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有言の実行者 〜成句の能力で俺は世界を敵に回す〜  作者: 宴元蒼井


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第11話 千慮一失

「十万の軍勢を相手にする前に、まずは敵の『脳』を直接潰す」

ソラの提案に、作戦室の空気が一瞬で張り詰めた。モニターの前に立つレイが、眼帯の奥の瞳を怪しく光らせる。

「一対一の頭脳戦、か。面白い。大軍を動かしているのは結局のところ、本陣にいる総大将の思考だからな。そこをハメて機能停止に追い込めば、十万の兵はただの木偶の坊になる」

レイが指先で画面を叩くと、帝国軍の本陣、その中心に位置する一人の男のプロフィールが拡大表示された。

神聖騎士団・第三軍智将、ヴァルター。

「成句」は『千慮一失せんりょいっしつ』。

どれほど完璧な計略を巡らせても必ず一つの隙が生まれるという、本来なら不名誉なハズレ成句。しかし彼は、その「必ず生まれる一つの隙」をあらかじめ計算に入れ、あえてそこに致死性の罠を仕込むという、極悪な逆転戦術で無敗を誇る帝国の最高頭脳だった。

「こいつは、相手がこちらの裏をかいてくることすら『ルール』として利用するタイプだ。まともな戦術論じゃ、搦めからめての裏の裏まで読まれて終わるぞ」

「だからこそ、俺の『有言』と、あんたの『付和雷同』が活きるんだろ」

ソラは不敵に笑い、作戦盤の上に一枚のマップを展開した。

本陣の手前に位置する、深い霧に包まれた「幻影の森」。そこは世界システムが管轄する、認識を狂わせる因果律が最も強く働いているエリアだった。

「ヴァルターは慎重な男だ。俺が宣戦布告した以上、俺の『有言実行』を警戒して、絶対に直接の対話を避け、遠隔の魔導通信でこちらの条件や動きを探ってくるはずだ。……その通信の瞬間が、一対一の戦場チェックメイトだ」

戦いは、剣を交える前から始まっていた。

数時間後、帝国軍本陣。

智将ヴァルターは、幻影の森の手前で全軍を停止させていた。彼の前に浮かぶ通信用の魔導スクリーンに、白銀の魔力を身にまとったソラの姿が映し出される。

『神聖帝国の知将、ヴァルターだな』

画面の向こうのソラは、あまりにも無防備に、椅子に深く腰掛けていた。

「フン……。Fランクのバグが、わざわざ通信を繋いできて何用だ? 命乞いなら受け付けんぞ。我が『千慮一失』の盤上に、貴様らの逃げ道など一寸たりとも残していない」

ヴァルターは冷酷に言い放つ。すでに彼の頭脳は、ソラが仕掛けてくるであろうあらゆる「言葉の罠」をシミュレーションし、そのすべてを論破し、システムの規律で圧殺する準備を終えていた。ソラが何かを口にした瞬間、その矛盾を突いて因果を逆流させる算段だ。

しかし、ソラはただ静かに、チェスの歩兵ポーンの駒を一つ、手元の机に置いた。

『ヴァルター。お前は今、この森の因果律を利用して、俺たちの根拠地を包囲する完璧な布陣を敷いたと思っているだろう?』

「当然だ。貴様がどんな『有言』を使おうが、発動する前に我が軍の包備網がその喉元を刺す」

『そうか。じゃあ、一つだけ【有言】させてくれ』

ソラが顔を上げ、画面越しにヴァルターの目を真っ直ぐに見据えた。

ヴァルターの身体が、本能的な警戒で緊張する。来るか。どんな大言壮語が来る。システムを揺るがすどんな命令を下す気だ――。

だが、ソラの口から出たのは、あまりにも拍子抜けな、小さな一言だった。

『――「お前は今から、俺の嘘を一つも見抜けない」』

『――有言を認知。対象【ヴァルターの認識能力】へロックを完了――』

その瞬間、ヴァルターの脳内に冷徹なシステムの声が響いた。

ヴァルターは思わずフッと鼻で笑う。

「バカめ! その程度の有言、我が『千慮一失』の生む罠にかかれば、即座に矛盾を証明して解除できる! 貴様が今言った言葉そのものが、俺をハメるための『嘘』だと言えば、その能力は――」

「いや、違うぜ、智将サマ」

画面の向こうではなく、ヴァルターの真後ろの影から、低く冷たい声が響いた。

「なっ……!?」

ヴァルターが驚愕して振り返る。そこには、いつの間にか本陣の結界を潜り抜け、ヴァルターの背後に立っていた――本物のソラの姿があった。

「画面の向こうにいるのは、レイの『付和雷同』で森の幻影のルールを100%同調させて作った、ただの身代わり(ノイズ)だ。俺の本体は、最初からここにいる」

ソラはなまくら刀の柄に手をかけ、愕然とするヴァルターを見下ろした。

「お前は、画面の俺が『有言』を放つ瞬間に、すべての思考と『千慮一失』の罠を集中させた。……それが、お前が自ら生み出した、完璧な『一つの隙』だ」

「く、そ……! 貴様、最初から俺の成句の特性を……!」

ヴァルターが魔力を練り上げようとした瞬間、ソラの『嘘を見抜けない』という有言の因果が、ヴァルターの思考回路を完全にロックした。「目の前のソラが本物か偽物か、これが罠か否か」を脳が認識しようとするたびに、能力の強制力が働き、ヴァルターの思考を強制的に「誤認」へと誘導していく。

どれほどの知略を持っていようが、前提となる「現実」の認識をハックされれば、チェス盤ごとひっくり返されたも同然だった。

「一対一の頭脳戦だ。お前の負けだよ、ヴァルター」

ソラの一振りが、帝国軍の最高頭脳を完全に無力化するために振り下ろされた。

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