知――』
脳内に、再びあの不快な世界の声が響き始める。
絶望に呑まれそうになったその時、10年前の、あの泣きじゃくる幼馴染の顔が脳裏をよぎった。
(ふざけるな……!)
俺は頭を強く振り、己の奥底にある言葉の檻を、限界まで締め付けた。
ここで絶望して口を閉ざしたら、それこそ本当に俺の人生はただの嘘になる。
「レイ。俺をそこへ連れて行け。まだ、俺の足は動く」
「正気か? 今のお前がそんな状態で言葉を使えば、それこそ今すぐ街ごと消し飛ぶぞ」
「使わなきゃ、どっちにしろ全員死ぬんだろ」
俺は床に転がっていた、あのボロボロのなまくら刀を拾い上げ、鞘に収めた。
白銀の魔力はもう出ない。身体は鉛のように重い。
だけど、俺の魂は、まだ一文字も諦めちゃいない。
「俺はあいつの盾になるって言ったんだ。世界がその因果ごとあいつを消そうってんなら――」
俺は刀の柄を強く握り締め、地下空間の全員に響き渡る声で、ハッキリと宣言(有言)した。
「――その神罰ごと、世界のシステムを正面からブン殴って、ルナを奪い返してやる」
『――有言を認知。新規プロセスの構築を開始します――』
『世界命令を上書き。これより、対象個体の有言を【絶対確定未来】としてロック――』
バキバキバキッ!!!
地下空間の照明が一斉に火花を散らし、レイの『付和雷同』が展開していた認識阻害の結界が、俺の言葉の圧力だけで強制解除されていく。
「はは、やっぱりお前、最高のバグだよ」
レイは呆れたように笑いながら、眼帯に手を当て、不敵に口元を歪めた。




