続編
会わなくてもいいと思っていた。
会っちゃいけない気もしていた。
あの日、カフェを出たあと、
連絡先も聞かずに別れた時点で、
それが一番きれいな形だと分かっていたから。
それなのに。
二度目も、やっぱり“たまたま”だった。
スーパーの、パン売り場。
子どもに頼まれたメロンパンを手に取ろうとして、
同じ棚に伸びた手と触れそうになる。
「あ…」
顔を上げると、彼だった。
一瞬だけ驚いて、すぐに少し笑う。
「また会ったね」
「ほんとだね」
前よりも自然に言葉が出る。
少しだけ距離が近い。
それが、少しだけ怖い。
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「これ、よく買うの?」
彼がメロンパンを軽く持ち上げる。
「うん、子どもが好きで」
「うちも」
同じだね、と笑う。
その一言が、妙に胸に残る。
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レジに並ぶまでの短い時間、
なんでもない会話が続く。
天気とか、最近の忙しさとか、
本当にどうでもいいことばかり。
でも、沈黙が怖くない。
むしろ、言葉が少ないほうが落ち着く。
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「このあと、時間ある?」
ふいに、彼が言った。
心臓が一瞬だけ強く鳴る。
ほんの少しの沈黙。
その間に、いろんなものがよぎる。
でも——
「少しだけなら」
気づけば、そう答えていた。
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前と同じように、近くのカフェに入る。
同じ席じゃないのに、似た空気。
でも、前よりも静かだった。
お互いに分かっているから。
これは、長く続けるものじゃないって。
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「この前さ」
彼がコーヒーを見ながら言う。
「帰ってから、ちょっと考えちゃって」
「なにを?」
分かっているのに、聞いた。
「もし、あのまま中学も一緒だったら、とか」
「成人式で会った時に、連絡先を交換しておけばよかったな、とか」
少しだけ笑う。
「今更言っても、もう遅いかもしれないけど…」
私は何も言わない。
言えない、が近いかもしれない。
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「でもさ」
彼が顔を上げる。
「今だから、いいのかもって思った」
その言葉に、少しだけ息が止まる。
「今だから?」
「うん」
ゆっくりうなずく。
「もし昔だったら、たぶん気づいてなかったし」
「気づいてても、うまくいかなかった気がする」
視線が、まっすぐ向けられる。
「でも今は、ちゃんと分かる」
少しだけ間を置く。
「いいなって思う」
その一言は、軽くもなく、重すぎもしなかった。
ただ、逃げ場がなかった。
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私は、少しだけ笑った。
困ったように。
「やめてよ。いい大人だし。子どももいるし。」
やわらかく言う。
責めるわけでも、拒絶でもなく。
ただ、線を引くみたいに。
でも、自分で自分に言ってるみたいに…
彼も、小さく笑った。
「だよね」
その一言で、全部伝わる。
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店を出る。
前と同じように、別々の方向。
でも、少しだけ違う。
今回は、ほんの一瞬だけ立ち止まった。
「じゃあね」
「うん、じゃあね」
それだけ。
それ以上は言わない。
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歩き出してから、少しだけ振り返りそうになる。
でも、振り返らない。
振り返ったら、きっと何かが変わってしまうような気がしたから。
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家に帰ると、いつも通りの時間が流れる。
子どもが笑って、
夕飯の準備をして、
なんでもない一日が続いていく。
それでいいんだ。
それがいいんだ。
間違ってない。
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でも、ふとした瞬間に思い出してしまう。
パン売り場で、手が重なりそうになったこと。
同じメロンパンを選んだこと。
そして、
「いいなって思う」
と、まっすぐ言われたこと。
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叶わないから、特別なんじゃない。
壊さないから、残るんだと思う。
私は静かに息を吐いて、
目の前の現実に手を伸ばす。
その中にちゃんといながら、
ほんの少しだけ、
あのとき隣にいたということを思い出す。




