あのとき、となりにいた人
夢の中で、私は彼に告白していた。
どうしてそんな流れになったのかは分からない。
でも、不思議と迷いはなかった。
「好きだったと思う」
言葉にした瞬間、時間が少しだけ止まる。
彼は驚いた顔をして、それからゆっくりと息を吸った。
「え…」
その声は小さくて、でもはっきりと動揺していた。
「全然、気づかなかった」
困ったように笑う。
でも、耳のあたりが少し赤い。
「俺、そういうふうに見てなかったし…」
そこまで言って、言葉が途切れる。
そして、少しだけ目をそらしてから、また私を見る。
「でも今、言われて…なんか、すごい意識する」
その視線に、心臓が遅れて強く鳴った。
夢なのに、妙に現実みたいだった。
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目が覚めても、しばらく動けなかった。
カーテンの隙間から朝の光が入ってくる。
隣では子どもが小さく寝返りを打つ。
いつも通りの朝。
なのに、胸の奥だけが少しだけざわついている。
——なんで今さら。
小学校の入学式で、たまたま隣を歩いただけの人。
中学も別で、ほとんど記憶もなかったのに。
成人式で再会したときも、少し話しただけ。
それなのに。
夢の中の彼の表情が、やけにリアルに残っていた。
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それから数日後。
本当に“たまたま”だった。
ショッピングモールの通路。
人混みの中で、すれ違いざまに目が合った。
「あ…」
同時に立ち止まる。
「久しぶり」
先に声をかけてきたのは彼だった。
あのときと同じ、少しだけ柔らかい声。
「久しぶり」
お互いに、少しだけ笑う。
それ以上の言葉が、すぐには出てこない。
でも、どこかで分かっていた。
ただの“偶然の再会”じゃない気がすることを。
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近くのカフェで、少しだけ話すことになった。
仕事のこと、子どものこと、今の生活。
どれも穏やかで、ちゃんとしていて、
壊す理由なんてひとつもない話ばかり。
「結構近くにいたんだね」
「ほんとにね」
「結婚して、子どもいるよね?」
「わかる。うちも、毎日バタバタ」
そんな普通の会話の合間に、
ふと沈黙が落ちる。
そのとき、彼が少しだけ視線を落として言った。
「…あのさ」
テーブルの上で、指先が少しだけ動く。
「変なこと言っていい?」
私は小さくうなずいた。
彼は少しだけ笑って、でもすぐに真面目な顔に戻る。
「この前、夢に出てきた」
一瞬、息が止まる。
私も… って言えなかった
「なんか、急に思い出してさ」
そう言って、困ったように笑う。
「で、気づいたんだよね」
少しだけ間を置く。
「俺、小学校のとき、ちょっとだけ気になってた」
その言葉は、静かだった。
でも、まっすぐだった。
私は、何も言えなくなる。
「でもさ」
彼は続ける。
「そのまま何もなくて、別々になって」
「だから、たぶん…それで終わってたはずなんだけど」
ふっと息を吐く。
「なんで今さら、って感じだよな」
その言葉に、私はやっと少しだけ笑った。
「ほんとだね」
目が合う。
ほんの少しだけ、時間がゆっくりになる。
でも次の瞬間、どちらともなく視線を外す。
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帰り道。
「じゃあ、また」
それだけ言って、別々の方向に歩き出す。
振り返らない。
連絡先も聞かない。
何も変えない。
それが一番正しいって、分かっているから。
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でも、少しだけ違っていた。
胸の奥に、あたたかいものが残っている。
叶わないとか、遅すぎるとか、
そういう言葉じゃなくて。
ただ、
「確かにあったんだな」
っていう気持ち。
あのとき、隣にいたこと。
少しだけ気になっていたこと。
そして、今、ほんの少しだけ重なったこと。
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夜、子どもを寝かせながら、ふと思い出す。
夢の中の彼の顔。
そして、今日の彼の言葉。
どちらも、ちゃんと本物だった。
私は小さく息を吐いて、目を閉じる。
もう会わなくてもいい。
でも、たぶん忘れない。
あのとき、となりにいた人のことを。




