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有言の実行者 〜成句の能力で俺は世界を敵に回す〜  作者: 宴元蒼井


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第5話 非凡言葉

目を覚ますと、見慣れない天井があった。

石造りの冷たい迷宮ではなく、黒を基調としたシックな天蓋付きのベッドの上だ。

「……ここは?」

体を起こそうとして、全身に激しい激痛が駆け巡る。あまりの痛みに視界が火花を散らし、俺は短い悲鳴とともにベッドへ倒れ込んだ。

「動かない方がいい。神話級の魔力を無理やり身体に通したんだ、筋肉や魔術回路がズタボロさ。普通の人間なら一生寝たきり、悪くてそのまま肉体が崩壊して死んでるレベルだよ。それを数日でここまで繋ぎ止めたお前の回復力も、大概バグってるがね」

部屋の隅、影に溶け込むように置かれた椅子から声がした。

見覚えのある黒い外套、あるいは片目の眼帯。レイが足を組んだまま、古びた文庫本から目を離さずに言った。

「ルナは……! ルナは無事なのか!?」

自分の身体の異常など二の次だった。痛みを無視して叫ぶ俺に、レイは呆れたように大きなため息をつき、パタンと本を閉じた。

「安心しろ、あの天才お嬢様なら無傷だ。お前が気絶した後、学園の救助隊がやってきてな。お前は彼らが来る前に、俺が『付和雷同』で周囲の認識を流して、死体も残さずここに連れ去ってきた。今頃あっちの学園やギルドじゃ、お前が魔獣と相打ちになって跡形もなく消滅したってことで、盛大に葬式でも準備してるんじゃないか?」

「そう、か……。あいつが無事なら、それでいい」

力が抜け、深く枕に頭を沈める。

守れた。あの恐怖に足がすくんだ極限状態で、俺の言葉は嘘にならなかった。その事実だけで、俺のボロボロの心は満たされていた。

「さて、ソラ。お前が満足そうに眠っている間に、状況は最悪の方向に進んでいる」

レイが立ち上がり、ベッドの脇まで歩み寄ってくる。その表情には、先ほどの軽薄さは一切なく、ゾッとするほど冷徹な光が眼帯の奥に宿っていた。

「お前の『有言実行』が限定解除されたことで、世界の管理システムはお前を『排除すべき致命的なエラー』と認識した。さっきの巨兵はその第一波、いわばただの端末に過ぎない。世界システムは因果のバランスを最も重んじる。次にお前が何か世界を揺るがすような大きな『有言』をすれば、システムはそれ以上の質量でお前を潰しにくる。……次は街一つ、いや、国一つを消滅させる規模の『調律』が上空から降ってくるぞ」

「国一つ、だと……?」

俺が生きているだけで、俺がまた誰かを守るために言葉を口にするだけで、ルナや、あの街の人々が巻き込まれる。最弱と笑われていた俺の能力は、いつの間にか世界そのものを人質に取られかねない最悪の爆弾になっていたのだ。

「だから言ったろ。お前を俺たちの組織へ招待する、と」

レイが部屋の重厚な鉄製の扉を開け放つ。

そこから見えたのは、広大な地下空間に広がる、見たこともないほど異質な光景だった。

歯車と発光する魔導回路が複雑に絡み合い、天井からは数々の巨大なモニターのような光の壁が吊り下げられている。そこには世界のあらゆる場所の因果の歪みが、無数の文字列となってリアルタイムで流れていた。

そして、その空間のあちこちで、こちらを興味深そうに見つめる男女の姿があった。

優雅に紅茶を飲みながら指先一つで空間の座標をチェスのように動かしている男。ただ歩いているだけで周囲の風や物の流れを完璧にコントロールしている女。彼らの胸元のプレートには、この世界の常識では『ハズレ』とされる成句の数々が刻まれていた。

「ようこそ、世界に抗うバグの集落――『オーバーライト(上書き)』へ。ここにいる全員が、お前と同じように『世界のルール』から弾き出され、逆にそれをハックする力を手に入れた異能者たちだ」

レイが口元を不敵に歪め、俺に向かって手を差し伸べる。

世界に従うことで最強の理をいなす最弱の成句『付和雷同』を持つ男。

そして、世界を従えることで因果そのものを書き換える絶対の成句『有言実行』を持つ俺。

「ソラ、お前がこの先、誰かを守るためにはもう平凡な言葉は使えない。言葉一つが世界を揺るがす武器になる。……さあ、お前の次の『有言』は何だ? 世界の調律に怯えて口を閉ざすか、それとも――その言葉で、この狂った世界のルールを上書き(オーバーライト)するか」

その問いかけに、俺の魂の奥の檻が、静かに、だけど今までで一番激しく脈打った。

運命の歯車が、今度こそ世界を巻き込んで、爆音を立てて回り始めた。

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