第三話(下) 業(わざ)
二人は修行の成果を発揮していた。
以前とは比べ物にならない魔法の精度を駆使し、刺客の攻撃は以前ほどの威力を発揮できないでいた。
しかし、 アレクスは戦いに集中できないでいた。
(僕がやろうとしていることは、もしかしたら世界を破滅させかねないんだ……。僕はここで旅を断念したほうがいいんだろうか……。)
アレクスの目に闘志が宿っていないことを感じ取った刺客は、アレクスに狙いを定めた。
「なめてんのか!またお前から先に潰してやる!」
無防備なアレクスの頭上から、逃げ場のないほどの鋭い氷の雨が降り注いだ。
「烈火!」
「熱風!」
間一髪で、アルケーの青い炎とコハルの風が交差して氷を撃ち落とす。しかし、刺客の猛攻は止まらない。
「アレクス!戦いに集中して!何を考えているのよ!」
コハルが悲痛な声で叫んだ。その細い腕は、絶え間なく降り注ぐ氷の圧力を風で弾き返そうと、限界を超えて震えている。
「でも……、」
アレクスは顔を上げられずにいる。
「僕がこのまま旅を続けたら、また戦争が起きて……、世界をまた破滅させるかもしれないから……」
「だからなに!!」
氷の砕ける轟音を掻き消すほど、コハルが強く叫んだ。
「アレクスが教えてくれたんじゃない!私の風は苦しんでいる人を助けられるって!アレクスの炎にも、村のみんなが救われたじゃない!」
――そうだ。
ハッとして、アレクスは顔を上げた。初めて炎の魔法を使った時の、母の震える手が温もりに包まれた瞬間。アルバス村で、シジマ村で、みんながあたたかさに涙を流して喜んでくれた光景が脳裏を駆け巡る。
(あの時のあたたかさは、絶対に間違いじゃない!)
自分がなぜ旅に出たのか。自分と同じように凍え、苦しんでいる世界中の人に、あたたかい世界で生きてほしいからだ。
(覚悟を決めるんだ。すべての人が凍え苦しむこんな世界、絶対に正しいわけがないんだ!)
「ごめんコハル、アルケーさん。もう悩むのはやめます!」
アレクスが力強く前を向く。その目には、もう一切の迷いはなかった。
「僕は、みんなが楽しく生きられる世界がほしい!」
「そうよ!誰も苦しむことなんてないの!」
コハルも残るすべての力を振り絞る。
「アレクス、やるわよ!」
「うん!」
二人は息を合わせて詠唱する。
「渦巻く大気、すべて呑み込め!旋風!」
「糧として喰らったものを逃すことなく焼き尽くせ!業火!」
アレクスの放った灼熱の炎を、コハルの猛烈な乱気流が取り巻き、二人の魔法が融合していく。
空を焦がすほどの巨大な火炎の竜巻となった。
「なっ、なんだ、それは……っ⁉」
刺客が初めて恐怖の声を上げた。
「いけええっ!!業風!!」
二人の放つ混成魔法が、すべてを飲み込むように炸裂し――
――私が本とともにここに身を寄せてから、どれほどか忘れるくらいの年月が過ぎた。私はアルケー。ボロボロになった少年少女が、体を引きずってここへ入ってきた日には、それは驚いた。二人とも、炎と風を知っているという。しかしそれ以上に、少年の鞄に、あの『辞書』が入っていたのだ!なんという皮肉。天は時として、我々に残酷な決断を強いるものだ。これも運命か。いや、血筋の方か……。
――数日後。
「アルケーさん、いろいろなことを教えていただき、本当にありがとうございました。」
「アルケーさんも一緒に来てくれたら心強いのに!」
「いや、私はもうこの年だ。見た目通り、もうお前さんたちのようには動けんからな、ついて行っても足手まといだ。」
「それに、教えることはもうほとんど教えたからな。あとはいろいろな言葉を知り、いろいろな体験をすることだ。それがお前さんたちの中に力と正義を作ってくれる。」
「僕はもう迷いません。世界に言葉を取り戻し、みんなが楽しく暮らせる世界を作る方法も探します。」
「ああ。きっとできる。もし迷うことがあればその辞書を頼りなさい。きっと正しい方へ導いてくれるはずだ。」
「では、達者でな。」
二人は次の目的地へ出発した。




